第2話 サーカス広場
(ここがヴィンターか・・・)
愉快な音楽が流れる娯楽の国、ヴィンターの出入り口である巨大な正門を前にしてリゼルは顔は無表情だが心の中で関心していた。
「ふわぁ、ふわぁ~。リ・・・リゼル様、ヴィンターですよ、ヴィンター! 楽しそうですね~」
「お前が楽しそうだな・・・・・・」
うきうきと楽しそうに目を輝かせてはしゃぐラティナの姿にリゼルに呆れていた。
ラティナもリゼルの突っ込みの言葉に気付き、顔が真っ赤になった。
箱入り育ちのラティナとしては憧れの場所に来た事で思わず喜びの感情を爆発してしまったのだろう。
「リ・・・リゼル様は楽しみだと思いませんか?」
「・・・・・・想像出来ないからピンと来ない」
「それならば中に入りましょう。きっとリゼル様も楽しめるものがあるかもしれませんよ」
リゼルの右手を掴み、ヴィンターの中へ連れて行こうと引っ張った。リゼルも大人しく彼女に従って正門まで歩き出した。
「ようこそ、ヴィンターへ」
窓口の受付嬢が笑顔でラティナ達を迎えた。
正門はかつて軍事国家時代の砦であり、現在は改修されて中は広いエントランスとなっており、ラティナ達はそこでヴィンターの入国手続きを行った。
「入国するには身分を証明する物が必要ですが何かお持ちですか?」
「これで良でしょうか?」
ラティナは精霊教会の証である十字架のロザリオを取り出して受付嬢に見せた。
「私、精霊教会の者です」
「ちょっとお預かりしますね」
受付嬢はラティナからロザリオを預かり、本物か偽物かを確かめる為、じっくりと見定めた。
「失礼ですが、理術使いの方でしたら出来ればあまり目立ちすぎない程度で何でも良いので何か証明するものを見せてくれませんか?」
「理術使いだと証明するものですか? これはどうでしょうか?」
ラティナは右手から薄紅色の傘の姿をした霊装、《アンペインローゼ》を顕現して見せた。
「ふむ・・・・・・霊装を具現化出来る方ですね。ありがとうございます。こちらのロザリオも本物だと確認しました。お返しますね」
預かっていたロザリオを元の持ち主であるラティナに返した。
(霊装って理術使いならば誰でも使える様なもんじゃないのか?)
疑問を思ったリゼルは後で——正門から出て次の目的地まで移動している最中——ラティナに聞いた所、霊装は使い手の戦う意志によって固有理術を武器として具現した物であるが故に共和国領では農業や生産業等戦いとは無縁な生活を送っている人もいるので未だに霊装を持たない人もいるらしい。
「そちらの方も理術使いですか?」
リゼルにもラティナと同じ理術使いなのかと聞かれていると察して返事の代わりに右手を黒い鉤爪に硬化してみせた。
「ありがとうございます。こちらのロザリオも本物だと確認しました。お返しますね」
リゼルも理術使いだと思い込んだ受付嬢は預かっていたロザリオを元の持ち主であるラティナに返した。
「本日はヴィンターにどの様な理由でお越しになられたのですか?」
「今日はただ観光しに来ただけです」
「そうですが、それでは理術使いの方々は年間パスポートをお勧めします」
「年間ぱすぽーと?」
「入国を許された証でこの券一枚で一年間でヴィンター中のアトラクションを遊ぶ事が出来たり、美術館や博物館等の展示施設を無料で入館する事が出来たりします。本来ならば一枚で三万アウルになりますが理術使いならばお一人様、千アウル。二人でニ千アウルになります」
慣れている様で年間パスポートについてぺらぺらと解説する受付嬢。
(よーする国に入るには金が必要かよ・・・・・・)
以前訪れたオルタンシアとは違い、入国に代金が必要だという事にリゼルは少々不満だと思った。
