第15話 憤怒の獣
新郎新婦を祝福する筈だった神聖なる教会に悲鳴が上がった。
見るからに悍ましい、血肉色で巨大な肩手足下半身の無い人間の女性の上半身胸部のみで鎖骨には門らしき図柄が模った紋章が血脈の様に紅く浮かび、首が象の様な鼻みたいでもあり、ミミズの様な長い蠕虫状となっていて先端には顔が無い、孔のみしか無くて、背中から左右十二対の鋭い肋骨が剝き出しで無い腕の代わりなのか蜘蛛の鉤爪の脚と彷彿させ、そして、大きいニの乳房の間の下には鋭い獣の歯が生えた口が開いた姿という見た者に気味悪さを感じさせる怪物が風船の如く宙に浮かびながら現れたのだ。
否、正確に言えば怪物の正体は知事の娘にして花嫁のジュリアが突如として変身したのだ。
教会内は怪物の出現により、恐怖と混乱により、大騒ぎ。人々は駆け足で出口へ目指して逃げた。
我先に逃げ出さんと押し退け合い、転んだ人を構わず踏んで行き、踏まれた人も何とか立ち上がって必死になった。パトロとプルドもその逃げる人達の中にいた。
逃げなかったのは胸部の怪物に立ち向かう形に立つ、ラティナ、リゼル、アリア、ランスロット、それと娘の変貌によって唖然としているオーロックの五人だ。
「・・・・・・ジュ・・・ジュリア?」
ジュリアだった胸部の怪物は胸の口が大きく開くと息を吸い始め、風船の様に膨らむと蠕虫状の首から燃え上がる炎をオーロックに目掛けて吐き出しだ。
「⁉」
「あ、危な~い‼」
死に直面しそうな危機の余りに立ち竦んでいるオーロックを庇おうとラティナが『アンペインローゼ』を具現化させて自身を守りながら体当たりをした・・・・・・が。
「おぶっ!」
非力なで手加減がちなラティナではオーロックを動かず事が出来ず、ただぶつかって自分が痛いだけだった。
「あーもう! 何やってんだよ‼」
「あうっ‼」
「ぎゃぁっ⁉」
リゼルが直ちに飛び蹴りをラティナに噛ましてオーロックごと向かいの壁まで突き飛ばした。
「ぐぇっ‼ う~ん・・・・・・」
壁に頭をぶつけたオーロックは気絶した。
二人を蹴り飛ばしたリゼルが代わりに炎に包まれた。
「リゼル様‼」
こうしてリゼルは高熱の炎に焼かれて黒焦げに・・・・・・はならなかった。
「んっ‼」
右腕を黒鉄の長い鉤爪に変化させて迫りくる炎をなんと握り潰して、自身を守ったのだ。
「ご・・・ご無事でしたか。す、凄いですね・・・・・・」
改めてリゼルの凄さを思い知ったラティナは驚いて動揺していた。
だが、動揺している暇がなかった。
胸部の怪物が上へ飛び、天井をぶち抜いて外へ出た。
「あ、ジュリアさ~ん‼」
「いけません。オルタンシアの町を本気で破壊しに行く気でしょう」
「ここは私が食い止めねば‼」
ランスロットが飛び出す。
「あ、ランスロットさん、待って下さい!! その方は・・・・・・」
「分かっております! しかし、このまま放っておく訳にはいきません」
そう言いながらランスロットが外へ出た怪物に目掛けて飛んで行った。
「とにかく、私達も外へ出ましょう。このまま居ては教会が崩れて潰されてしまいます」
「ああ、出よう‼」
アリアが促すとリゼルが真っ先に出口を目指して走った。
「あ、お待ちを! オーロックさんを運ぶの手伝ってくださ~い!」
隅の壁際にオーロックが未だに気絶したままだった。
「知事は私に任せて下さい!」
ロトンが姿を現して、オーロックの肩を担いだ。
「ロトンさん」
「申し訳ありませんでした。私が助けになれず、ただ見てるだけで・・・・・・」
このロトンという男は先程ラティナを詰ったオーロックと観客達とは違い、共和国領の理術使いに対して嫌悪が無いみたいだ。
「いえ、お気にならずに・・・・・・」とラティナは微笑んだ。
こうしてオーロックをロトンが担いて運び、教会の外へ出たラティナ達。
「ランスロットさんとジュリアさんは?」
「あそこです」
アリアが指差した先には、空に浮かんだまま高速でオルタンシアの町へ目指す、怪物と化したジュリアと彼女を止めようと同じく空を飛んで追いかけているランスロットが見えた。
「町に向かっています。ジュリアさんは本気でオルタンシアを滅ぼす気みたいですね」
「ラティナ様・・・・・・ジュリアお嬢様は・・・元に戻す事が出来るのでしょうか・・・・・・?」
ロトンが不安そうに尋ねた。
対してラティナは決意を固めた表情で答えた。
「ジュリアさんは私が何とかして戻して見せます。ロトンさん達は安全な場所へ避難して下さい!」
「は・・・はいっ。分かりました」
ロトンはラティナに言われた通り、オーロックを担いだまま、この場から去った。
「さて・・・・・・ここは先にジュリアさん達を追いかけた方が良いでしょうか? それともポギーさんに知らせた方が良いのでしょうか?」
