第5話 悪霊に取り憑かれた猫
「ミケちゃんという猫が死んだ主人の霊に取り憑かれたのですか?」
先程まで荒くれ者達と言い争っていた老婆、ミーレに彼女の実家である屋敷まで無理やり連れて行かれたラティナ。そこで眼鏡をかけたメイドが運んで来た紅茶を飲みながら原因の事情を聞かされた。その事情とは、先月に亡くなったミーレの夫、資産家のミリオネスが悪霊すなわちディアボロスとなって、彼の愛猫であったミケに取り憑いて逃げ出した事だった。あの荒くれ者達は最初、ミケを探す依頼を受けていた集団の二人だが、その猫が悪霊に取り憑いた事を知ると恐れて辞めると言い出して去ろうとしたのだ。
「はい、そうです・・・。先月死んだ主人が悪霊となってミケちゃんに取り憑き、暴れたのです。ご覧の通りに屋根を壊して・・・・・・」
涙をハンカチで拭きながら話すミーレが上に指を指した先は巨大な獣らしきものによって破壊された大穴があり、木の板で仮修繕されていた。
「取り憑れたミケちゃんは恐ろしく巨大で狂暴な怪物となって暴れ、屋敷から去りました」
「どうしてミリオネス氏が悪霊になったのですか? 供養はちゃんとしましたか?」
ソファーの上のラティナの隣右側に座っている、付いて来たアリアが質問をした。
「葬式はあげました。しかし、主人がどうして悪霊になったのか、私共々分かりません・・・。夫は厳格でしたが、ミケちゃんに接する時だけはまるで別人の様に穏やかでした。それが何故、あの人がこんな事を起こしたのか、一体何が未練あるのか・・・・・・」
答えている内にミーレは再び、涙を流し始めた。そして両手をテーブルの上に叩き、ラティナに懇願した。
「お願いします、聖女ラティナ様! 夫の未練を断ち切って、昇天させてミケちゃんも戻して下さい!! もうこれ以上、あの人とあの子が悍ましい姿で暴れまくる姿を見たくありません!!」
「「「お願いします、聖女ラティナ様~!」」」
ミーレの背後にはミリオネスの遺族であるが息子、娘達集まっていて彼女と同じ様にラティナに懇願した。
「待ちなされ。この国にはラティナ様と同じ聖女のステラ様がいる。何故、その方に頼らないのですかな?」
今度はアリアの反対側、ラティナの左側隣に座っているスタンが疑問を問いかけた。
「そ・・・それは・・・・・・」
ラティナのお供だと思われている二人の質問に何やら言いにくそうに口ごもる遺族達。やがて代表としてミーレが事情を語り始めた。
「・・・実はヴィンターの教会の人達は全員拝金主義・・・と言いますか礼代のお金による高額な前払いを要求してくるのですよ」
礼代というのは治療費や依頼解決後の礼による贈り物の事でラティナが働いていたプランタンの大聖堂でも治療後にお礼として野菜や果物等の贈り物を良く受け取った。
「そうなのですか?」
ヴィンターの聖女、ステラは特に拝金思想の持主だとラティナにも知らされているが高額な代金を要求しているとは思いもよらなかった。
「生前の夫がヴィンターの設立と運営に株主の一人として資金を援助に使っていましたし、葬式でほとんどの遺産が使われました。もうこの依頼を頼めるだけの料金など残っていません」
「そんな事が・・・・・・」
ラティナは信じられないと思った。善良の心と平等を第一とする精霊教会の人間が金に優先するとは思いもしなかった。
「しかし、ここの教会の人達、全員ステラ財団の団員。理術使いでもお金に対する考え方が強いですよ」とアリアが口をはさんだ。
ステラ財団とは聖女ステラが設立した精霊教会の金庫と例えられている重要な財産機関。同じく設立した商会や教会の仕事の依頼で稼いだ通貨を管理し、必要とあれば資金の援助もする。共和国領の等価は物々交換制度だが帝国領だと全て帝国政府が発行した紙幣と硬貨の通貨のみ一つに決まった金額で決済交換を行っている。その為、外界の地で留まれる為の土地税と食糧や生活に必要な消耗品の購入費等、帝国領での生活をするには必要不可欠だからだ。