「分かりました。ではそれにします。リゼル様、お願いします」
「ん」
ラティナに言われてリゼルは窓口の受付嬢にニ千アウル分の代金を払った。ラティナが持っているとお金を落とすか騙されたり、盗まれたりする恐れがあるのでリゼルが財布役として預かっていた。
「そうしましたらお写真撮らせて貰いますね♪」
受付嬢はカメラと呼ばれる機械式の道具を取り出し、ラティナとリゼルの顔をそれぞれ撮った。それからしばしの間を取ると窓口から二枚のそれぞれに二人の顔写真が張り付いた掌位の札と黒い印肉を窓口から差し出した。
「お次はこれを指一本で付けてご自分の写真が貼られた方の札の白く四角い部分に押して下さい」
二人は受付嬢の言われた通り、顔写真付きの札にある四角い部分に指紋を押した。
「終わったらその札を持って下さい」
札を持つと押されて写された指紋の跡が黒から蒼銀色に薄っすらと光った。
「これでパスポートの完成です」
「ふわぁ~なんか光りましたが」
「ふふっ・・・この印肉はある特殊な鉱物で作った物で押した本人が持つと理力に反応して光る様になっています」
「成程~、これなら本人だという証になりますね」
「・・・なんか、すごいな・・・。こんな便利な物があるなんて・・・・・・」
「これもヴィンターの創立者である聖女ステラ様が作った物の一つです。くれぐれも無くさない様に気を付けて下さいね。後はこの国の地図もどうぞ」
受付嬢から二人分のパスポートとヴィンターの施設に関する解説付きの全体地図を受け取ったラティナとリゼル。
「それでは行ってらっしゃいませ。娯楽の国、ヴィンターに良い旅を♪」
こうしてヴィンターに入国を許されたラティナ達。
「それでどっから行くんだ?」
リゼルに聞かれてラティナは貰ったヴィンターの地図を広げた。
「そうですね・・・・・・それならまずはここから近い“サーカス広場”からはどうでしょうか?」
「サーカス広場?」
「色んな曲芸師や手品師が集まる広場だそうです」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大正門から目と鼻の先にある最初の場所、サーカス広場は、名前の通り、ヴィンター出身或いは他国から来た有名無名問わない曲芸師や手品師達が週日にち時間毎に入れ替えては得意自慢の芸がいつでも見られるの大広場。今日もこの広場を管理するの主から許可を得て指定された場所で観客達に驚愕で華麗な芸を見せ付けていた。
例えば和の国から来た、猿を二本足歩きをさせる猿回しの芸者や一輪車を乗りながら両手で十本のピンを宙に、輪を描く様に投げ上げては交互に受け止めて繰り返していくジャグリングをこなしていく曲芸師、木と木の高い位置の間にロープを張って綱渡りをする軽業師等が観客を集めていた。
「ふわぁ~本当に皆さん、凄いですね~」
曲芸師達の凄くて珍しい芸をきょろきょろと見回っては率直な感想を述べるラティナ。
「・・・むしろ、あれとあちらの方が凄いんだが・・・・・・」
リゼルが指差す二箇所の方向には誰よりも観客を多く集めていた。というのも彼等が行っている演技が目を疑いたくなる程の奇跡を起こしているからだ。
一人目はヴァイオリン使いの音楽家だが、彼が引くと同時に金色に煌めく粒子が奏でる音楽に合わせて音符の形となり、華麗に舞い上がり、幻想的に見せていた。
二人目は唐辛子を食べると火を噴く褐色肌の男だが、単純に口から火を噴くだけではなく、吐いた炎が蛇となって宙を舞っていた。
彼等の驚くべく奇跡の様な演技がより多くの人々を歓声上げさせて虜にさせたのだ。
「あいつら理術使いだろ」
「そうみたいですね。この国に住んでいる理術使いか“自由人”の方かもしれませんね」
