第10話 陰謀の国
この夜、リゼルはオーロック知事に与えられたやや広めの客室でベッドの上に座って持っていた小説でゆったりと読書をしていた。
ドアからノックする音が聞こえた。
「失礼します」
リゼルが返事をする前に見覚えのある、ジュリアの寝室の前に見張りをしていた厳つい体をした男性使用人が入って来た。
「・・・・・・何の用だ?」
リゼルが聞くと使用人はドアを閉めて部屋に入って来た。
「まだお眠りなりませんか?」
そう言いながら使用人はリゼルに近づいた。
「・・・まだ眠たくない」
「そうですか・・・・・・」
使用人がリゼルの隣まで近づくと後ろに隠していた棍棒で脳天に目掛けて殴りかかった。
リゼルは咄嗟に頭を庇う形で右腕を出した。
そして棍棒がリゼルの右腕に叩き付けた瞬間、折れた。木製の棍棒が。
リゼルの右腕は硬化していた。油断している訳ではなく常に相手を警戒していた。
使用人のがリゼルの鋼鉄みたいに硬くなった腕を力一杯叩いてしまった、右腕が痺れて折れた棍棒を落とした。
「~⁉」
疑問と不可解を頭の中に浮かべながら痺れた右腕を左腕で抑えた。
その隙にリゼルはお返しとばかりに高熱を加えた鋼鉄と化したままの右手の裏拳で使用人の顔面に殴った。
「ぶぎゃっ⁉」
右頬に直撃した使用人は横に吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「~~~あがっ、あがががっ⁉」
壁に叩きつけられて意識が失いそうになったが、歯が二つ折れ、打撲と高熱による痛みの余り、気絶する事はなく、涙を流してえる使用人。そんな強烈な痛みに苦しんでいる最中の彼の前にリセルが立っていた。
リゼルの姿に使用人は恐怖の感情を浮かんだ。
「手を出したのはそっちだ。覚悟出来ているな?」
「はひぃっ⁉」
リゼルは怒っていた。
自分を攻撃したで使用人を“敵”と見なして怒りの炎を灯していた。
リゼルの右手は溶岩が未だに熱を持ったまま硬化していて大きさも倍加された禍々しい黒爪のままでその姿を見た使用人は恐怖の声を出した。
逃げたいと思った。だが、逃げる事は出来なかった。
リゼルに殴られ、吹っ飛ばされ、壁に叩き付けられた激痛で動けなかった。
「死ねっ‼」
リゼルの爪が動けない使用人に目掛けて突き刺しにかかった。
「ひぃぃぃぃぃっ!!」
そして、リゼルの爪が恐怖の悲鳴を上げる使用人の顔を貫く・・・・・・直前に。
『ダメっ!!』
若き女の声がリゼルに止めさせる様に響いた。
「えっ⁉」
その声を聞いたリゼルは思わず、爪の攻撃軌道を使用人の隣にらしてしまい、後ろの壁に突き刺した。
使用人は恐怖の余り、口から泡を吹き、股間から小便を漏らして気絶していた。
リゼルは気絶した使用人を放って置いて先程の声の主を捜すに首を動かして辺りを見回したが、誰も居なかった。
(今の・・・声は一体・・・・・・? 何かどこかで聞いた事のある声の様な・・・・・・)
リゼルがさっきの自分を止めとした声、それは自身が記憶喪失により失われる以前かもしれないと思われる、どこか懐かしく切ない気もする聞き覚えのある声だと感じた。
(気のせいか?)
