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短編集

婚約破棄はもう古い!、かも知れませんわよ

ゆるっとした婚約破棄とでも申しましょうか。

息抜き程度にほんわかと笑ってもらえたらうれしいなっと。


 ええ、そう思っておりますわ。


何故、まだ幼い子供に婚約などという、家同士の縁組を押し付けるのでしょう。


わたくしは大富豪の家に生まれただけで、相手は貴族のお坊っちゃま。


本当に訳が分かりませんわ!。


プンプン。




 ある晴れた春の午後、わたくしの家に見慣れない馬車がやって参りました。


朝から使用人たちがバタバタしていると思っていたら、お貴族様の一行がやって来て、わたくしは庭でお見合いをさせられたのです。


「あのぉ、もしかしたらキミは僕が嫌いなのか?」


目の前には柔らかそうな金髪の美少年が涙目になっています。


「とんでもないことでございます。


ただ、わたくしには婚約という言葉の意味が分からないと申し上げたのです」


家は金持ちでも、わたくしは平民の娘。


没落しかかっている貴族様が支援金欲しさに、身分というものを差し出したのは分かりますけど。


「お、大人になったら結婚するという約束だけだろ?」


「それが嫌だと言っています。


まだ七歳なのに、どうして十年以上も先の話を、今、決めなければなりませんの?」


「でも、だって、その」


しどろもどろになるお坊ちゃんに言ってやりましたわ。


「どうせ、大人になったら、わたくしに悪女の濡れ衣を着せて婚約破棄するくせに!」


「え?」


ポカンとしている坊ちゃんを庭に残して、わたくしはサッサと部屋に戻ります。




 両親は大きな商会を経営し、わたくしは兄様と二人兄妹です。


お客様が帰り、夕食の席でわたくしは家族に訴えました。


「婚約なんて嫌です」


今はどんなに可愛くて綺麗な男の子でも、将来どうなるかなんて分かりませんでしょ。


ましてや、貴族の子供なんて平民をゴミみたいに扱いますもの。


あれは、きっと碌でもない男になりますわ。


「それはそうかも知れないけど」


向かいに座る兄様は少し坊ちゃんに同情的です。


「良いヤツかも知れないよ?」


「あら。 では兄様は小さな女の子が大人になったら良い令嬢になると、どうして分かりますの?」


「そりゃあ、親を見れば分かるのではないかな?」


兄様、残念ながらそれは外見だけですわ。


 わたくしは肉に突き刺したフォークを持ち上げながら反論します。


「あの子爵家は財政難で、うちに借金を申し込んできましたのよ。


その親を見て、子供がちゃんと育つと言い切れますか?」


「あー、うーむ」


わたくし、これ以上、お料理が不味くなる話はしたくありません。


黙ってもぐもぐします。


うーん、美味しい!。 やっぱり、うちの料理長は最高です。




 翌日。


「お嬢様、お手紙がきております」


差出人を訊ねると先日の貴族のお坊ちゃんです。


「読んでくださいな」


わたくしは触りたくもないの。


他の使用人さんたちもいる中で、大きな声で読んでもらいます。


「先日は突然、失礼した。


私のことは気に入らないかも知れないが、これから少しずつお互いを知っていければ、良い友人にはなれると思う」


味も素っ気もございませんわね。


でも、そこが気に入りました。


 十歳やそこらの坊ちゃんに愛の言葉や暴言を吐かれたら、即、破り捨てる所存でしたの。


そのための証人として、使用人たちの中で朗読してもらったのですわ。


「分かりました。 お返事を書きますので届けて下さいな」


「はい、承知いたしました」


そうして、わたくしは子爵家の坊ちゃんとは婚約者ではなく、ただの友人になることにしましたの。




 あれから月日は流れ、わたくしも十五歳になりました。


わたくしたち兄妹は、十五歳になるとそれぞれ資金をいただき、事業を始めさせられるのです。


わたくしのは二階建ての、小さいながらお洒落な飲食店ですわ。


引退するという我が家の料理長を捕まえて、店の専属にいたしましたのよ。


「わたくしのために、わたくしの好きなものを作って欲しいの。


