第7話 “騎士の聖女”と“蝶花の聖女”
ラティナが目を覚ました時、見覚えのある天井が見えた。
「……ん~…ここは……」
そこは見慣れた部屋。ガリア大陸の共和国領の花畑の国プランタンの大聖堂のラティナの部屋だ。
どうやらラティナはベッドの上で眠っていた様だ。
「起きましたか、ラティナ」
聞き覚えのある声がした。
ラティナの目の前に神秘の魅力を持った美女が二人居た。
「ジャンヌさんとポリッチェさん?」
「お久しぶりです。三ヶ月前の新年会以来ですね」
微笑みながらあいさつをしてきたのは、籠手と胸当て、腰当て、脛当てのみの白銀の鎧を着た、長い金髪を持つ十八歳位の外見麗しい女騎士風の少女だが、頭上に翠色の光の輪を浮かばせ、背中に旗の様に薄くゆらゆらとした白く光る翼が生えていた。
彼女こそがプランタンの隣にある湖の国エーテの癒療師にして”騎士の聖女”ジャンヌ・ダルク。ラティナと同じ聖女達の中でも勇ましく、二千年前の精霊教会の創立に関わった英雄であり、指導者に相応しい能力を持っているとても頼りになる人でもあり、ラティナが最も憧れている癒療師の先輩だ。
「やっほーラティナ~、元気~? も~三日間も寝てたんだよ」
無邪気な笑顔で気楽に話しかけて来た方は、赤毛のツインテールをした愛らしい少女で、見た目が八歳位と思える小柄な体格だが、胸がラティナ程ではないがとにかく大きい。服装は上半身が赤色の神官の服だが、スカートが逆さの花の様に広がったドレスとなっていた。そして、頭の上に小さな光の王冠が浮かび、背中に赤と黄色の二色に光る蝶の翅を持つ、ガリア大陸の北東にある雪と大樹の大陸“ユグドラ”にある妖精の国アルヴヘイムを担当する癒療師、”蝶花の聖女”ポリッチェ・サンベリーネ。
二人はラティナと同じ、世界に十二人しかいない聖女の称号を得た癒療師にして世界の守護者”エンジェロス”である。
「どうしてお二人がここに居るのですか?」
普段は各国の大聖堂で人々の治療を行っているが、今、ラティナの大聖堂で二人も来る事は大変珍しい事だ。
「それはラティナが居ない間、わたしが代わりにここでの患者の治療をやってあげたのよ」
ラティナの疑問にポリッチェが答える。
「あ……そうですが。……それは申し訳ありませんでした……」
「気にしないで良いよ。プランタンは本当に怪我人がそんなに多くないし、アルヴヘイムじゃあ優秀な治癒師や医術師がたくさん居るからそんなに忙しくないし、ハニーがいるアルヴヘイムも悪くないけど久しぶりに故郷にも戻れて嬉しいしね」
ポリッチェは、生まれはラティナと同じプランタン出身だが、ユグドラ大陸のみ生息している妖精族の血を半分引いているため、アルヴヘイムに癒療師の役割をやらされた。彼女として母に育てられた生まれ故郷の方が好んでいた。
するとポリッチェはラティナに近付き、彼女の服をいきなり掴み、まくり上げた。
「ふわっ!?」
露わにしたラティナのたるみの肉が全く無いお腹を片方の左手で触った。
「お腹の傷、もう無いけど具合はどう?」
ポリッチェの言葉にラティナは自分の腹に杭を撃たれ、苦手な血に塗れた事、リゼルが怪物となった事、死にかけて意識を失うまでの様々な出来事を思い出し、体を震えさせた。
「そ…そうだ、私……」
「普通の人間だったらそのまま死ぬけど……、さすがね、ラティナ」
「ふえ? お腹の傷はお二人が治したのではないのですか?」
「途中まではジャンヌが治したんだけど後の仕上げはラティナ、あなたが……って、あっ、そうか…あなたにとって初めてな事だったわね」
「つまり、ラティナが死にかけて気絶しても「ここで死ぬ訳にはいかない!」という根性?みたいな本能的精神が働いて自分で自分の怪我を治したのよ」
エンジェロスとはつまり、肉体を持った精神生命体。