先の声の正体は幻聴なのかそう考えていると・・・・・・。
「リゼルさん」
「⁉」
不意に聞いた事のある少女の声が聞こえた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方その頃、ラティナは物置らしき部屋の中心に椅子の上に座らせたまま、縄に縛られている状態で目を覚ました。
おまけに体が痺れて上手く体が動けず、力も出なかった。最も元々、非力なラティナでは縄を力で破る事は出来ない。技量による縄抜けも全く出来なかった。
「ち・・・知事さ~ん・・・・・・。誰か・・・・・・誰か居ませんか~~~⁉」
取り敢えずは口は動かせるのでラティナは助けを求める声を精一杯出してみたが、誰も来る気配は無かった。
「ああ・・・・・・どうしてこんな事になったのでしょうか・・・・・・」
ラティナは悲しく呟いた。
恐らくは、夕食の中に眠り薬と痺れ薬を盛られたのだろう。そう考えるとラティナは更に悲しくなった。
「リゼル様・・・・・・」
ふとつい最近出会ったばかりの厳しくぶっきらぼうで謎多き、あの若者の顔を思い浮かんだ。
「ここか?」
「はい。この先にラティナ様の理力を感じます」
「ああ・・・・・・幻聴でしょうか、リゼル様の声が聞こえます・・・・・・。アリアちゃんも・・・・・・あれ?」
ラティナの目の前、ドアの向こうから声が聞こえて来た。幻聴ではない。
ラティナの人より優れたエンジェロスの耳が確かに聞こえた。
そして鍵閉めたドアを無理矢理押し出した感じで破壊された。
「リ・・・リゼル様‼」
「ん」
ドアを破壊した主であるリゼルが一文字のみの返事をして部屋に入って来た。
「ラティナ様、ご無事ですか?」
リゼルの後に小さな銀髪の少女、アリアも頭を出した後に入って来た。
「アリアちゃんもですか! ・・・・・・私は大丈夫とは言えませんが・・・・・・」
ラティナの縛られた縄はアリアが解こうとしていた。リゼルがやろうとすればドアの様に力尽くで解こうとしてラティナを痛めてしまうと思ったのでアリアが行う事にした。
「何故、私がここに居るのか一から説明しますと私も危うくラティナ様と同じ、捕まえられそうになりました」
縄を解く作業をしながらアリアは自分の身に起きた事を語り始めた。
「アリアちゃんもですか?」
「はい、ネーアさんとお話を終えた後、ラティナさん達の許へ戻る最中、知事の部下達に襲われ、捕まりそうになりましたが、理術で何とか逃げる事が出来ました。その後、ラティナ様達の事が心配になった私は知事の屋敷へ行き、《スレッドオブトレイサー》で理力を辿ってリゼルさんと合流し、こうしてラティナ様を捜してここ来ました」
アリアが長々とした説明が終えるとラティナを縛っていた縄は解かれた。
「さあ、縄は解きました。歩けますか?」
ラティナは動こうと椅子から立ち上がったが途端に身体が震えて膝を床に着いた。
「だ・・・駄目です・・・・・・まだ体が痺れて動けません・・・・・・」
ラティナの胃袋に盛られた痺れ薬の効果がまだ効いていた。
「自分で理術で治せないのか?」
暇そうに両手を組んで見ていたリゼルが聞いた。
「理術の発動に必要な動作も自分にかける事も思う様に動く事が出来ませんので・・・無理です~」
(喋る元気があるのにか・・・・・・)
「これでは仕方がありませんね」
アリアはリゼルの方に向いた。
「今度はリゼルさん、ラティナ様を運んでもらいますか?」
「あ? 何で俺が・・・・・・」
不満の文句の途中、リゼルは言うのを止めた。
(いや、待て、よく考えるんだ! 面倒臭かって断ったらこいつに俺の事を怪しまれるからここは大人しく言う事を聞こう)
「・・・・・・良し分かった。任せろ」
こうしてリゼルは動けないラティナを背負い、運ぶ事になった。
「うっ・・・・・・」
ラティナをおんぶの形で背負った瞬間、リゼルは声を漏らした。
「あ・・・あの・・・リゼル様・・・・・・お・・・重くありませんか?」
「い、いや別に重たくねぇよ・・・・・・」
そう、リゼルにとってラティナは苦にならない程、軽い荷物程度だった。ただ、背負った瞬間に彼女の豊満で弾力のある柔らかい胸がリゼルの背中に直に当たって硬直しそうになる程、動揺しただけだった。
(た・・・耐えるんだ、俺! こいつに俺の事をスケベな奴だと思われない様に振舞うんだ)
「で、どこに行くんだよ」
何彼と気にするリゼルは気丈げに振舞ったつもりでアリアに聞いた。
未だに体を動かす事が出来ないラティナと一緒では知事の屋敷に居ると三人共危ないから脱出をしてから部下達も見つからない所に隠れてラティナの完全回復を待つ必要があった。
「ここは仕方がありませんが“あの人”に頼りましょう」
「あの人・・・って誰だ?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ただいま~・・・・・・」
