第2話 魔獣復活
ようこそ、私は帝国軍少佐のカワキ・ハダイだ! 貴様が聖女ラティナ・ベルディーヌで間違いな?」
「は…はい、私が聖女のラティナ・ベルディーヌです」
“転移門”で到着後にすぐ武装集団に捕まったラティナ達は、アップ・グリーンパークの地下、下水処理場に連れて来られ、ラティナだけこの今回の首謀者らしき、如何にも傲慢そうな態度をした小太りの軍人の男のいる部屋へ連れて来られた。
「まず、最初に言っておくが貴様ら共和国の者が使えるという理術とやらは使えんぞ。その特別な手錠によってな」
ラティナの両腕に取り付けられた手錠は、よく見てみると鉄とは違う何かの金属に奇妙な紋様が刻まれていた。確かにこの手錠を付けられてから何故か理力が上手く出せず、理術は使えない気がしていた。
「あ、あの…それよりも私の他に捕まった人達は今、どこにいますか?」
「安心しろ。お前といっしょに来た仲間は今、別の部屋に閉じ込めておいた。以前に捕らえた連中も更に別の場所にいる。これを見ろ!」
カワキがリモコンにスイッチを押すと壁に掛かっていた大きな画面に捕らわれの人々の姿が映し出された。
「え!? な、何ですか、この絵は!? 動いてますよ!?」
「画面だ、アホめ! たくっ…これだからド田舎者は……」
初めてみる共和国領には無い機械の画面に驚くラティナに対し、カワキは呆れた。
「あ、お父さん!!」
写しだされた映像の中にラティナの父を見つけた。
「はい、終わりだ」
画面の映像が消えて再び光のない黒の表面のみとなった。
「あ……」
「さて、貴様をここに連れて来たのにはある相談を……」
「将軍、失礼します!」
部屋に軍兵が入って来た。
「なんのようだ? 今、大事な話の途中だ!」
「司祭様が到着しました!」
「む、思ったよりも早いな。まぁ丁度良い。おい、ついて来い! 見せたいものがある」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カワキとその部下達に連れてこられ、ラティナは地上の全面に凍った貯水池の付近に着いた。そこには帝国の軍兵とは違う、九人の赤いローブを着た者達がいた。顔は全員覆面をしていて性別が分からなかった。
「司祭殿、貴殿の言う通り、聖女を捕らえたぞ! この娘で間違いないんだな?」
赤いローブの集団から一人だけ、立派に金糸の刺繡が施された者が前に進み出た。
「お~さすがは将軍。はい、間違いありません。この娘の力があのお方を目覚めさせるのにどうしても必要なのです。初めまして、私はスルト教団の司祭をやっている者でございます」
司祭と呼ばれた男の声は、ラティナがどこかで聞いた事のある声の様な気がするが何故が思い出そうとする気が起きなかった。
「……スルト教団というのはあの遥か昔、神代の頃の世界を炎の剣で焼き尽くしたという伝説の破壊神スルトを崇めている人達の事ですか!?」
「はい、その通りです」
「ふはははっ! 俺達は軍の命令で動いてる訳ではない。スルト教団の意志で動いているのだ。腐りきった帝国を滅ぼすためにな‼」
カワキが誇らしげに笑った。
スルト教団とは、かつて旧き神々が現存していた神代の巨神スルトを信仰する集団。怒りを感じ、望む通りに動き、暴力で全国の秩序を変えようとする恐怖政治組織だ。
「さぁ、始めましょう。“紅黒の魔獣”復活の儀式を!!」
自らを司祭と呼ぶ男の号令と共に地下からかカワキの部下や軍兵ではないが銃を持ち、覆面をした者達が続々と現れた。皆、スルト教団の信者達であろう。その数は百人以上に及んでいた。
司祭はラティナの手錠に鍵を差して外した。そして耳元に小さな声で囁いた。
「聖女ラティナ殿、貴女にどうしてもご協力して貰いたい事があります。あれをご覧なさい」
司祭の指差す方向、平面に凍りついた湖の中心辺りに盛り上がって丘が出来上がっていた。
そこに黒い金属の様な杭が刺さっていた。
「あの丘の杭の下に“紅黒の魔獣”が眠っています。確か貴女は、凍った者を解かして戻す理術を使える筈ですか、どうですか?」
「は…はい……。凍った人を戻す理術なら私は使えます」
「ではそれを使って“紅黒の魔獣”を復活させなさい! 拒否すれば貴女の父やお仲間の命がありません」
本来ならば人質を目に見える所まで連れてきて刃物を突き刺す真似を見せた方がてき面だが、ラティナの場合は言葉だけでも十分だった。