善意の心を完全に悟り、英雄と呼ばれるまでに成長した理術使いがエンジェロスへと転生した存在であり、例え、肉体に死に至る毒や病気になろうと、脳や心臓に損傷を与えても、身体が焼き尽かされても魂が生きたいという気持ちとエレメントがある限り、何度でも蘇る事が出来る。更に歳も取らない不老であり、呼吸も植物と同じ様に皮膚呼吸が可能なため、口と鼻による呼吸は不必要。食事や水分補給も行わずとも代わりに個体による自然エネルギーの摂取により、生きられる事が出来る。
ラティナは見た目から十七歳位に見えるが実年齢は今年で二十二歳。ジャンヌとポリッチェも若い少女の姿をしているが二人共、実際は百年以上を超えて生きている。
「……エンジェロスって本当にすごいのですね」
ラティナは、今は完治した、杭で穿たれた腹を撫で、生まれて初めて知った、焼け付く様に熱く鋭い痛みと苦手な赤い血に染まっていた姿を再び、思い出してしまい、恐怖の余り身震いした。
(私…血を出して死にかけていたのですね……)
「ラティナは一回死んだからほんとの意味でエンジェロスになれたんじゃないの?」
ポリッチェの言葉を聞き入れるとラティナは頭の上を右手で何かを探す様に触れたら、今度は翼を出してみて、再び頭の上に触れた。
「……いいえ、どうやら私の頭の上はポリッチェさん達と同じ“天輪”はまだ出きていないみたいです」
霊装の翼が在っても頭の上にジャンヌ達と同じ理力で出来た“天輪”がまだ無いラティナは人間から転生した一般のエンジェロスとは違っていた。
彼女はエンジェロスの母と人間の父の間から生まれた、ハーフ・エンジェロス。生まれてラティナという名を与えられた時からすでにエンジェロスの資格を半分持っていた。それは天使とただの人間の間から受け継いで生まれた事は歴史上で無い事例だった。
正にラティナは世界でただ一人、生まれ付き備わった至宝の如く天才癒療師であり、同時に未熟者でもあった。
「……はっ! そうでした! それよりもリゼ…“紅黒の魔獣”は? カワキさんは? 機械兵団の人達は? 私のお父さんは? 他の捕まった人達は……」
「落ち着きなさい、ラティナ」
ジャンヌは一気に多量の質問を聞き出そうとするラティナを宥めた。
「今度は私が説明しましょう。私がプランタンに来た理由を含めて、貴女が気を失ってから三日間に起きた出来事全てを。それは……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
話は三日前に遡る。ジャンヌは精霊協会の頭脳集団、賢聖会からスルト教団に捕まった人々を助ける救助隊の指導者の任命を受けていた。
だが、アップ・グリーンパークに着いた時、今回の事件の首謀者の一人であるカワキは既に死亡。ラティナの父を含めた捕らわれの理術使い達を無事に助ける事が出来たが、ラティナは瀕死の重傷を負っていた。スルト教団の団員達は全員逃亡、問題の“紅黒の魔獣”リゼルも機械化兵団も姿を晦ましていた。
ジャンヌ以下救助隊は救助した理術使い達を連れてプランタンに入国し、直ちにラティナの治療を行った。その後にジャンヌは未熟なラティナに代わってプランタンの理術使い達を統括する最高顧問の大神官、補佐官のサラとリオ、ラティナの代わりにアルヴヘイムから派遣されたポリッチェ、そしてたった今戻って来た守護騎士団の団長、他数名を大聖堂の会議室に呼び集め、現在の状況を伝えた。
「……以上、私達がアップ・グリーンパークに着いた時の状況です。聖女ラティナの事ですが、彼女自身による再生もありまして怪我は完治、今はまだ目が覚めていませんがいずれ目を覚ますでしょう」
ジャンヌの言葉からラティナは死んでいないと分かり、集められた者達は心から一先ず、安心した。
「しかし…まさかあの“紅黒の魔獣”が復活したとは…正直言って未だに信じ難いですな……」
大神官は“白き聖女”が命と引き換えに封印した“紅黒の魔獣”がたった二年で復活してしまった知らせを聞いて頭痛がある様な気分がして頭を押さえた。