ラティナは自分よりも賢いアリアに聞いた。
「ポギーさんに知らせるのは辞めた方が良いでしょう。 話がややこしくなるだけになりますので」
「そ・・・そうですね・・・・・・」
ラティナとしてはジュリアの恋人にして今回の関係者でもあるポギーを連れて来たかったが、今は理術使いではない彼には確かに危険だろう。その上で怪物になったジュリアの姿を見たらショックを受けるだろう。アリアの言う通りするしかなかったラティナはジュリアを追いかけようとした。
「ちょっと待てよ」
リゼルが話しかけてきた。
「リゼル様?」
「お前、この展開って、つまり、この国を救う為に。あの怪物と戦う気、てか?」
「いえ、ジュリアさんを戻そうとするだけで・・・・・・」
「同じ事、だ! お前、それってつまりあの俺達を都合良様に利用して最後は手の平返し、ひでぇ事をしてきたり、言ってきたりしたクソな連中を助ける事になるぞ‼」
「あの・・・それが何か・・・・・・?」
「俺は嫌だね。あんなクソ連中を助ける気なんてねぇ!」
「そんな事を言わないで下さい・・・・・・。ロトンさんは私達の事を嫌っていませんでしたよ」
「それでも俺はもう手伝わん! お人好しで助けたきゃ勝手にしろ」
腕を組んでそっぽを向けるリゼル。
「リ、リゼル様・・・・・・」
至願の眼で見つめるラティナだがリゼルはそんな彼女を見向きもしない様子だった。
「・・・・・・行きましょう。時間がありません」
「・・・・・・はい・・・・・・」
アリアに言われるまま、ラティナは後ろ髪を引かれながらもオルタンシアの町に向かって走り去った。
「・・・・・・」
残ったリゼルは町へ向かって走り去って行く二人をただ見ているだけだった。
『本当にこれで良いの?』
(俺にはもう関係無い)
『あなたは人に頼まれたらやってくれる親切な人だったのよ』
「そんな記憶は、無い・・・・・・」
『困っている人を助ける英雄に憧れてたんじゃないの?』
「お前に何が分かる・・・・・・!」
『今の力のあなたなら出来ない事は無いでしょ?』
「黙れっ・・・・・・」
『何もしないで女の子だけ危険な怪物と戦わせる男なんて最低だよ、リゼル君』
「うるせーよっ!! 行きゃいいんだろ⁉ 行きゃ!!」
リゼルがそう叫ぶと駆け出した。
『そう・・・それでこそよ。あなたは意地張りだけど本当は放っておけない優しさを持っているわ』
走る彼の後ろ姿を見届ける半透明の黒髪の少女が微笑んでいた。
ここ、教会前の場所では今、リゼル一人しかいない筈なのに女性らしき声の主である誰かと会話しているが怒りの余り、誰なのか気にする暇も無く、リゼルはラティナ達を追いかけた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
雨が止んでいた。
ジュリアが怪物と化したと同時に火のエレメントが増大した事により、周囲の気温が上昇して天候も変化していた。それでも地面は雨水によって少々、泥と化している所があった。
ラティナは脚が泥水による汚れを気にせず、転ばない様に気を付けながら走っていた。
「・・・・・・」
ただし、彼女の表情は別の方で気になっている様子だった。
「ラティナ様」
「ふわわぁっ⁉」
いきなり耳元に話しかけられて驚き転びそうになったラティナ。
「大丈夫ですか?」
アリアは今、全力で走っているラティナと同じ速度になっているが、走っているのではなく、足が地面から離れまま移動していた。
それはアリアが過去に歩んだ跡の電磁波を辿って先まで伸ばした《スレッドオブトレイサー》に引っ張られている形で移動している、脚力の速度がラティナと比べて遅い彼女が対する高速移動手段である。
「だ・・・大丈夫、私なら大丈夫です」
空元気に答えを出すラティナ。
「ではお伝えしたい事を今の内に伝えましょう」
アリアは《スレッドオブトレイサー》を出している腕とは反対の方、左手に持っている本、【ディアボロス図鑑】を見せた。
「実は私、ジュリアさんが怪物なった後にこの【ディアボロス図鑑】で検索した所、載っていました」
「載っていたのですか⁉ って言うかあの時に調べていたのですか⁉」
「はい、直感のままに。それであの姿は、形が似てる様で違いますがあれは“憤怒の獣”・・・・・・“ラースビースト”と呼ばれるものです」
「ラースビースト・・・・・・」
「生身のある生人がどういう訳かディアボロスなってしまった者がそう呼ばれます」
アリアの説明にラティナはリゼルの事を思い浮かんだ。そして彼の左手の甲とジュリアの鎖骨の赤い紋章が似たものだと何となく感じた。
(リゼル様と何か関係あるのでしょうか・・・・・・?)