「……わ、分かりました……。やります!」
「ためらうかと思ったが随分と早く決まったな……」
「ふふふ……人の命に関われば後先考えずすぐ決める、そういう馬鹿な女なんですよ。お陰でこちらも面倒がなくて良い。さあ、決まったならば始めましょう」
司祭は集まった仲間達に向けて、両腕を高く上げ、高らかに宣言する。
「同志達よ、良くぞこの氷点下の過酷な地に集まり、ここまでの計画通りに働いてくれて誠に感謝しています! 我らスルト教団の最終目標はこの世を支配する驕り高ぶった帝国と愚かなる共和国を滅ぼし、誰もが差別もなく夢を実現にできる真の自由と平和を得る事。この悲願を叶えられるのが破壊神の代行者たる“紅黒の魔獣”様でした!! しかし、 2年前、“紅黒の魔獣”様は忌まわしき“白き聖女”によって“はこの地で眠りについてしまった。しかし、あれを見なさい!!」
司祭が大きな声を上げて向こうに突き刺さっている黒い杭に指差した。
「あの黒い杭に“白き聖女”と同格の聖女の血を捧げる事で氷の封印を解く事が出来ます! そしてここに捕らえたばかりの聖女がいます! この娘の血を使い、“紅黒の魔獣”を復活させます!!」
「えぇぇぇ!?」
血を抜かれると聞き、驚きの声を出すラティナ。
「大丈夫です。私はああ言いましたが、実際は貴女が理術を掛けるだけで良いんですよ」
司祭がカワキを除く信者達が背中でラティナの姿を見えない位置に立ち、小さな声で囁いた。
「あ~、それなら良かったです。……あれ?」
(ふん…、聖女の力を頼った事を知らせないためか。随分と嘘つくのが上手だな)
ラティナは司祭の望むまま、黒い杭の近くまで共に連れて来られた。
「さぁ、同志達よ、スルト様に祈るのです‼」
司祭は団員達に大きな声で祈りを捧げるように命じた後、再びラティナに小さな声で囁いた。
「この杭に向けて解凍の理術を放ちなさい。“紅黒の魔獣”を復活させるのです」
ラティナとしては“白き聖女”が命と引き換えに封じた“紅黒の魔獣”を復活させる事は望んでいない。だが、自分の父や仲間を人質に取られては言う事を聞くしかなかった。
「スルト様! 私にこの氷の中に眠る“紅黒の魔獣”を目覚めさせるために聖女の血を対価に貴方様のお力をお貸し下さい!!」
司祭が仰々《ぎょうぎょう》しく唱える中、ラティナは両腕を広げ、頭の中で天から日の光が降り注ぎ、冬の雪が溶けていき、花が咲いていく春のイメージを思い浮かべた。同時に右手に白い光の球が、左手に紅い球が現れた。その動作は両手から理力を放出させて大気中に術を具現させるのに必要な元素、右に“聖”を、左に“火”をそれぞれ集めた。
それらの二属性のエレメントを重ねる様に合わせると太陽に似た陽光色の光の球が出来上がった。
「今こそスルト様の力で“白き聖女”の氷の牢獄を解き放ち、そして我らと共にこの世の愚かなる傲慢な人間共に鉄槌をお与え下さい‼」
司祭の大声に紛れ、団員達が聞こえない大きさの声で、ラティナは自然界を司る精霊に願う言葉を唱えた。
「陽光の精霊よ、私は願います。貴方の目覚めを司とる太陽の聖なる光を持ってこの者に氷の縛めから解き放ち、目覚めの時をお与え下さい」
「目覚めよ!! “紅黒の魔獣”リゼル様!!」
「《解凍陽光》」
太陽の方陣から小さな太陽と思わせる光の球が現れ、真下の杭に降り注ぐ。黒色だった杭が赤色に発光しだした。そして突き刺さっている杭の中心から湖の氷が溶け始めた。
《解凍陽光》は“火”と“聖”の混合属性、“陽”属性の理術。陽の光の熱で氷のみを溶かし、対象を無害に解放する術である。今回、かけた黒い杭は熱と理力に帯びやすい性質を持っている様だ。
司祭とラティナは急いで岸まで後退すると杭が突き刺さっていた所が溶けて崩れ、穴が出来上がり、杭が水の中に沈んでいく。……と同時に穴から四つの紅い光が空に向けて飛び出した。その後に水飛沫を上げて何かの影が飛び出してきた。
その何かは、ズタボロの赤いコートを着ていて、頭にコートのフードを目深に、顔に狼らしき獣をデザインにした仮面を被っていた。性別と年齢は分からないが背が高い人の姿をしていた。
「……あれが“紅黒の魔獣”なのか……?」
「なんか想像してたのと全然違うな」
「もっとでっかい化け物だと思っていたのだが……」
「本物なのか?」