「悪い出来事は全て夢であって欲しい気持ちは分かりますが…残念ながら事実です。“紅黒の魔獣”が眠っていた湖の氷が破壊されていたのを確認されましたので間違いないでしょう……」
「スルト教団と“紅黒の魔獣”の行方の方は現在、守護騎士団の一部の理術使い達が捜索させています」
今はどうにかすべき“敵”の行方はジャンヌの付き人として共に救出隊として率いた専属の補佐官が説明をした。
「そうですが……どこに行ったのか分からないという事ですか……」
大神官はため息を吐いた。
「帝国政府に今回の事件についての文句を言った所、首謀者であるカワキは協定を違反して勝手にやった軍の裏切り者であって帝国とは無関係だと返答返されました」
続いてリオが今回の事件の関わっている疑いのある帝国軍からの報告をした。
「無関係だとっ⁉ ふざけおって‼」
プランタンの守護騎士団の団長、ブルボンが声を荒げさせて席から立ち上がり、うっかり壊しそうな勢いでテーブルを叩いた。
年老いても尚、筋骨隆々の肉体を保ち、長年ディアボロスと戦い、生き抜いたプランタン一の歴戦の戦士だ。
「い、いえ、帝国側も申し訳がないと思って謝って……」
「そんな言葉だけで謝って済む訳あるか! 奴らの身勝手さの所為でラティナ様が傷付いて死にかけた! 仲間達も苦しめた! “紅黒の魔獣”を復活してしまった‼ この責任、どう始末つけるつもりじゃぁ!!」
歳を取ってしわだらけになったブルボンの顔は絶頂の怒りで真っ赤になっていた。
「団長、落ち着きなさい」
ジャンヌが宥める。
「しかしですぞ!!」
「も~忘れたの? 怒って暴力まで振るおうとすると精霊達に嫌われちゃうし、あたしもそんなブルボンなんて嫌いになっちゃうぞ」
「……うぬぅ……すいません…落ち着きます……」
完全に怒りを殺がれたブルボンは、肩を落とし、腰を下ろして元の席に着いた。
歴戦の戦士でもかつてラティナが就く前にプランタンを担当していた聖女であり、以前の主であり、怪我をした時には治してもらい、励ましてくれた恩人のポリッチェには頭が上がらなかった。
「それでは次は私が皆様に報告しなければならない事を話しましょう」
今度はリオと同じラティナ専属の補佐官サラが眼鏡をクイッと押し上げて立ち上がる。
「ルブルーショ教官は裏切り者でした」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「えぇっ!? ルブルーショ教官が裏切り者⁉ どういう事ですか⁉」
知人が裏切り者だと聞かされては驚きの余り、ジャンヌに問い詰めるラティナ。
「それは……」
ジャンヌが言いかけた途中でドアからノックの音がした。
「どうぞ」
「失礼しま……」
開いたドアから入って来たのはラティナの様子を見に来たサラとリオだ。
二人は目覚めたラティナに気付いた。
「……ラティナ様……お目覚めになられたのですね」
「ラ……ラティナ様ぁ~~~」
リオが喜びの余りに泣きながらラティナに抱き着いた。
「もう、心配してたんですよ~」
「はい、ご心配をかけてしまって本当にすみませんでした」
「本当ですよ。もうお体の方は大丈夫ですか?」
普段、冷静で表情を表に出さないサラもラティナの復活に頬を緩めて微笑していた。
「はい、もう大丈夫です。……それで…あの…最初にサラさんに聞きたい事がありますが……」
「何でしょうか?」
「ルブルーショ教官が本当に精霊教会を裏切ったのですか……?」
その質問を聞くと緩んでいだサラの顔が引き締め治した。
「……ラティナ様はここ最近、大聖堂に働いていた神官や修道士達が移転された話をお聞きになられましたか?」
「は、はい。最近、移転する人の名をたくさん聞きました。とにかく急でお別れのあいさつも顔を見る事すらも出来ませんでした……」
「それは実はルブルーショがその人達を追い出していたからです」
