第16話 傘の都の決戦
ランスロットが北の住処にしている森の広場にてポギーは異変に気付いた。先程、ランスロットが急に飛び出した後、そこで待っていると金切り裂く多数の鳴き声が聞こえた。
「? 何だ?」
木に登り、上を見てみると常に止まない筈の雨が止んでいて普段は大人しい、鴨と人鳥が合わせた鳥、雨水浴鳥が逃げる様に飛んでいた。逃げて来た南の方に向けるとまだ夕方の時刻になっていない上に日が昇ったり、沈んだりする方角でもないないのにその先が真っ赤に照らしていた。そこの方角にはオルタンシアの町がある。
「一体、何が起きているんだ・・・・・・?」
真っ赤に照らされたオルタンシアの町を見たポギーが呟くと汗が出る程、胸騒ぎを感じたポギーは自分が理術が使えない事は一旦忘れ、町へ目指して走った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方、ラティナとリゼルはジュリアを止めるべく、燃え上がるオルタンシアの町の中を駆けていた。走っている途中で、あの地下貯水施設で襲われた黒い不定形体のラルヴァやそれに似た様だが水に近い液体のもの、動く木のトレントといったディアボロスに襲われる事があった。
「何で、ディアボロスまで現れるんだよ、こんな時に!」
「それは恐らくジュリアさんの強い邪気に惹かれて来たのでしょう」
リゼルの怒りの呟きにラティナが解説する。
「じゃき?」
「怒りや欲望等の悪意が含まれた気の事です。ディアボロスはその様な悪意に惹かれて来る場合があります。そして、その邪気はどうやらとても特殊か強力みたいで、ディアボロス達も活発になっているみたいです」
ラティナとリゼルに襲って来たディアボロスは確かに動きが興奮気味で以前のよりも狂暴な気がした。
「・・・・・・それでジュ・・・ジュリ・・・え~と・・・・・・ジュル?」
「ジュリアさん?」
「そうそれ。そいつがなんであんな化け物になったのか分かるか?」
「分かりません・・・」
「・・・治せるのか、あれ?」
「分かりません・・・・・・」
「うぉいっ!」
「で、でも何とかしてジュリアさんを元の姿に戻して見せます!」
ラティナの眼は、決して引かない強い決意を宿していた。
すると、二人の前に《スレッドオブトレイサー》に引っ張られて来たアリアが飛び出した。
「ラティナ様、リゼルさん」
アリアの出現により、ラティナとリゼルは足を止めた。
「アリアちゃん」
アリアとは町に辿り着いた時、二手に分かれてジュリアと彼女を追いかけて来たランスロットを探したのだ。
「ジュリアさんはあそこです。今、ランスロット氏が食い止めています。空を飛べない私達はあの建物で援護しましょう」
アリアが指差す方向に胸部の怪物とそれに突撃し続ける藍色の光の人影が居て、更にその先にはオルタンシアの町の中心に建ち、象徴にして雨を防ぎ続けた“傘の塔”があった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
空を飛ぶジュリアごとラースビーストを追う為、ラティナ達は“傘の塔”に入り、町の景色を見る為に設置された展望台まで上がって行った。幸いな事に上へ上がる機械、昇降機が動いていたのでそれに乗って楽に早く上がる事が出来た。
展望台の階に辿り着き、更にその上、普段、一般人の立ち入りを禁止されている階段を駆け上がって屋外に出た。そこでラティナ達が目にしたのは穿たれて頭を失って倒れたランスロットの姿だった。
「そ、そんな? ランスロットさ~ん!!」
首を失った騎士に駆け寄るラティナ。
「死んだか・・・・・・」
「あの・・・・・・」
誰かが声をかけたと思ったらなんと首の無いランスロットがゆらりと立ち上がった。
「ふわわぁっ!!」「わあぁぁぁ⁉」
突然の死体(?)が立ち上がる姿に驚くラティナとリゼル。
良く見ると血が出てない穿たれて首と頭が失った所から鎧と同じ光沢がある藍色の液体が出て、兜の形を取り、固体となり、新しい頭部として再生された。
「私、まだ死んでいませんが」
「何で、復活出来んだよ、バケモンか⁉」
リゼルが恐慌気味に怒鳴りながらツッコミを入れた。