ある三階建ての集合住宅の一室に部屋の主であるネーアが草臥れた様子で帰って来た。
「はぁ~っ・・・・・・あーもうっ! あの変態デブクソオヤジめ、よくも酒臭い息を吹きかけながら人の尻を好き放題に触りまくったわね‼ このっ、このっ‼」
脱いだコートを投げ捨てキャバクラの仕事で起きた出来事の怒りを吐きながらネーアはベッドの上に置いてある枕に両手で何度も殴った。
この怒った時に枕みたいな柔らかい物を殴って八つ当たり的に発散させようとする行いこそがネーアの子供の頃から悪い癖であった。
本来は幼少の頃から愛用していたぬいぐるみで殴ってきたのだが、教官に見られて、共和国領からの追放時に没収されたので、大人になった今では枕で代用してきた。
「はぁ~っ・・・・・・」
枕に殴るのを止めた後、ネーアは再び溜め息を吐いた。
何度も殴った所で気は晴れなかった。
精霊教会をぬけだして一人ぼっちになってから虚しさを感じていた。
ベッドの上に前倒しに倒れ横になった所、ドアを叩く音が聞こえた。
(たくっ・・・呼び鈴を使わんかい)
「はーい、ただいま・・・・・・」
無造作に散らかした部屋を見せない様に急いで玄関まで歩いてドアを開けた。
「え・・・・・・?」
「今晩はネーアさん。夜分に押しかけてすいません。匿わせて下さい」
ドアを開けた先に待っていたのは見た事のある銀髪の少女、アリアだった。
そして、その後ろに目付きの悪い青年に背負われた、元友人のラティナもいた。
「ネ・・・ネーアさん。今晩は・・・・・・」
「・・・・・・」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アリアから知事に追われていると事情を聞かされたネーアは部屋を急いで部屋に散らかした物を片付けた。
本当ならば面倒な事に巻き込まれたくないし、見知らぬ男までも自分の部屋にいれたくないと思っていたのだが、だからと言って“精霊の約束”に反して共和国領から追放されても困っている人を放って置けない位の良心は有った。
「ほら、動けないそいつをここに寝かせなさい」
ネーアが部屋を綺麗にした後に入り、言われた通りにラティナをベッドに寝かせた。
「それで、あんた達はこれからどうするの? この国から出るの?」
「いえ、それは無理でしょう。オルタンシアの出入口である門に知事の部下達がいて、この国から脱出する事は不可能でしょう」
「私は・・・・・・ジュリアさんの結婚を止めさせたいです」
ラティナが横になったまま、口を挟んだ。
「ジュリアさんとプルドさんとの結婚は、良くないと思っています・・・。何故ならばジュリアさんのオーラから見た通り、自身が本当に望んでいないと思っていないからです。私の事ならば大丈夫です。明日の朝になれば体は治ると思いますので」
「それは構いませんが、ジュリアさん達の結婚式会場となる教会へ行くには先程説明した通り、知事の部下達が待ち構えている門を通り抜けなくてはいけません」
「だったら北の森から出る時に使った理術を使えば良いじゃないか」
「それは駄目です。《飛躍移動》は空間を超えて移動をするのではなく、空を飛んで高速移動する理術で、どこでも移動出来る訳ではない上に危険もあります。つまり、例えばこれ使って移動した先の教会の前に知事の部下達が待ち受けていたら終わりです。一度移動したら急に止まれませんし、建物の中にも入る事も出来ません。壁にぶつかって最悪死ぬ場合も大いにあります」
「そんな都合が良くない術なのかよ・・・・・・」
「・・・・・・教会へ行くなら“道”がもう一つあるわ」
今度はネーアが口を開いた。
「“カタコンベ”を通って行けば良いのよ」
「カタ、ゴンベー?」
「カタコンベです。大昔に使っていた地下の墓場の事をそう呼びます」
「そうこの町の地下から教会までの道がカタコンベとなって繋がっているわ。そこを通って行けば教会に辿り着けるわ。問題はカタコンベへの入り口の鍵は今、知事が持っているわ」
「それなら俺がドアをぶち壊して・・・・・・」
「その必要はありません。私の理術を使えば簡単に開ける事は出来ます」
「それなら問題は無い様ね」
「ありがとうございます、ネーアさん。教えてくれて」
「・・・・・・言っておくけどあたしは道を教えるだけでそれ以上の手伝いをするつもりはないからね。ほらさっさと寝て明日の朝に行きなさい」
そう言いながら後ろに背けるネーア。隠された頬には少々、赤く火照いた。
こうしてラティナ達は明日の朝に備えて眠りについた。
ご無沙汰しておりました。本来の予定ならば10月の後半辺りまでに完成させて投稿する予定でしたがここ最近、本業での残業が去年よりも多く、疲労の為、すぐ眠ってしまう日々もあって今日までにかかってしまいました。
さて次話は結婚式を阻止する為、カタコンベに入ったラティナ達が待ち受けていたのは・・・・・・?
続きが気になる人は応援をお願いします。質問も受けつけます。




