第18話 優愛の聖女
「ジュリアー‼」
「その声はポギーさん⁉」
北の森の奥地、ランスロットの住処で待っている筈のポギーがラースビーストとの戦いの場所に走って来た。
「ポ・・・ポギー・・・・・・?」
気付けばいつのまにかジュリアが怪物から元の人間の姿に戻っていた。
ラティナ達が戦っていたこの場所まで全力で走って来た為に息を切らして荒い呼吸を繰り返しながらポギーはジュリアの前に立つ。
「あ・・・あなた、どうしてここに⁉」
ジュリアが叫ぶ様に聞いた。
「急にジュリアの事が心配になって、ここまで走って来た。それだけだ!」とポギーは答えた。
実の所、本人は無我夢中のあまり、まだ気づいていないがポギーの身体能力が上がった、正しくはかつては有って今は失われたある力がある境に戻って、北の森からここまで走りきる事が出来たのだ。
「大丈夫か、ジュリア⁉」
ジュリアに近づくポギー。
「・・・・・・今更・・・・・・何しに来たのよ!!」
ジュリアが怒りの相で叫ぶと背中からラースビーストの肋骨状の脚が伸びてポギーに突き差した。
「ジュ・・・ジュリア⁉ その姿は・・・・・・」
異様な姿になったジュリアの姿を見てポギーは驚くしかなかった。
「あなたの所為よ! 私がこの姿になったのは! あなたがあの時、私の誘いに乗ってくれなかったから私は化物になってしまったのよ!!」
怒り狂ったジュリアが肋骨状の脚でポギーに突き刺そうとしたその瞬間・・・・・・。
「ジュリアさん、お待ち下さい!!」
ポギーの前にラティナが庇う様に立ち塞がった。
「落ち着き下さい、ジュリアさん!」
「退いて! あなたには関係無い事よ!!」
ジュリアは怒鳴るがラティナは引かなかった。
「確かに私は部外者ですがお二人の事情を知らない訳ではありませんが、たからと言ってポギーさんを殺されるのを黙って見てる訳には・・・・・・」
「いや、もういいんだ、ラティナ様・・・・・・」
後ろのポギーがラティナの肩を掴んでゆっくりと下がらせて前に出た。
「これは元々、俺達の問題だったんだ。だからジュリア・・・・・・」
ポギーは膝を素早く折り、両手と一緒に、地面に付き、頭を深く下げて「ごめん!!」と土下座で謝った。
「えっ⁉」
行き成りの土下座に驚き、困惑するジュリア。対してポギーはそのまま話し続けた。
「俺・・・あの時、育ての親である教区長様が死んで、気持ちがとっても不安になっていたんだ。駆け落ちに誘われたって町長達に見つからない場所なんて共和国領に連れて行く訳にもいかないし、とにかく、その時は一旦気持ちを整理してから考えたかったんだ! だから、あの時にそんな訳を言わずに無理だと言ってごめん」
「ふざけんじゃないわよ‼」
怒りのままに叫ぶジュリア。
「何よ! それじゃぁわたしが悪いみたいじゃないの! あの時、落ち込んでいたあんたの気持ちを分からなかったわたしが悪いみたいじゃないの! 望んでいない相手と結婚させられそうなわたしよりも死んだ教区長の方が大事なの・・・・・・?」
怒気を含んだジュリアの声の大きさが、段々と弱くなってきた。
そして、彼女の目から涙が溢れ出て来た。
「何よ・・・どうして・・・・・・? どうしてか・・・わたし・・・・・・ポギーの事・・・・・・許す気になっている・・・・・・。やはり、わたしが悪いの? そう言えば何で・・・・・・ポギーや町の人を殺したくなったのかしら・・・・・・?」
さっきまで怒りと憎しみに満ちていたジュリアの心が嘘みたいに変わりだした。
心の変化を引き起こしたのはラティナだ。
先程、ラティナの霊装、《アンペインローゼ》のオーラの刀身で貫かれた事により、滾られたポギーやオルタンシアそのものに対する怒りの炎が大幅に弱まり、心が変わり、冷静になり、自分のみの勝手さに気付く様になったのだ。
「今、冷静に考えてみれば・・・わたしがポギーの気持ちを考えずに自分だけ我儘を言っていた気がする・・・・・・わたし・・・なんて事をしたの・・・・・・」
ジュリアは己がしてやらしかした暴走に罪の意識を感じ、泣いている顔を両手で覆い、その場に座り込んだ。
「ジュリア・・・・・・」
ポギーが泣いているジュリアに近づこうとする。
「ねぇ・・・ポギー・・・・・・」
泣きながらジュリアはポギーに聞いてきた。
「な・・・・・・」
「何だ」と聞き返す直前に・・・・・・。
「うっ‼」
ジュリアの体に異変が起き始めた。
「ジュリア、どうした⁉」
「ジュリアさん⁉」
ラティナも心配して声をかけた。
「か・・・体が・・・胸の所が焼け付く様に熱い‼」