「エンジェロスは首を吹き飛ばされても死にはしません」
相変わらず冷静なアリアが解説する。
エンジェロスは、体がエレメントで構成されている上、霊装そのものである。
ランスロットは自身の体そのものが手に持っている剣と同じ霊装であり、身に纏っている兜ごと頭部を液状に変えた事で散り散りの肉塊になりえる敵の撃を死と激痛から防いだ他、周囲の個人特定のエレメントを必要な数まで取り込む自然回復か治癒もしくは回復の理術による時間と手間をかけれる事無く、即座で復活したのだ。
「そういえば・・・ラティナも死ななかったしな・・・・・・」
リゼルは思い出した。ラティナも心臓を撃たれた事があったが数日後に復活を果たしたのだ。
「申し訳ありません・・・。やはり相手がジュリア殿であれば本気に出す事が出来ませんでした・・・・・・」
直後、展望台の下から鋭い牙を生やした太く長い蚯蚓と思わせる頭が覗く様に現れた。次に二本の蜘蛛の脚に似た鋭い肋骨状の鉤爪が足場に突き刺した。そして体を上げて人の女性の胸部に似た、へそに当たる部分が頭部と同じ上下左右に牙を生やした大口で下半身の無い、異形の怪物、ラースビーストが全体を現し、天と地全てを震えさせる獣の咆哮を上げた。
『グガアァァァァァ‼』
この怪物が美女、ジュリアだったのはラティナにとっても今でも信じられなかった。
「はぁっ・・・お人好しが・・・・・・」
リゼルが溜息を吐きながら両腕を黒鉄の鉤爪に攻撃態勢に構えを取った。
「殺る気、出さないと死ぬぞ」
ラティナもジュリアを元に戻す為に顕現したままの《アンペインローゼ》の柄をいつもより強く握りしめて構えた。
今、オルタンシアの国を滅ぼさんどする破壊の獣との戦いが始まった。
ラースビーストの胴の口が開くと呼吸をするかの様に激しく吸い始めた。地に留める為の脚の力を抜くとラティナ達も吸い込まれてしまいそうなので必死に踏ん張った。
ランスロットが警告する。
「気を付けて下さい!! これはエレメントを吸い込んでいます! そして・・・・・・」
ラースビーストの胴体が風船の如く膨らむと、膨らんだ部分が胴体から長い首へと流れる様に移っていくとその先の頭無き口から“何か”を吐き出した。
その“何か”とは、何も無い、様に見えるが、その部分のみの景色が歪んで見える透明な塊、吸い込んだ風のエレメントから変換された風圧の砲弾が高速で放たれた。
「吐息が最大の武器となります!!」
ランスロットが説明を終わると同時に《アンペインローゼ》の傘を開いて防御しようとしたラティナの前に素早く移動して左手の大盾で、彼女を吐息の風弾から守ろうとした。リゼルもアリアも説明が終える前にそれぞれ横へ走り、敵の攻撃を避けた。
ラースビーストの吐息弾はランスロットの大盾によって少々、威力の反動で後ろへ二歩分下がってしまったが防ぐ事が出来た。もしも生身に当たったら先程のランスロットみたいに体が吹き飛ばされ、穿たれていただろう。
ラースビーストはまた膨らんだままの胴体から首に口へと移すと今度は口から金属さえも溶かしうる火炎の息を噴出された。
「水壁!!」
対してランスロットは詠唱を省いた願唱理術を紡ぎ、地面に描かれた水色の図形方陣から大量の水が噴き上がり、壁となって炎の息を防いだ。アリアもこの合間に願唱理術の詠唱を唱え始めた。
リゼルは、火を噴いている最中のラースビーストに向かって駆け出す。
人並外れている脚力を持って跳び上がり、敵に向けて右手の鉤爪で斬り裂けようと大きく振り上げる。
すると、ラースビーストの鋭い肋骨の一本が攻撃しようとするリゼルに向かって素早く突き刺した。
「リゼ・・・・・・」
ラティナが彼の名を叫ぼうとした所、リゼルの胸は刺されておらず、無傷だと気づく。彼の硬度の方が高かった様だ。
「こんにゃろめっ‼」
攻撃の邪魔されたリゼルは突き刺した肋骨に怒りの手刀を叩き付けて真っ二つに切断させた。
「ギャァオッ!!」
肋骨を一本斬られた痛みの余り、声を上げた。
「リゼル様~、ジュリアさんを痛み付けては・・・・・・」
「無茶言うな!! こっちが殺される所だったんだぞ!」
ラティナの要望をリゼルは一蹴した。