寒さと二年前の決戦による怪我と疲弊で明らかに弱まっている様子の赤いコートの人物の覇気を感じさせない姿を見て不安を抱く、司祭を除くスルト教団の一同。
「司祭殿、本当にあれが“紅黒の魔獣”で間違いないのか……!?」
カワキが不安で堪らず司祭に聞いた。
「……はい……間違いありません。あのお方こそ“紅黒の魔獣”リゼル様。どうやら二年の長い凍結により体は冷え込み、弱まってしまっているようですね。そこの二人、今すぐリゼル様を中へ」
「「はっ!」」
司祭に指名された二人の団員はリゼルと呼ばれた赤いコートの人物を連れて行こうと近づいた。
「……!? ……あ……ぅがあぁあああぁあああああっっっ!!」
対象の本人は自分以外の人がいる事に気付いたのか、仮面越しのルビーの様な輝きの紅い双眼が大きく目を開き、残った湖の氷が割れ砕く勢いの凄まじい音量の咆哮を上げた。
そして右手を上げると変貌が始めた。一瞬で黒く染まると五本の指が揃えて長く伸び、鋼鉄で出来たかの様に硬く鋭い片刃剣の鉤爪に、手が熊と同じ位の大きさに膨張し、黒い表面に血管と思わせる紅い線が発光して無機質でありながら生態的で禍々しい黒と紅の獣の腕へと袖ごと一体する。
「「え……!?」」
赤いコートの人物は、凶器と化した右手をそのまま、近づこうとした二人の団員に向かって駆け出した。二人を斬り裂こうとする気だろう。
彼は目の前の人々に敵意をむき出していた。その姿は正に野生の獣。それが人類に恐怖をもたらした“紅黒の魔獣”リゼルだと誰もが確信した。
二人の団員達は死の予感をした。あの人間の姿をした魔獣に殺されるであろう。あの右手の爪は自分達の命等容易く奪えるだろうと確信した。もう引こうとしても遅いと恐怖で動く事が出来なかった。その時、彼らの間を通り抜け、“紅黒の魔獣”に向かって駆ける者がいた。
聖女ラティナだ。
「《アンペインローゼ》ッ!!」
唱えると同時にラティナの右手から虹色の光の粒子があふれ出て一瞬に形を取り、細身の剣、鋭い剣身ではなく白く細長い棒状の剣、杖剣と化し、背中から六枚の薄紅色の光の翼が現れた。
それから棒状の剣を前に突き出すと六枚の光翼がラティナの背中から離れ、杖剣の先端に合体した。
それは見るからに雨とか日光とかを防ぐ傘の形となった。
“紅黒の魔獣”の右手が振り上げる。ラティナは傘と化した《アンペインローゼ》と呼ばれた杖の剣をそのまま、傘の部分を開いたまま、前に突き出した。“紅黒の魔獣”の黒い鉤爪が振り下ろした。その斬撃を開いた傘で受け止めた。
なんと鉄板さえもバターの様に容易く斬りそうな五本の剣如き爪を傘で防げた。先程、光の翼だった傘布はゴムより弾力があり、それは正に柔軟性に特化した盾だった。
ラティナはスルト教団の団員達を庇ったのだ。例え、悪の集団だろうと人が傷つく事は見過ごす事が出来なかった。
だが、“紅黒の魔獣”の鉤爪の方が力強い上に強硬化した右手には熱までも帯びていて、さながら熱を残したまま固化した溶岩の爪が傘布は徐々に斬り裂いていった。
到頭、爪の刃がラティナの左肩に食い込み始めた。と同時に《アンペインローゼ》をそのまま宙に固定し、踊る様に素早く《アンペインローゼ》と“紅黒の魔獣”の間に入り込む。
そして右手を伸ばし、“紅黒の魔獣”の頬に触れる。
「大丈夫ですよ……。怖くありませんよ。私達は貴方の敵ではありませんよ……」
左肩の微かな切傷の痛みをこらえながらも優しく微笑み、“紅黒の魔獣”に抱き着くラティナ。すると、聖女の身体に薄紅色の光が仄かに表れた。
“紅黒の魔獣”はラティナに敵意が無いと理解した様で右手が凶器の黒い爪から生身の手に戻り、力を抜いて聖女の右肩の上に眠った。その時、獣の仮面が外れ、素顔を見せた。
それはまだ少年の面立ちを残した黒髪の青年男性の顔だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
眠りにより大人しくなった“紅黒の魔獣”はスルト教団の団員達によって下水処理場内にある部屋の一つまで運ばれ、今、仮眠室から持って来たベッドの上にぐっすりと眠っている。その間にラティナは司祭の許しを得て“紅黒の魔獣”の治療をしていた。
ラティナの回復理術による治療を終えて怪我を全て治した後、しばらく経ってから“紅黒の魔獣”は目を覚ました。まだ眠気が残っており、まぶたを半分開いてみた。ベッドの隣にラティナがいる事に気付く。
