エピローグ
「これ・・・拾いましたが、どうしましょうか・・・・・・」
右手にジュリアの体から出て、リゼルに取り憑こうとし、今は禍々しく光る血の様な赤黒色から燃え付けた様な灰色の門らしき意匠された紋章の札を持ち、見つめながらラティナは前に歩いているリゼルに聞いた。
「お前、それ拾って来たのか?」
「はい、気になったので。・・・これの所為でジュリアさんは火を吐いたり、怪物になったりしたのですね・・・・・・」
つまり、ジュリアが炎を吐く様になったのは他社による呪いではなく、謎の紋章に取り憑かれた事でそうなってしまった様だ。かつてラティナが感じた邪悪な力と意志は感じられず、今はただの奇妙な紋章が描かれた札なっているがあのまま放って置くのは危ないという胸騒ぎ程の不安を感じたので拾っておいたのだ。
「う~ん・・・一旦、プランタンに戻ってこの紋章を調べて見たいのですが・・・・・・」
共和国領なら頼めば謎の紋章を調べて貰いそうなのだが今、ラティナは教会を黙って抜け出した身で、リゼルを放って置く事も出来なかった。
「リゼル様、どうしましょうか」
「俺に聞いてどーすんだよ・・・・・・。気になるんだったら、さっき、アリに聞けば良かったじゃんか」
「蟻・・・? あ~、アリアちゃんですね?確かに、では戻ってこれを聞きに・・・・・・」
「 戻ってどーすんだよ」
来た道を戻ろうとするラティナの襟を掴んで止めるリゼル。
「つーか、俺達・・・これから何処へ、行ったら良いんだよ」
「あ・・・・・・」
「何も考えてねーんかよ」
「やはり、ここは一旦町へ戻ってから・・・・・・」
「アホかっ! 町に戻ったら、住民共に襲われるわ! ここの連中は俺達とって敵なんだよ!!」
「う・・・・・・」
ラティナはオルタンシアの教会で住民達に敵対宣言された事を思い出し、悲しい気持ちになった。
帝国領に住む人々が理術が使える共和国人を疎んでいる事は相当深い様だ。
「はぁっ・・・・・・とりあえず、まぁ、このまま、適当に歩き旅で行くしかないか・・・・・・」
リゼルは落ち込んでいるラティナの気持ちを知らずにか、視線を前方に戻し、両手を頭後ろに組んで再び歩き出した。
(あれ・・・? あれは・・・・・・)
ラティナはリゼルのあるものに気付いた。
「あのリゼル様」
「ん・・・? 何だ」
「リゼル様の左手・・・・・・」
「?」
自分の左手の甲を見ると血の様な紅色の盾と思われる形とその中に丸で描かれた紋章が在った。
「あ・・・・・・」
「その絵、変わっている・・・というか増えてますね・・・・・・。どうしたのですか?」
以前に見た時は丸だけだったが今は明らかに紋章が増えていた。
「知るかよ。俺だって今気付いた所だよ。・・・・・・ま、良っか」
「良いのですか?」
「正直気になっているが、体は今のとこ、大丈夫だから心配するな、だ」
「・・・・・・」
リゼルは心配してなそうだが、ラティナは不安だった。
彼の左手の紋章は、意匠が違うが同じ血の様な紅色からジュリアに付いていた紋章と似た物だと直感で思った。
(やはり、この紋章らしき物を調べなくては・・・・・・)
ラティナが持っている紋章の札を見つめ、考えながら歩くと前のリゼルの背中にぶつかった。
「ふわっ! ど、どうかしましたか?」
「あれ・・・・・・変な奴が居る・・・・・・」
リゼルが指差す方向に変な奴ごと、頭に片眼鏡を右目を掛けた白い兎の被り物を被り、黒い燕尾服を着た長身の人物が立っていた。
「あ、あの人は」
「知り合いかよ」
「はい、確か・・・アリスさんという方の所に居た・・・・・・」
「ホワイト・ラビットと申します。お久しぶりでございます、ラティナ様」
ホワイト・ラビットと名乗る兎頭の執事がお辞儀した。
「我が主、アリス様から言伝てを伝えに来ました。こちらへお越し下さい」
「だそうです」
「だそうって・・・なんか見るから怪しい奴だが・・・・・・」
「大丈夫ですよ」
「いや、俺はパス。行かない。お前だけ行ってろ。俺は待っている」
リゼルは見知らぬ怪しい人物に対しての警戒と会話を面倒臭かり、ラティナに任せてここで待つ事にした。
「分かりました・・・」
ラティナはホワイト・ラビットの許へ進んだ。その間にリゼルは近くにある大石の上に座り、ポケットから小説の本を取り出し、静かに読み始めた。
「では、お伝えしましょう。貴女の持っている【転移門の鍵】、今は使える様になっています」
「え、本当ですか?」
ラティナは【転移門の鍵】を取り出した。
鍵に付いている石が虹色に輝いていた。
「今なら、“紅黒の魔獣”を収容していた屋敷へ戻る事が出来ます。そこで休養した後、次の行き先を求めているならば“ヴィンター”を勧めます。そこへ行けばきっと“紅黒の魔獣”や紋章の事も分かるでしょう」
「ヴィンター・・・・・・」
ガリア大陸の北東にある“娯楽の国”。確か、そこに住まわれている癒療師にして“銀貨の聖女”なら直ぐに会える事も出来るかもしれいし、リゼルの失われた記憶を元に戻してくれるかもしれないとラティナは思った。
「これにてラティナ様にお伝えしたい事を全て話しました。では、私はこれにて・・・・・・」
ホワイト・ラビットが別れの挨拶をするとなんとその場から消えた。
ラティナは一瞬に姿を消して去った事で呆然となっていた。
(流石はあのアリスさんの仲間の人・・・不思議です・・・・・・。あれ・・・・・・?)