「えぇぇ!?」
ラティナの知っているルブルーショは親切丁寧で困った時には助言してくれる良き相談相手の一人だと思っていた。
「私は最近、ルブルーショの動きが怪しいと思い、密かに探っていた所、その男は、先程話した人達は皆、彼にとって邪魔になる者を夜中にゲートを使ってどこかへ飛ばしていた事が分かりました」
「そ…そんな……」
「その事を知った私は直ちに本庁に通報したのですが、まさか審問会が来る前にラティナ様を騙して危険な場所を送り飛ばし、それから姿を消しました……」
審問会とは背徳行為の疑いのある者が潔白の理術使いなのか掟や規定を犯した悪しき異端者なのかを取り調べる精霊教会内の組織である。
「守護騎士団も皆、ルブルーショに嘘の指示で騙されたみたいですの」
「今までその様な暴挙を誰にも気付けず、止めようとしなかったり、告発しようとしなかったのは私の予想ですが、ルブルーショは恐らく催眠術なのか、暗示の類をかけて指示した人達を操っていたのでしょう」
「で…でもそんな勝手な事をすれば…理術はもう使えなくなる筈では?」
「恐らく理術ではなく暗示の能力を持ったディアボロスの力を借りたものでしょう」
ジャンヌの衝撃の発言に驚いたラティナは彼女に顔を向ける。
「ルブルーショはかつてプランタンの大聖堂の大神官の候補者でしたが心の内に“精霊の約束”を反する傲慢さを隠し持っていた事が判明したため、候補から外されたとここの大神官から聞きました」
“精霊の約束”とは理術を使う時、人と精霊が交わした掟であり、それを一度破ると理術の力が弱まり、破り続けるとその者は、理術が使えなくなってしまうという精霊達が悪用しないに定めた絶対的な規定である。
奪おうとまで望む強い欲望、傲慢や憤怒に従った暴力、他者を痛めつけて悦楽を浸ろうとする虐待性等の悪意の感情を起こす事は“精霊の約束”を破る事となり、それを破り続ける者はエンジェロスへとなる道が遠ざける上に魔道へと堕ち、死後に悪霊のディアボロスとなる可能性が高まる。だからこそ平等を大事にする共和国領ではあってはならない人を見下す傲慢さを隠し持っていた事が露見されたルブルーショは一国の代表となる長と聖女と並ぶ大神官の候補から外された。
その傲慢を持つルブルーショならば理術の力は弱まり、理力も想う様に操る事も出来なくなり、理力で動力とする転移門を動かす事も操作をする事も不可能となる筈だ。
「彼は自分が大神官の候補から外された事によって挫折し、自分が持ってしまった悪意の心を顧みて反省しようとはせず、不満に思い、魔道へと堕ちたのだと私は考えられます。そしてルブルーショはここに保管されていた、人を暗示にかける能力を持った高位のディアボロスが封じられた“魔導書”を密かに持ち出しだと後からの調査で分かりました」
「ここにその様な物が?」
「高位のディアボロスが封じられた魔導書ですから機密として補佐官の私もサラもラティナ様ですらも教えられなかったのでしょう。問題はルブルーショがどこで魔導書の存在を知り、手に入れたのかは分かりません……」
魔導書とは、ある闇の組織が作り出した、ディアボロスを一体封じ込める事で例え理術が使えない人間でもその個体が持つ能力を操る事が出来る書物。精霊教会は危険な道具だと判断し、禁書として回収して各大聖堂に保管していた。その一冊、プランタンの大聖堂に隠していた、誰にも利用させない様に聖女にも補佐官にも秘密にした、大神官しか知らない筈の魔導書がどういう訳かルブルーショによって手に渡ってしまった。
「つまり、ルブルーショは自分が大神官になれなかった逆恨みでスルト教団と手を組んで、禁止していた魔導書の力を使って人を操り、ラティナや目障りだったり、気に食わなかったりと思った他の神官や修道士達を勝手に転移門で使わせて国外追放していた、って訳なのね」