「だが、ここ、外界で生活する為には大量の金が必要となる場合がある。まぁ、余程払えない程の金を要求してくるのは流石にやり過ぎだと思うがな」
「出来れば内密でお願いします」
「ふぇ? ここの教会の人達に内緒ですか?」
「はい、先日で国中に化物となったミケちゃんの事は既に知られています。このままだとミケちゃんが・・・・・・」
「あの・・・それなら私達が大聖堂に行って話を・・・・・・」
「ぐすん・・・このままだとミケちゃんが~、殺されてしまう~」
「私達の可愛いミケちゃんが~」
「あの子だけ死んだ夫の残された思い出そのものなのに~!」
「・・・・・・」
一斉に泣き出すミーレとその息子、娘達。彼等の端に立っている、最も幼い孫娘がラティナを見つめた。
「お願い。おじいちゃんを戻してミケちゃんを助けて・・・・・・」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「こちらがミケちゃんの写真です」
玄関で眼鏡をかけた一見地味そうなメイドが全身白い毛だが額に三本の黒く太い縦線の模様があり、大きな赤い宝石の首輪を付けた猫、ミケが写っている写真をラティナ達に渡した。
「“鉄の森”は、ここから北東に少し歩いて行くと着きます・・・。気を付けて下さいね・・・・・・」
写真を渡した後、これから発とうとするラティナ達にミケが向かったと思われる“鉄の森”への方向を教えた。
結局、泣き頼むミリオネスの親族達の頼み事に断れず猫探しとディアボロス払いの依頼を受けてしまったラティナ。
「すいません・・・。リゼル様を探している途中なのに勝手に依頼を受けてしまって・・・・・・」
ラティナが誰にも聞こえない様に小声で謝ると肩の上に乗っかている小熊人形のユカリは頭を横に振った。彼女もあの時、あの場合は断りにくい状況だと同情している。
「ラティナ様、聞きそびれたので今聞きますがリゼルさんはどうしましたか?」
横からアリアが見つめて聞いて来た。
「じ、実はリゼルさ・・・んとははぐれてしまって・・・探している途中だったのです・・・」
「そのリゼルというのは誰かね?」
「私の・・・え~と・・・連れです」
「ふむ・・・つまり恋人かね?」
「ち、違います」
否定しながらもラティナの頬はちょっと赤らめていた。
「そうかそうか。分かった。それじゃ俺が代わりにそのリゼルという子を探してあげようか?」
スタンが右手を上げて表明した。
「え、良いのですか?」
スタンとは最近、知り合ったばかりで正式な仲間ではない。
「なはははっ! なーにこの後の予定なんて無くて丁度暇になるし、理術使いは助け合いの精神が大事。俺も困っている人を放って置けない性格なのよ」
「ふわぁ~、ありがとうございます。スタンさん」
「それでは、私もスタンさんと一緒にリゼルさんを探します。クートさん。ラティナ様の方をお願いしますか?」
「うん、任せて」
クートと呼ばれた水色短髪の青年が答えた。首元には精霊教会の証たる十字架型の聖印を身に着けていた。
「そちらの人・・・クートさん?は初めてですね」
「うん。初めまして。僕は新人理術使いのクートス・キューといいます」
人懐こい印象を与える笑顔で名乗るクートス。
「彼も私と同じ巡礼の旅の途中でこの国に着いた時に会いました」
アリアがクートスとの関係について軽く説明した。
「そうですか。では、よろしくお願いします、クートスさん」
ふとラティナの右肩に柔らかめの物で叩かれた感覚した。叩いたのはユカリだ。霊力の念波で聞いて来た。
(ラティナさん、この人達は信用できるの?)
ユカリにして知らない人で自分の息子探しに任せたり、ラティナと一緒に居たりするのは不安だと思っている。そんな彼女は小声で笑顔に答えた。
「大丈夫ですよ。理術使いに悪い人はいませんからこの人達は信用できます」
(そうなの?)