ジュリアが胸を掻きむしり、純白のドレスの上着を破けるとラティナが見た鎖骨に門と思われる意匠の紋章が真っ赤になって表れた。
「あ、それは」
「ううっ・・・あああがああああぁあああ‼」
ジュリアが突如、紋章から発せられた熱の熱さの余り、体を仰け反って叫び出すと紋章から赤黒い炎が噴き上がった。
噴き上がった赤黒い炎は形を変えて首の長い、蜘蛛の多脚をした怪物の様な形へとなった。
それは先刻、ジュリアが変貌していたラースビーストの形そのものだ。
異形の怪物の姿をした炎状の先に頭の無い、長い首が生き物の様に曲げてラティナ達とは別の方向へ向いた。その首を向けた先に居たのは、体左半分黒鉄の異形化したままのリゼルが立っていた。
先程、戦っていた獲物のラースビーストが突如として消えた事で何処へ行ったのかと息の根を止めるべく探していた所だった。そんなままの彼に向かって炎の怪物が突進していった。
リゼルも倒すべく獲物に気づいたのか迎撃すべく硬化した右手の爪を振り上げて突撃した。
「リゼル様、危ない‼」
ラティナが叫ぶが、その警告も虚しく、赤黒い炎がリゼルを飲み込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
“邪悪な力の源”は、宿主だったジュリアを見限り、別の器へと移し始めた。
今の怒りが弱まった彼女にもう用が無いと判断し、本能的に強い怒りを持つ者へと替えてあの忌まわしき力を持つ女を殺そうと考えていた。
次の器となる人間は以前の宿主であり、未だ、留まったまま同種と莫大な〇力を持つあの人間の体さえあればあの女など恐れるに足らないと思っていた。
そして“邪悪な力の源”は次の器の鎖骨に貼り付いた。後はこの持ち主を付け込み、同調するだけだった。
『そうはさせない』
⁉
突如、この人間の内側からあの忌々しき女、二年前にこの以前の器ごと封印したあの聖女の声が響いた。
まさか、この器のあの聖女が?
『彼の体から出て行きなさい!!』
器の内から冷たく否定したい波動が放たれた。
負けてたまるかと癒しの波動を堪えて内部の奥へ侵入しようとしていた、次の瞬間、今度は外から同じ波動が流れてきて“邪悪な力の源”の意志が弱まっていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ラティナは赤黒い炎に包まれたリゼルを救う為、《アンペインローゼ》のオーラの刀身で突き刺した。その結果、赤黒い炎が消えて原らしき赤黒く、禍々しく光る薄い物体、ジュリアに貼り付いていた紋章が物質化した物が表れてそれを抑え込んでいた。
「リゼル様、大丈夫ですか?」
「・・・・・・」
見れば、リゼルは元の姿に戻っていて呆然と座っていた。
ジュリアから出てリゼルに憑こうとしていた赤黒く光る物体はラティナの《アンペインローゼ》によって禍々しい光は徐々に薄らいていった。最後は光が完全に消えて灰色の紋章の札となった。
「ジュリアさんは?」
見ればジュリアとポギーはお互いに抱き合っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ジュリアさん、本当によろしいのですか?」
「よろしいも何もわたしは町を壊して暴れまくった罪人よ。だから、オルタンシアから出るべきでなくて?」
素のままに話す様なったジュリアは苦笑しながら答えた。
今、空は夕暮色の晴れ空だった。
戦いを終わらせたラティナ達はオルタンシアの町の外、他国へ行ける道でこの国から出てことに事なったになったジュリアとポギーを見送ろうとしていた。
「その方が良いでしょう。そうでなければジュリアさんは町の人達によって処刑されてしまうかもしれないでしょう」とアリアが賛同した。
「ポギーさんは?」
「俺もジュリアの為ならば構わないっスよ。教区長様なら許してくれそうだし・・・・・・ていうか怒られそうだし」
空を見上げれば死んだ教区長が笑っている像が思い浮かんだ。
「それではラティナ様。また何処かで」
「はい、お二人共、お幸せに」
ポギーとジュリアは頭を下げて別れの挨拶を告げ、ラティナも右手を振って返した。
「んじゃ、俺達もとっとと行くぞ、ラティナ」
不機嫌そうなリゼルが別の道からもう国から出ようと先へと進んだ。
彼はラースビーストとの戦いに起きた半身変貌した時の記憶は朧げだった。ただ、分かる事は自分は今回、何も活躍出来なかった事で不機嫌になっていた。
「お待ちを!!」