帝国の機械とは全く違う転移門を使うためには理力を注ぎ込む必要があるため、理術使いではなくなったルブルーショは使う事は出来ない。だから魔導書の力を使って管理者の神官を操っていたと考えられる。
「そうなのですか⁉ ルブルーショ教官がスルト教団と手を組んだのは初めて聞きましたが」
「これはあくまで私の推測ですがラティナを“紅黒の魔獣”を復活させる為にアップ・グリーンパークへ送り飛ばした事は偶然ではなく以前から打ち合わせていた計画の内でしょう。恐らくルブルーショは魔導書を手に入れた後、外の世界でスルト教団に会い、寝返ったと考えられます」
ジャンヌの予想は適格だ。その能力は彼女が偉業を成し遂げた二千年前の祖国を守る為に救国の聖女として参加した戦争でも予言の如き予想で戦いに勝利をもたらした程だ。
そもそも共和国領は善良なる人間、理術使いのみ住む事が許されない国領のため、怒りの感情を美徳とするスルト教団を入国させる筈がない。だからルブルーショは共和国領の外でスルト教団に会ったと考えられている。
「そして|ルブルーショとスルト教団《彼ら》の本当の目論見は共和国と帝国との関係を破る事かもしれません」
「ふぇっ? どういう事ですか?」
「……ラティナ様、実はジャンヌ様が救出した方々の他にアップ・グリーンパークの周囲に在宅していた理術使いは皆共和国領に戻りました……」
「どうして皆戻らなくてはならないのですか?」
「それは……」
「それはあのまま、あの場所に居れば彼らも危ない目を合わせてしまうからですよ……」
なんだが言いにくそうなサラの代わりにジャンヌが説明し始めた。
「御存知の通り、帝国本土の人間は私達、理術使いを疎ましく思われていましたが、二年前の”白き聖女”の活躍により救われた住民達は謝恩を感じてくれました。“紅黒の魔獣”を封印した地近くに聖堂を設置し、そこで今までに治療を行う事によって理術使いを受け入れてくれる人が少しずつ増えました。ですが、それでも理術使いを拒絶する人もまだ多く居て、住処を失い、彼女を恨む人もいる事もまた事実です。聖堂を設置する事で、祈りの場を与え、治療も不満を取り除くためのせめての行いでしたが、“紅黒の魔獣”を封印していた氷が解け、いる理由が無くなった以上、堪えていた嫌悪感も解放されて、その悪意が炎の様に広がり、滞在していた理術使い達に危険が及んでしまうと予想されます。なので、直ちに帰還させました」
「そ…そんな……そうですか……」
必ず当たるジャンヌの推測の前にラティナは納得せざるを得なかった。
「あの”白き聖女”様と“紅黒の魔獣”が決着をつけた場所こそ皮肉にも共和国と帝国の共存の架け橋にもなり得たかもしれなかったのに……それがすべて水の泡になってしまったでしょう……」
ジャンヌの口からため息を吐いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ジャンヌ達からこれまで自分がいない三日の間の経緯を聞いた後、ジャンヌとポリッチェは部屋から去った。
ラティナは沐浴を軽く済ませ、それから父との待望の再会を果たした。
ラティナの父、ユーセルとはスルト教団の軍兵達に捕まっている間、” 紅黒の魔獣”復活のための準備や自分達を持て成すための労働を何時間も酷使された体の疲れを癒す為に再会の会話は一時間程度しか出来なかった。その後、今度はブルボンが率いる守護騎士団の面々が面会に来た。
「ラティナ様‼ お体は大丈夫ですか⁉」
ブルボンが大声を上げてラティナの華奢な両手を握り締める。
「は…はい……。もう大丈夫です……。手痛いですけど……」
「あの~…ブルボンさん、大きな声を出すのも止めて下さい……。聖堂内ではラティナ様の他に怪我や病気で寝ている方々が居ますので……」
「うぬ…申し訳ありませんでした。つい、頭に血が上って……」
ラティナとリオに言われてブルボンは手を離した。