理術使いではないユカリは少し不安を抱いているがひとまずはラティナを信じてみようと思った。
「アリアちゃんや。おじさんの手伝いをしてくれるのはありがたいけど“鉄の森”は危険区域に指定されている所で“魔女”が住んでいるらしいよ」
「え? 魔女が住んでいるのですか⁉」
“魔女”という単語を聞いて驚くラティナ。
「そういう噂を聞いた。とにかくそんな場所に護衛が新人君一人だけじゃ不安じゃないの?」
アリアは捜索に特化した跡読師に就いているだけの理術能力を持っている。今回はリゼルを探す方に選んでいるがラティナの猫探しに森でディアボロスや魔女も出そうな危険区域の様な場所ならスタンの言う通りにすべきだろう。
「ごもっともですが、実はこの後にある人と会う約束をしてますので」
「そうか、ならしょうがないわね。よしじゃぁおじさんがこんな事もあろうかと呼んで置いたもう一人のお供を付けよう!」
「こんな事も? 呼んで置いた?」
「おーい」
ラティナがオウム返しに疑問を口にだすと上から声がした。
上を見上げると鳥が一羽降りて来た。
「呼んで置いたぞー」
成熟した人間の様に標準的な口調で喋っている暗緑色のオウムがスタンの持っている杖の上に降りた。
「初めて見た子の為に紹介しよう。こいつは俺の相棒の・・・」
「アロニーだ。よろしくな、アリア、クート」
「あれ? 初めて会うのにどうして僕達の名前を?」
「成程・・・。それなら知っていて当然ですね」
「ふぇっ? どういう事ですか、アリアちゃん?」
「つまり、アロニーと呼んでいるものは本物のオウムではなく、スタンさんが理力で動かしている人形で言葉も腹話術で話しているかの様に見せかけていたのでした」
「バーレーたーかー」
「ははは、如何にも本当はこいつは俺の霊装。言わば分身だ」
「ふわぁ~~。通りで何となく違和感を感じましたが凄いです! 本物の鳥さんかと思いました~」
ラティナが目を輝かせながら拍手をした。
「それでラティナさんのお供は?」
「うむ。“鉄の森”の入り口で待っていると先に行った」
スタンの分身であるアロニーが言った。
「何しろ、彼は目立つからなぁ、特にこの国ではな・・・・・・」
「目立つ?」
「あぁ、有名人だ。そんでもってちょっとドジな所も有るが頼りになる奴だ。ちなみに俺の弟子でもある。まぁ、騙されたと思って期待したまえ」
「本当に騙して欲しくないのですが」とアリアが小さな声でツッコミした。
「さぁ、次はリゼルとやらの特徴を教えてくれない? これでは探したくても分からないからね」
「それなら私がリゼルさんの特徴を分かりやすく教えましょう」
「そうか、んじゃ頼もう。そんな訳で先に行っても良いよ? 早くしないと猫がまた大変になるみたいだからね」
「うん、そうだね。それじゃ行くよ」
「はい、改めましてよろしくお願いします、クートスさん」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方、その頃。
「クソッ・・・・・・何処へ逃げたぁ?」
探し人のリゼルは自分に石を投げた逃げた奴を怒りのままに追い駆けていたが、ヴィンターの外れに位置する、廃墟の町に入った時に見失ってしまった。それで現在はそいつを探してウロチョロしていた。
かつて国内に起きた内戦に使われた爆薬兵器によって破壊され、所々に建物の壁が崩れかけている為、普通は一般人の出入りを禁止されている場所に踏み入れたリゼル。犬みたいに鼻を使って探そうと考えもしたが相手の匂いは知らないので止めた。
ある程度まで歩くとリゼルは足を止めた。殺気を感じて
「ようこそ~夢の国ヴィンターへ~」
後ろから何だが嫌らしそうだと思える声が聞こえた。その後、壊れた建物からリゼルを取り囲む様に十数人の武装した集団が現れた。中にはリゼルに石を投げた小柄な男もいた。
「お前があの有名な“紅黒の魔獣”リゼルだな?」
リゼルの前に立つ、集団のリーダーらしき男が笑みを浮かばせて聞いて来た。
「何だ、お前らは・・・?」
殺気を感じているリゼルは両手を黒い鉤爪に変化させた。
「・・・本物だな。俺達は・・・・・・」
リーダーらしき男が左手を上げるとリゼルを取り囲んでいる集団全員が一斉に武器を取り出した。
「てめぇのを首を取る、狩人だ‼」
ハンターと名乗る集団がリゼルに襲い掛かった。
「上等だ」
売られた喧嘩は買う。敵を睨む目でリゼルは動いた。
第3章のプロローグに登場した怪物猫を探して次話、鉄の森と呼ばれる危険区域に踏み入れるラティナ。そこに出会った者達は・・・・・・。
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