「ふりー?」
「はい、精霊教会に属さない理術使いの事です。共和国領にも住まずにあの方々みたいに曲芸師か手品師となって生活費を稼いでいる聞いた事があります」
「へ~、まあ、手品だと言い張れば連中も納得するだろうな・・・・・・」
「さぁ、どの方の芸を見ましょうか・・・・・・」
「さあさあ、寄ってらっしゃい! 見てらっしゃい!」
ラティナ達はどの芸を見ようかと考えていると人際大きな声が聞こえた。
大きな声がした方向に向くと観客が何処も比べると一番少なく、十数人程度に集まっていて、その人達が見ている先に奇妙な男が居た。
どこか奇妙かというと顔中を白く塗り、鼻の下に先を巻き毛にした髭を生やして丸眼鏡をかけた、如何にも道化風の赤い服を着た年配の男で右手に持っている杖の上に暗緑色をしたオウムが乗っかていた。
「わたくしの事、スタンとお呼び下さい」
「オレ、アロニー。こいつの相棒」
スタンと名乗った男の次にアロニーという名の暗緑色のオウムが喋り出した。
「これから皆様に面白い話を聞かせましょう」
「ほうほう・・・どんな話だ?」
「この国はその昔、軍事国家だった事は知っているかな?」
「ああ、知っている確か名はクロイツ帝国でガリア大陸を征服しようとしていたんだったな」
「そうだ、しかしそのクロイツ帝国は後に大帝国と呼ばれる事になるロディオス帝国に敗れ、当時の王が死んだ後に次の皇位と政策をかけた内乱によって国は一時に滅び、後にヴィンターの主となる“銀貨の聖女”ステラ様が買い取り、今の娯楽の国として作り直したのだ」
「それならば昔のクロイツなんて滅んで良かったんじゃないのか?」
「そうだな・・・戦争ばっかり起こす国なんてろくなもんじゃない・・・人が大勢死ぬ・・・。その戦争の犠牲者であったステラ様は同じ境遇の子供達の為に今の喜びと楽しさ溢れる国に変えたのだ。戦争なんてもう絶対にせんそう!」
「・・・・・・」
このスタンの言葉によって空気が凍った。
「おい、お前の下らない駄洒落で皆凍っちまったぞ! 大体、これの何処か面白い話になんだよ、この三流芸人!」
「んだと、この鳥!! 今日の晩飯にすっぞ!!」
怒ったスタンがアロニーを掴もうとするが上に飛んで避ける。
「相棒を食う気かよ! へっぽこオヤジ!!」
嘴でスタンの短い黒髪の頭に一撃を入れるアロニー。
「あ痛っ!! こいつ、この恩知らず!!」
「どんな恩だよ⁉」
「忘れたのか⁉ 俺も忘れたわ!!」
この道化の男とオウムの叩き合いによる喧嘩のやり取りによって観客達は笑いが込み上げた。
「・・・あの・・・喧嘩を止めた方が良いのでしょうか?」
「いや、ほっとけ。多分、これは漫才と言って芸の一つだろう・・・・・・」
リゼルには道化師風の中年男とオウムの喧嘩が何かわざとらしく見えた。
「ええ、そうよ。あれも彼・・・スタンさんの得意とする芸の一つなのよ。あの人はいつもダジャレを言って滑った時には相方のオウムと喧嘩する振りを見せて笑わせようとするのよ」
ラティナ達の隣に立っている観客のおばさんが答えた。
「あの人は道化師役者が本業だ。ダジャレはつまらないがボケ役は最高だよ」
おばさんの夫であろう、二人の息子であろう楽しそうな目で見ている小さな男の子を肩車している男も答えた。
「そうですか・・・・・・」
ラティナはむしろスタンと喧嘩しているオウムが妙に不自然だと思えて気になっていた。
娯楽の国の最初の驚きと笑いを呼ぶ地に踏み入れたラティナ達。しかし次話は最初の受難も訪れ様としていた。
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