「あ、おはようございます」
にこやかにあいさつするラティナ。向かい合わせの彼の開きかけた紅い瞳に目を合わせた。
(あ……目がルビーみたいに赤くて綺麗……)
“紅黒の魔獣”は驚き、眠気が吹き飛び、即座にベッドの上で四つん這いになり、開いた紅い瞳が鋭い目付きとなり、警戒をする。
「だ、大丈夫です。私は敵ではありませんよ。警戒しないで下さい」
警戒され、慌てて両手を振るラティナ。
「……誰だ、お前は……?」
「わ、私の名前はラティナ・ベルディーヌと言います。共和国領のプランタンから来ましたエンジェロスで癒療師をやっています。今は貴方の治療をやっています。よろしくお願いします、リゼルさん」
「えんじぇろ? りぜる? 誰だ?」
「貴方の名前じゃないのですか?」
「……リゼル……そうか…俺の名前はリゼル……」
“紅黒の魔獣”リゼルはつぶやきながら考え事をしているとラティナから質問をしだした。
「体の調子は大丈夫ですか? 貴方の怪我は私が眠っている間に治しておきましたが、まだ痛い所ありませんか?」
リゼルはラティナの質問を無視する。
「貴方は本当に“紅黒の魔獣”ですか? 先程見せたあの右手は一体何なのですか?」
リゼルは少しずつ苛立ちながらも無言で無視し続けるのに対し、ラティナも質問を続ける。
「貴方は悪い人ですか? 歳はいくつですか? ご家族はいますか? あの……話聞いてますか?」
「だぁぁぁぁぁ‼ うるせぇぇぇ!! 一遍に聞くなー!!」
「ご…ごめんなさい……」
切れたリゼルに怒鳴られ、思わずへこむラティナ。
「だいだい全部俺知らねえし!」
「え……?」
「……何も覚えてない……。昔の事なんて……」
そう言いながらリゼルの目は怒りの目つきから遠い目となった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……つまりリゼル様は記憶喪失になられた……という事ですか……」
部屋に司祭とカワキが来てリゼルが記憶喪失になった事を知る。ただし、全てではなく、自分は何者なのか、以前、生まれた時から今まで何をしていたのかある程度の知識を残したまま、忘れている状態になっていた。
当のリゼルは復活した時に着ていたボロボロのフード付きのコートから新しい赤いコートを着込み、顔に狼の仮面を着けて、二人を警戒していた。
「お~リゼル様、ご心配なく。我らスルト教団は貴方様の味方で忠実なる僕です。不自由にさせません。命令とあれば何なりとお申し付けください。さて……」
ラティナに向ける司祭。
「貴女は記憶喪失になった人を元に戻す事が出来ますかな?」
「すぐにとは出来ませんが……私が診た限りですと、頭に酷い怪我はありませんでした。ですから記憶が戻る可能性はあります。私が必ず戻して見せます」
ラティナが決意を持って強く言う。
「そうですか。ふむ……では頼みましたよ。将軍、私達は今後の方針を考えましょう」
司祭とカワキは部屋から出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「本当に大丈夫なのか? あの小娘に任せて」
廊下に歩きながらカワキが不安を口に出す。
「先程にも言った様にラティナ・ベルディーヌはかなりのお人好し。リゼル様を殺そうなどまったく考えず、本気で治療してくれるでしょう。それと戦闘はからっきし弱いです。もしもだとしてもリゼル様に返り討ちにされる方でしょう。ですから見張りは二人だけでも大丈夫でしょう」
「そう言う意味ではなくて……」
「はい、リゼル様の記憶が元に戻れるかについてですが、無理でしょうな……」
司祭が断言する。
「リゼル様の記憶喪失は“白き聖女”の仕業でしょう。彼女は記憶を消す力を持っています。記憶を元通りに戻すには“白き聖女”にしか出来ないと言われています」
「……となれば“計画”の第二番に切り替えるしかないな。その“白き聖女”も三〇分前に遺体が発見され、死亡と完全に確認されたからな」
カワキの顔に笑みがうっすらと浮かんでいた。
「では〈ライヒトゥーム・カンパニー〉に報告しましょう。……ふふっ」
善の女主人公のラティナと悪の男主人公のリゼルは出会いました。
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