「それと・・・ラティナ様にこれを渡しておきましょう」
アリアは【ディアボロス図鑑】を小物入れ型の【収納道具箱】に仕舞い、代わりに掌がはみ出す程の大きさの真白い結晶を取り出して、考え事をしていたラティナに差し出した。
「それはまさか聖のクォーツ?」
「今後、聖属性の理術を使う機会があると思います。ラティナ様の体内にある聖のエレメントが枯渇しない内にこれで補充して下さい」
アリアから聖属性のクォーツを渡されたラティナは胸に押し込むと純白のクォーツが光の粒子となり、体内に吸収された。半分エンジェロスである体はエレメントを吸収して維持と回復それと蓄積する事が出来るのだ。
二人が話とやり取りしている内に炎で燃え上がっているオルタンシアの町が見えてきた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ジュリアごとラースビーストがオルタンシアの町に近付いた時は大騒ぎになっていた。
巨大で悍ましい怪物の姿を見た町民達が驚いているとラースビーストが蠕虫状の口から火炎の息を吐いた。
胸部の怪物が炎の息を町全体を火の海にする勢い噴き回る上に、肋骨且つ二十四の鉤爪が建物にぶつけて破壊を起こし、人々は恐慌に陥って逃げ回っていた。
そんな危機的状況の中、運悪く崩れた落ちた建物の瓦礫の下敷きとなった女性がいてその隣に四歳になったばかりの娘が泣いていた。
「ママ~!!」
「わ・・・私の事は構わず、早く逃げなさい・・・・・・」
母親は下半身が瓦礫に挟まれて身動き出来ないので娘だけでも逃がす様に言い放った。
「やだぁ~~~!! だれがママを助けて~!!」
その時、少女の鳴き声に聞き付け、ラティナが駆け付けた。
「分かりました! 私がお助けしますしょう!」
「聖女さま~・・・・・・」
目の前に精霊教会の信者である両親から聞かされて憧れた美しく偉大な聖女が少女の目の前に現れて泣くのを止めた。
「今、この瓦礫を退かしますね!!」
ラティナは母親の脚を挟んでいる瓦礫に手をかけて動かそうとした、が。
「ふんにゅ~!!」
非力なラティナの腕では重い瓦礫を動かすのは無理だった。
「アリアちゃ~ん、手伝って下さ~い」
アリアに手を貸すのを求めると・・・・・・。
「・・・あ~たくっ、しょうがねーな!」
そこにリゼルが現れてラティナの隣に瓦礫を持った。
「リゼル様!!」
「退かすぞ、おらぁっ!!」
リゼルの怪力で瓦礫は一気にひっくり返された。
「い・・・今、診ますのでそのまま、じっとして下さい」
ラティナは瓦礫から解放された母親の脚に近寄った。
「・・・・・・やはり、脚が折れています。今、理術で治します。聖光の精霊よ。私は願います。聖なる光を輝かせてこの者の折れた両脚を元の姿に戻して下され。聖癒輝星」
ラティナが唱えると人差指の先に出た白い光の紋様陣から聖なる力を宿した小さな星と思わせるきらきらとした光子が数多に放出され、母親の両脚をくるくると回り込んだ後、包み込んだ。
「あ・・・脚が・・・・・・」
瓦礫で折れた脚が聖なる光の力によって元の状態に回復した。
「マ・・・ママ~!!」
喜んで母に駆け寄る少女。
「あ・・・ありがとうございます、聖女様」
「ありがとう、聖女さま」
ラティナに礼を言うと少女はリゼルの方に向けた。
「あの・・・お兄ちゃんもありがとうね」
「ありがとうございます」
「ん・・・・・・」
礼を言われたリゼルは右手を上げて一文字の一声だけ返した。
「さぁ、ここは危ないですから早く避難して下さい」
「はい。さぁ、こっちへ」
「うん。聖女さまもお兄ちゃんも早くひなんしてね」
「私達なら大丈夫です。お気を付けを」
母に手を引っ張られながら少女はラティナ達を一回見つめた後、二人は駆け足で退散した。それからラティナはリゼルの方に向けた。
「リゼル様・・・・・・来てくれたのですね」
「・・・・・・」
「リゼル様?」
「・・・・・・え~・・・お、お前に聞きたい事があって来たんだ」
たった今から戻って来た言い訳を思いついたみたいだ。
「お前、何でこんな危険な事に、突っ込んでまであんな連中を助けようとするんだ? 聖女の使命とやらか?」
「いえ、ただ、私が皆救いたいだけなのです」とラティナは笑顔で答えた。
「・・・・・・そうか・・・つまりただのお人好しだから行くんだな」
「はい」と苦笑しながら答えた。
「なら、さっさと行くぞ! この国を救いたいんだろ? 今、暇だから手伝ってやるよ」
「はい、ありがとうございます、リゼル様」
ぶっきらぼうで素直じゃないリゼルに対してもラティナは笑顔で返事した。
そして暴走するラースビースト・・・・・・ジュリアの許へ向かった。
第2章の物語は遂にクライマックスを迎えました。
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