第016話 工室
「エルさん、今日は来てないんだね」
昼休みが始まって間も無く、屋上へ向かうカズキに御堂ツルギが尋ねた。
「ああ。姉ちゃんの店を手伝うからって。午後から町内会の爺さん達が予約が入れてるんだと」
「そらあんな可愛いメイドさんが接客してくれんねやったら、僕かてナンボでも通うわ!」
「そうだね。頑張り屋さんだし明るいし、素敵なAIVISだと僕も思うよ」
「……そうか」
素気なく答えるも、カズキの表情には抑えきれないような笑みが溢れた。何故だが自分のことのように誇らしかった。
足取り軽く3人と1機は屋上へ着くと、いつもと同じ場所で弁当を広げて昼食を始めた。
談笑を交えながらゆっくりと箸を進めるカズキと日室遊介に反して、御堂ツルギは早々と重箱の中身を平らげる。
「なんや御堂クン、えらい急いどるやん」
「うん。今日の午後はトレーニングに参加する予定だからね。着替えがあるし体育館の準備も手伝おうと思うから。二人もどうだい? まだ参加枠に空きがあったよ」
「ボクは片桐先生ンとき以外で自主トレ行くつもりあらへん。テキトーに時間潰すわ」
「なら俺のBRAIDの調整手伝ってくれよ」
「ええよエエよ! 任せてや!」
「それじゃあ僕は行くね。また明日」
「ああ。また明日」
笑顔で手を振り足早に体育館へ向かった御堂ツルギを見送ってから暫く後、カズキと日室遊介も昼食を終えて南館に向かった。
南館2階の端にある大きな工室は実験室と工作室を合わせたような広い部屋だ。まだ昼休みの最中だというのに、既に数名の学生が作業に励んでいた。
「ほんで、どないなカンジにするん?」
「そうだな……装甲の所に機療の残り回数が見えるようにしたいんだ。バッテリーの残量みたいに」
「なーるほど。そらエエと思うわ」
言いながらカズキと日室遊介は作業台の前に腰をかけた。目の前には箱型の装置が設置されている。
「ほな早速始めよか」
「ああ」
カズキは目の前の装置に手を翳した。すると上部の蓋が開かれて、手甲型のBRAIDを中に収める。
両手で2つのボタンを同時に押して、外蓋を閉じれば接続されているクリアケースの中にカズキのBRAIDが3次元投影される。
見れば装置の前面に分厚い手袋が付属している。【グローブボックス】と呼ばれる類の装置だ。
「あと、撃つたびに機粒菌の量が調節できるようにしようかと思うんだ」
「あー、それはあんまオススメせぇへんな」
「なんで?」
「だって長瀬クンのBRAID装備型やん。しかも利き手に。御堂クンみたいに武具型でやったら機療の真っ最中でも細かい調整できるかもしれんけど、片腕でそんなんするの面倒やない?」
言われてカズキは先日の機療を思い出した。あんなギリギリの状況に細かい操作など、今の自分には出来る気がしなかった。
「せやから機療できる回数だけ設定したらええんちゃうかな。拳銃の弾みたいに。1回あたりの菌放出量をLTSの規定に設定してやね。長瀬クンの特異性で調節したら――」
日室遊介は嬉々として【グローブボックス】に両腕を挿し込んだ。
日室遊介が箱の中で器用に手を動かせば、3次元投影されている手甲型のBRAIDが形状や機能を変えていく。
特別な専門知識や技術が無くとも感覚的に改良を行えるため、生徒自身が機療具をデザイン・改修することが可能である。
「それにしても、お前ホント上手いな」
「なはは。それほどでも。ボク体使うんより、こうやって機械とかイジってる方が好きやねん」
「助かるよ。俺こういうのは得意じゃねーから」
「意外やな。長瀬クンなんでもソツなくやりそうやのに」
「……そんなわけねェだろ」
薄暗い微笑を浮かべて言うも、カズキは小さく視線を伏せた。
2時間近く作業を続け、蒼いBRAIDはカズキの納得いく仕上がりとなった。
プシュウ…という抜空音と共に装置の蓋が開かれて、カズキのBRAIDが取り出される。
手甲は僅かに熱を帯びていた。しかしその外観に変わった様子は見られない。
早速とカズキは白い制服の上から装着した。
引き締められるような感覚が全身を包み、まるで自重がゼロになったようにも感じる。
尖った指先に拳を握り、数度開閉させた。
「どない?」
「イイ感じ。サンキューな日室」
「どーいたしまして。困った時はお互いさまや」
剽軽に笑う日室遊介に、カズキも微笑み返して手甲を外した。
「今度なにか御礼するよ」
「ほんまに!? なら可愛い女の子紹介して――」
「あ、もうこんな時間か。俺片桐先生んトコ行ってくるわ。じゃあな日室! 助かった!」
逃げるように工室を出たカズキを追って、スカイライナーも廊下に飛び出す。
残された日室遊介は両手で顔を塞ぎ、溢れ出そうな涙を必死に押し留めた。
※この作品は小説投稿サイト【カクヨム】にて完結しています。
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※現在はこの作品の続編を連載しています。
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