「カルシウムの不足ではないのでは? お酒を減らして牛乳を飲んだり、毎日アーモンドを食べたりしていますか?」
「うぬぅ……どれもこれも全部ルブルーショめが悪いんじゃ! あの裏切り者めが、ラティナ様にまで手を出しおって……」
するとブルボンの背後に自分に矢を狙い立てているかの様な視線に気が付き、寒気を感じた。
後ろを向くと視線の主は、胸当てと籠手と脛当てのみ、ジャンヌよりも軽装の鎧着た黒髪の少女が恨めし気な眼で見ていた。
「な…なんじゃクエス? 儂にそんな眼で見おって……」
「それは恐らくブルボンさんがさっきラティナ様の手を強く握ったからでしょう」
サラがクエスという名の黒髪の少女に代わってブルボンに説明をする。
「そ、それは儂もラティナ様の事を本気で心配しておったからつい……本当に悪かったと思っておる! 別にラティナ様を苛めたり、不埒な事をしている訳じゃないんじゃ~!」
ブルボンの慌てぶりに笑う一同。
「ごほん……それたクエスさんもラティナ様とお話したいのでしょか?」
クエスの方に向けると彼女の首は上下に動かし、頷いた。
「分かった、分かった。お主とラティナ様の仲は知っておる。後はお主がラティナ様と好きなだけ話しても良いぞ。それではラティナ様、私はこれにて。……全くクエスには色々と敵わんのう……」
ブルボンはラティナに一礼をした後、呟きながら部屋から出た。他の守護騎士団の団員達も挨拶を済ませ、クエスを残して全員去った。
「クエスさん……」
「ラティナ……」
クエスはラティナに近付き、彼女の手を優しく触れて心配そうに見つめていた。
「ラティナ……もう体の方は本当に大丈夫? 私も心配したよ……」
「はい…。私はもう大丈夫です。ご心配させて本当にすいませんでした。」
クエスはラティナの幼馴染で今はプランタンの守護騎士団の一員である。そしてラティナを慕う多くの住民達の中で僅かにしかいない、様と付けずに呼び捨てにしてくれる、正真正銘の数少ない友人である。
プランタン内の森の薪を割る木こりの一族の生まれだが親友のラティナを守る為に自ら守護騎士団の一員となった。所属の騎士団の中でも屈指で団長のブルボンでさえも匹敵する程の強さを持ち、任務も言われた通りにこなすが実は優柔不断で真面目というよりも自分ですぐに判断を決める事が出来ない問題点を持っていた。
「本当? なんだが元気がない様に見えるが……」
確かにラティナの顔には気が少し重苦しい表情になっていた。
「あ……はい……帝国領の方で色々ありましたから……」
今回の初めての外の世界でラティナにたくさんの心残りが出来てしまった。
アップ・グリーンパークで襲われた亡霊、モイストサーペント、を癒す事が出来なかった事、カワキが死んだ時の事、機械化兵団と名乗った人達と怪物に変貌したリゼルを止める事が出来なかった事、誰も救う事が出来なかった事がラティナは顔に表してしまう位、悔やんでいた。
「ラティナ様、悩み事でしたら補佐官である私に相談して下さい」
「私もいるよ~」
同じ補佐官なのに自分を加えてくれなかったサラに対し、リオは頬を膨らませた。
「そ…それは……その……」
サラが相談の申し立てた事にラティナは思わず言葉を詰まらせた。
(どうしましょう……私がリゼル様を治療していた事もお話しすべきでしょうか?)
聖女が悪名高き”紅黒の魔獣”を治療していた事が知られたらば国中がひっくり返る位、大騒ぎになると思い、ラティナは正直に話すべきか戸惑っていた。
するとリオはラティナの悩みを悟った様だ。
「もしかしてラティナ様は……」
今回は、ラティナ以外の二人の聖女にしてエンジェロスが登場。エンジェロスについての解説が付いた話でした。
次回は、なんとまた別の新たな聖女(?)が登場する話です。
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