突然、後ろから聞いたことある声をかけられて後ろを振り向くとなんだが重い鞄を投げつけられてリゼルはそれを受け止めた。
「あ・・・貴方方は」
鞄を投げたのはオーロック知事、それとロトンが立っていた。二人共、ここまで急いで走って来た様で息を切らしので呼吸が荒かった。
「はぁっ・・・はぁっ・・・・・・君達・・・・・・ありがとう! 本当にすまなかった!! その中には今回の報酬の金が入っている。娘と町を救ってくれたお礼として弾んであるぞ!!」
「本当にありがとうございました!」
「どうやら知事とロトンさんは私達のお礼とジュリアさん達をしに来た様ですね」
アリアの言う通り、オーロックはジュリアとポギーが行った方角を寂しそうに見つめていた。
「ジュリア・・・・・・幸せになれよ・・・・・・」
「ほぅ・・・・・・確かにあるな・・・・・・」
鞄を開けると大量の金が入っていた。中身を確認したリゼルは不機嫌から満足した気分へと切り替えて機嫌を治した。
「それでは、ラティナ様、リゼルさん、私もこの辺で」
「え、アリアちゃんもここでお別れですか?」
「はい、私は今回の件、精霊教会にオルタンシアの教会の理術使いがポギーさん以外の全員がオルタンシアに長年隠れ潜んでいた怨霊のディアボロスに殺された事を報告しなくてはならないと思いましたの。なのでここでお別れします。お金はいりません」
「確かに教会に報告に知らせた方が良いと思いますが、アリアちゃんはなんだが今回、色々と助けてもらいました」
「いえ、お気になさらずに。私も良い経験になりました。それではまた何処かでお会いを、お二人方お気を付けを」
「はい、アリアちゃんも、今回は本当にありがとうございました」
「ん・・・・・・じゃ、行くぞ」
リゼルも右手を少し上げて軽く別れの挨拶のつもりの表現をした後、後ろに向いて歩き出した。
「あ、リゼル様~、お待ちを~」
ラティナは先に進んでいくリゼルを追いかけて行った。そして、二人とは正反対の方向へアリアは歩き出した。
「本当にお二人を付いて行かなくてよろしいのですが」
ラティナとリゼル、オーロック知事とロトン達の姿が遠くになった所、アリアの後ろからランスロットが現れた。
「はい、今回の事を報告しなければならないの本当ですし、何よりもラティナ様を信じてみたいと思いました。ラティナ様は、はっきりと言えばどうしようもないお人好しですが聖女としての覚悟を持ち、そして彼女は“最善の可能性”も持っています」
「それがアリア殿・・・いや、アリアドネ殿の占術によるものですか」
アリアの頭上に草冠状の光の輪“天輪”が現れた。
「気付いてましたか」
アリアの正体はランスロットと同じ過去の偉人にして英霊のエンジェロス。真の名は“アリアドネ”。
「はい、姿が以前とは違いますが」
「この小さな姿の方が正体がバレ難くて都合が良いので」
アリアドネは精霊教会からの依頼でオルタンシア支部の教会の定期連絡が途絶えたから調査に来ていたのだ。
「さて、話を戻しましょう。これは占術によるものではありません。私の長年の経験から結果から導き出した“勘”です。そもそもラティナ様は【魔神の紋章】に憑かれたジュリアさんを死なす事無く、元通りに戻す事を成功しました。これは歴史上において唯一の成功例です。それなら彼の事も心配ないでしょう」
「ではやはり彼も【魔神の紋章】に?」
「おそらく彼の正体はあの“紅黒の魔獣”でしょう。本人はバレてないと思っている様ですが、とにかく今後、ラティナ様をどうするか“賢聖会”の判断に任せますが、私は大丈夫だと思います」
「私も信じてみたいと思います。ポギー殿とジュリア殿の恋を救ってくれたあの方に」
ランスロットはかつて、エンジェロスとなる以前に起こした自分の主君を裏切ってまて愛する人を守る事に選んだ運命の選択をした己と共通を感じ、ラティナを応援した。
「そうだ、これも良いのかどうか申請してみましょう」
「何か?」
「ラティナ様の新しい二つ名は、歴代の聖女の中で誰よりも優しい聖女、“優愛の聖女”」
こうしてラティナは人々から後に“新米聖女”から“優愛の聖女”と呼ばれる様になった。
度々、お待たせしまいましたが、今回でようやく第2章の事件は終止符を打つ事が出来ました。
7月に起きした諸事情によって心労が溜まり、スランプになりましたが、それも回復してようやく出来上がり、出す事が出来ました。
次話は第2章のエピローグをなるべく早めに投稿します。お楽しみに。
続きが気になる人は応援をお願いします。質問も受けつけます。