誰にも文句は言わせないわ!」


「お嬢様がそこまで仰るなら」


体力勝負のお屋敷の厨房より、こぢんまりとした店が気に入ってくれたようです。


広く事業を展開している兄様に比べて、わたくしは小さくても自分の落ち着く場所があれば良いの。


勿論、今のところ店は大盛況ですわ。




「よお」


「いらっしゃいませ」


友人である子爵家の坊ちゃんは、わたくしの店によくいらっしゃいます。


相手は貴族様。


わたくしも、もう子供ではありませんから、ちゃんと礼儀正しく、友人として、お付き合いさせて頂いております。


 店の二階はわたくしのお気に入り。


小高い場所にある店の窓から、良い風が通り抜けてゆきます。


「ここは静かだな」


「ええ、読書も妄想も捗りますわ」


「も、もうそう?」


「うふふ、お気になさらず」


「じゃ、始めるか」


わたくしが読書をしている間、お坊ちゃんは貴族学校の宿題をしていらっしゃいます。


まあ、家にいる時もほぼ同じような状態がずっと続いているので今更ですけど。




 貴族学校は十五歳から十八歳までで、坊ちゃんはもうすぐ卒業です。


その後は騎士になるための試験を受けるそうで、日頃から身体を鍛えておられます。


頭のほうは少々残念ですが、身体は細いのにしっかりと筋肉質。


見てるだけなら、わたくしの好みなのですよ。


きっと学校でもモテるでしょうね。 男にも女にも。


うふふ、妄想が止まりませんわ。




 色々と学校でのお話を聞かせていただいていると、そろそろ婚約者のいない生徒たちは焦っているようです。


「どうせ結婚なんて親同士が勝手に決めるんだし、誰でもいいだろう」


あらあら、坊ちゃんも決まっていない貴族家子息の一人ですのに。


わたくしは貴族からの婚約をお断りしたことで、性格が可愛くないと噂され、あれ以来どこからも申し込みはございません。


「そんなことを言いながら、男性は美人で高貴な血筋の令嬢より、平民出のぽやっとした娘が可愛いとか言って婚約者を捨てるのです!」


「いやいや、キミのその話を今まで何度も聞かされてきたけど、いったい何の話なんだ」


平民の娘なら恋人か、愛人でいい。


「わざわざ婚約を破棄してまで結ばれたいとは思わないよ、普通」


「あら、そういえばそうですわね」


子爵家の坊ちゃんは「うちにはそんな無駄金は無いから」奥様を大事にするそうです。


まあ、それはそれで怪しいとは思いますけれど。


「なんだよ、その目は」


「何でもございませんわ」


勘だけは良いんですのよね、お坊ちゃんは。




 帰りは外まで見送りに出ます。


「ご機嫌よう。 またのご来店をお待ちしておりますわ」


ゆっくりと優雅に礼をとります。


商人として、貴族相手の礼儀作法はしっかりと叩き込まれておりますのよ。


他のお客様や通りすがりの紳士が見惚れていらっしゃいます。


ほうら、わたくしでもこれくらいは出来ますのよ、オホホホホホ。


 迎えの馬車に乗り掛けた坊ちゃんが振り返ります。


「そうだ、約束を覚えているか?。 今度の舞踏会の準備は出来ているだろうな」


卒業式の後に行われる舞踏会。


女性を同伴しないといけないそうで、坊ちゃんは先日、わたくしにドレスや装飾品一式を用意した上で依頼にいらっしゃいました。


両親にも「ご贔屓様との付き合いは大事だ」と諭されまして、お受けいたしましたわ。


お仕事ですからね、仕方ありません。


「ええ。 勿論でございますわ。 日頃から店の売り上げにご協力頂いておりますし。


わたくしでよろしければ舞踏会でのお相手、務めさせていただきます」


ニッコリ、笑顔は商人には必須です。


「楽しみにしている」


あら、そうですの?。


わたくしは「何故、ドレスや靴がわたくしの体型にピッタリなの?」と、ドン引きしておりましたのに。




 とりあえず、長年の友人の頼みですからね。


貴族様方の冷たい視線や嫌がらせにも耐えてみせますわ。


「なんだ、その握り拳は。 まるでこれから戦場に向かう兵士のようだぞ」


「ある意味、女性にとっては戦場ですわ」


会場に向かう馬車の中。


わたくしは新たな決意を胸に、坊ちゃんの向かいに座っております。