ラティナの目にある者を見つけた。
それは青白薄透明体の女性が心配の表情でリゼルを見つめていた。
「こんにちは」
ラティナは笑顔で優しく挨拶した。
「ひっ⁉ あ・・・あなた・・・私が見えるの?」
「はい、見えます。貴女はこの前、帝国の地下であの方に襲い掛かった方ですね?」
そう彼女は先週、アップ・グリーンパークの下水処理場でリゼルを襲い、ラティナに救われたディアボロスだった者だ。今はラティナの《アンペインローゼ》によって悲しみに染まり、狂った心が緩和されて無害なゴーストになっていた。そして、ラティナ達の後をこっそりと追って来たのだ。
「あ・・・あの時は本当ご迷惑を掛けてました・・・」
ゴーストの女性は頭を下げて詫びた。
「いえ、お気になさらず。それで貴女はリゼル様・・・あの方とはどの様な関係ですか?」
「私はカケル・・・あの子の母親です・・・」
「リゼル様のお母さまですか⁉」
「私は四年前、事故で亡くなりました。昔のあの子は優しい子でしたが・・・今みたいに今みたいにあの恐ろしい力を得てしまってから自分以外の人を信じられず、暴力を振るい続ける、“紅黒の魔獣”と呼ばれる化物となってしまった事に嘆き、私自身もあの時みたいな怪物となってしまいました・・・・・・」
「カケルさんに何があったのですか?」
「分からない・・・私も彼に一体何が起きて、あんな力を得てしまったのか・・・・・・」
あんな力とは怪力と体を熱に帯びた鉄と化する理術とは違う謎の能力の事だ
「ただ、心が変わってしまった原因は、あの子は苛められていたと聞きました・・・・・・。それで心が変わってしまいました・・・・・・」
リゼル・・・カケルの母親は両手で顔を隠し泣いた。それからラティナに抱き着いた。
「お願いです! あの子を、カケルを、私の子を元の優しい子に戻して下さい‼ お願いします‼」
「お任せ下さい。私もあの方を更生させる為に一緒に旅を続けています」
ラティナは懇願するカケルの母親に優しく笑顔で答えた。
「さて、問題なのは貴女はこのままだとまたディアボロスになってしまう恐れがあります」
幽霊は実体が無い。つまり、触れる事が出来ない。理力が高ければ物体を動かす事が出来るが、このまま何も触れず、話す事も感じる事も出来なければやがて気が狂い、心が壊れ、瘴気に触れなくとも再びディアボロスへとなってしまうだろう。
「え! そ、そうですか。だ・・・だけど私もこのまま成仏する事は出来ません!」
「そこで何とかする方法があります」
ラティナは【収納道具箱】からネーアからお守り代わりにと貰った両手位の小熊の人形を取り出した。
「この人形の中に入って下さい。そうすれば大丈夫です」
「分かりました」
カケルの母の魂は子熊の人形の中へと入っていった。それから人形の手足が動き出した。人形に母が宿り、新しい体となったのだ。
「これでもう大丈夫です。貴女はこれからこのまま、この世の未練が無くなるまで私達の旅を見守って下さい」
ラティナはリゼルの方へ向き、待っている彼を呼び掛けた。
「お待たせしました、リゼル様。行きましょう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ラティナがオルタンシアから去って次の日。
ラティナの友人であった、大量の荷物を持ったネーアの前に帝国が生んだ技術の結晶の一つ、クォーツを動力に鉄道の上で走る連なりの乗り物、列車が止まった。
ガリア大陸の帝国領内の他国に繋がるオルタンシアの駅はラースビーストの被害が無く平常に運行していた。
この場所にもう一人旅立とうとしていた。
「こんな国から出て世界一の女優になってやる」
故郷に戻る事を諦め、新たな夢を叶えようと決意をしたネーアだ。
列車に乗り込んだ彼女の行く末には幸せの希望が或いは新たな絶望か今はまだ分からない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
むかしむかし、あるところ、雨が降り続ける国に仲のよいふたりの男女がいました。
しかし、国を治める長の娘である女は別の人と無理やり結婚されそうになりました。
そして恋人であった男に助けてもらえない怒りから紅い悪魔にそそのかされて火を吐く怪物になる呪いを受けて国を滅ぼそうとしました。
その時、国に立ち寄った半分天使の心優しい聖女と魔獣の若者に出会いにより、怒り狂った女の心は癒され、恋人であった男と仲直りした。
その後、ふたりは別の国で結ばれ、子を産み、幸せにくらしましとさ。
長く続いてしまった第2章、これにて完結です。
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