ラティナとしてはジュリアをラースビーストから無傷で元の姿に戻したいと思っている。しかし、その戻す方法が思い浮かばず、どうしたら良いのか分からずに困っていた。
ラティナが考えている所、アリアの願唱理術は完成され、最後の仕上げに発唱を唱えた。
「滝水!」
ラースビーストの頭上に大量の水が滝の如く降り注ぎ、押し潰されそうになった。
「アリアちゃん」
「流石にこれはリゼルさんの言う通りです。ジュリアさんを止める為には力付くでもしなければならないでしょう。死なない程度までの理術で・・・あ・・・・・・」
アリアが説明している途中である事を気付いた。
良く見ればラースビーストの長い首は大量に降り注ぐ滝の様な水に押し潰されたのではなく、先程の吸い込みで飲んでいた。
「・・・・・・これはもしや水が有効では無いのでは・・・・・・」
これは失敗したかもしれないとアリアは予感すると胴体の方の口が開いた。
口から白い煙らしきものが急速に噴出され、ランスロットが理術で生み出した水の壁を消し飛ばした。
「これは・・・水蒸気か!」
ラティナを連れて白い煙の吐息を避けたランスロットは熱気を察知し、その正体を判別した。
「その通りみたいですね。火も噴くから滝水の水を取り込んで水蒸気に変えた攻撃ですね。今の威力だと生身で触れると火傷だけでは済まないでしょう。気を付けて下さい」
冷静に敵の攻撃を推理するアリアは注意する。
つまり、ラースビーストとなったジュリアは火だけではなく弱点かと思われた水さえも取り込み、蒸気にして吐く事も出来る様で厄介だ。
ラースビーストの長い首が斬られた肋骨にしがみ付いたままのリゼルに向けた。
「げっ!!」
今度はリゼルに攻撃する気だ。
そう察知したラティナは止める為、ある理術を使った。
「《緑の森》。ーーーー♪」
一先ず、ジュリアを落ち着かせようと幻奏術を響かせた。
ラティナの言葉は無いが美しい魂の音色が響かせると周囲の景色が緑色に生い茂る幻の森へと変わり、ラースビーストの動きは止まった。
《緑の森》は聞いた者の心を落ち着かせて力を抜かせる理術。この魂の歌によって暴走していたジュリアを落ち着かせる事が出来た。が、数秒だげだった。
一時的に止まっただけで数秒後にラースビーストの巨体は再び動き出し、本の少しだけ足止めにしか止められなかった。
「や、やっぱり駄目でした~」
それでもリゼルは攻撃される前に先に攻撃して止めようと考えて肋骨から本体へ全力で移動した。
「らぁっ!!」
硬化した右手の爪でラースビーストの首を突き刺した。
だが、肉が分厚くゴムの様に弾力もあって少ししか突き刺しただけだった。
リゼルは悪足掻きしようと左手の爪で斬り裂こうとしたが、ラースビーストの方が早く蚯蚓の首が大きく曲げて巨大な鞭の如くリゼルを叩き付けた。
「がぁっ!!」
足場に叩き落とされたリゼル。そして仕返しか、倒れたリゼルに目掛けてラースビーストの蒸気の吐息を浴びせられた。
「ぶっ、ぐぁぁぁぁぁぁ」
火傷は問題無い。リゼルの体は熱にも強い様だ。しかし、一点集中に放たれた水蒸気の威力はいくら頑丈な体であろうとも潰されるのは時間の問題だ。
「リゼル様っ!!」
リゼルを助けようとするラティナ達だが、ラースビーストの肋骨が蜘蛛の手足の様に突き刺してきて足止めされた。
蒸気を受けながらリゼルは思った。このままだと自分は死んでしまうと死の恐怖を感じた。
「ク・・・クソが・・・・・・」
だが、身の危険に感じる恐怖は、自分が殺される事に納得いかない怒りへと変わっていった。
自分はあの時、地下施設に居た時、粘液の怪物に襲われてからやられてばいるばかりだと情けなく思い、無性に腹が立って来た。
(何で俺がこんなやられてばかりの目に合わなくちゃならないんだ⁉ クソがっ!!)
やがてリゼルはキレた。
同時に、リゼルの左手の甲に血の様に紅い線が浮かび上がった。
そして爆発した。
「・・・⁉ リゼ・・・・・・」
リゼルは爆散、した訳ではなかった。
何が起きたのがリゼルは水蒸気の圧迫から解放された。
ただし姿は変わっていた。
体の左半身が黒く染まった異様な姿へと。
次回は第2章のボス戦は決着つきます。
続きが気になる人は応援をお願いします。質問も受けつけます。