「でも慣れない場所でドレスを汚さないか心配ですわ。 お返ししなければいけませんのに」


「いや、それはキミのものだ。 ちゃんと体型に合っているだろう?。


キミの屋敷の使用人たちに確認したからな」


まあ、敵は味方の中にいましたのね。


「でも、こんなお高いものを……。


友人としては受け取れないというか、勿体ないと思いますわ」


坊ちゃんは少し不機嫌そうに顔を顰めます。




「キミの家が支援してくれたお蔭で、我が子爵家は無事に立て直せた。


これは長年の友情に対する俺からの感謝の品だ。 気兼ねなく受け取って欲しい」


わたくしは首を傾げます。


支援は両親が行ったことで、わたくしには関係ないと思いますけど。


「キミのご両親から、お礼ならキミにと言われたんだ」


お父様が子爵家に支援するかどうかは、あの日、わたくしが坊ちゃんとの婚約を受け入れるかどうかに掛かっていたそうです。


「そんな話、初めて聞きました」


一時的な支援だけなら簡単だけど、将来的にちゃんと子爵家を維持出来ないのでは金を無駄にしてしまいます。


どうやら両親は、幼い頃から変わり者だったわたくしを使って支援した金を回収する予定だったようですわ。


でも婚約は成立せず、友人になりました。


「キミが俺を友人として扱ってくれているうちは支援してくれることになったそうだ」


「さようでしたか」


分かっていたことでしたのに何故でしょう。


わたくし、何だか少し残念な気がいたしました。






 七歳の春の日。


わたくしは金色の髪に優しい茶色の目をした、十歳の男の子に出会いました。


「お前の婚約者だよ」


そんなことをお父様が仰っていなければ、わたくしはあれほど拒絶反応を示さなかったかも知れません。


 婚約という言葉には、必ず婚約破棄というものが付き纏います。


こんなに早く婚約してしまったら、後はもう婚約破棄しかありません。


だって、相手は貴族のお坊ちゃんなのですよ。


わたくしは平凡な容姿の、平民の娘。


せっかく理想の男性に出会えたのに、わたくしはいつか捨てられることを恐れて生きていかなければならないのです。


だから、お断りいたしましたのに。






 会場である王宮に到着いたしました。


先に降りた坊ちゃんが、馬車の扉の前でわたしくしに手を差し出します。


「キミにお願いがある」


「はい、何でしょう?」


その手を取りながら、わたくしは馬車から地面に足を降ろしました。


わたくしの手を掴んだまま、坊ちゃんは真剣な顔でわたくしを見ています。


「騎士試験に合格したら結婚して欲しい」


「はい?」


「婚約破棄なんて絶対にしない!。 俺はキミを、あ、愛している」


初めて出会った時からずっと好きだった、と坊ちゃんは真っ赤な顔でわたくしに言うのです。


 何故、こんな時に?、こんな場所で?。


唖然としていたわたくしは、何だかおかしくなって笑い出しました。


「うふ、うふふ、あはは」


でも、坊ちゃんらしいですわ。


 わたくしは正式な婚約者として会場に入りました。


どうやら坊ちゃんは同級生のご友人たちに「婚約者を連れて来る」と約束していたようです。


「申し込むのがギリギリになってしまったけど、ずっと機会を窺っていたんだ」


わたくしの指には、坊ちゃんの性格そのもののような、質素だけど品の良い子爵家伝統の指輪が嵌っています。




 恋する乙女な皆様、婚約破棄という言葉はもう古いのではないかしら?。


ちっとも怖くありませんもの。


だって皆様も今まで散々、見聞きし対処していらしたでしょう。


 え?、わたくしが何故、悪女や妄想、婚約破棄なんて言葉を知っているか、ですって?。


ふふふふ。 それは内緒ですわ。


それでは皆様、ご機嫌よう。



       〜 終わり 〜



お付き合いいただき、ありがとうございました。

適当に笑って見逃していただけると幸いです。

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[一言] ふむ、つまり別の貴族令息が婚約破棄イベント起こすのか(スットボケ
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