第9話 嵐の前の結婚前夜
思わぬ再会により足止めをしたが、ラティナ達を乗せた自動車は知事とジュリアが待つ館が見える所まで辿り着いた。
「すいません。寄り道をしてしまって……」
「いえ、大丈夫だと思います。聞けばラティナ様は昔のご友人と再会なされたそうではありませんか?」
「は、はい。ネーアさんはこの国、オルタンシアの教会に移されたと聞きましたからてっきり例の雷の事故で死んだと思いましたがご無事で何よりです」
「それは良かったですね。お二人共、再会されて喜ばれたのですね?」
「そ…それは……」
実の所、友人だったネーアに嫌われていて、再会が最悪の印象になってしまった。
「な、何か気まずい事でもあったのですか?」
「あの…その……」
「あっ。も、もう少しで屋敷に着きますので、降りる準備をして下さい」
気まずい事を触れてしまったと察したロトンは話を打ち切り、二人を車から降りる準備をさせた。
「あの……着く前に質問一つよろしいでしょうか?」
「は、はい、どうぞ」
「ジュリアさんの婚約者はどんな方|ですか?」
「それはかの有名な“ライヒトゥーム・カンパニー”オルタンシア支部の支社長の息子です。ご存知ですか?」
「いいえ……」
「ライヒ…トーム…カパニー?」
ラティナは横に首を振り、リゼルも全く知らないので名を間違えた。
「……帝国領内で世界一の技術を持つ大企業会社でこの町の“傘の塔”を建てたのも “オルタンシアの星空”を取り付けたのも太陽の光の代わりとなり、花を育つ事が可能の電光灯もそれ以外で住民達の生活を支えている電化製品ほとんども皆、ライヒトゥーム・カンパニーが作り出した物です。お嬢様の結婚相手はここの支社長の次男で今回の婚約も知事が支社長と話し合って決めた事なんです」
「そうですか……」
ラティナは心の中でジュリアの気持ちについて心配を感じた。
ジュリアの結婚相手についての話を聞いている間、丁度真昼になった頃、ラティナ達を乗せた車は知事が住む屋敷に辿り着いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「まだダメなのか⁉」
知事の屋敷に辿り着き、入って早々、そこそこ美形な若い男性が怒鳴り上げた。
「も…申し訳ない……」
額に汗を流した知事のオーロックが頭を下げて謝った。
「まぁ落ち着きなさい、プルド。オーロック氏はお前まで病気をうつさせない様、気を使っているのだ。そうですな?」
プルドという名と呼ばれた青年は隣に座っていた彼に少し似た初老の男に宥められ、不満ながらもソファに座った。
「はい……。婚約者であるジュリアの心配する気持ちは分かりますが何分、娘にかかったのがとても重い病気ですのでうつさない様にして面接は断らせています。あともう少し待てば名医が診て下さるのでもう少しの辛抱を……」
その様子をロトンは気まずそうな顔となって見ていた。
(偉そうな奴……)とリゼルはソファに踏ん反り返るプルドを見て心の中で呟いた。
「あの……知事さんと話しているあのお二人はどちら様でしょうか?」
「あの方達は先程説明した“ライヒトゥーム・カンパニー”オルタンシア支部の支社長パトロ・ブレーラム氏とその息子でジュリアお嬢様の婚約者であるプルド氏です……」
小声で聞いたラティナの質問に対し、ロトンはオーロックと対話している二人について解説した。
「あの人がジュリアさんの婚約者……」
その話声を聞こえたオーロックはラティナ達に気付く。
「お…おおっ! 戻って来ましたか! お待ちしていましたぞ」
「すいません。お待たせしまって……」
ブレーラム親子もラティナ達の存在に気付いた。
「誰だ、あの変な仮面を付けた奴は?」
プルドはラティナに指を差して聞いた。
ラティナの今の姿は、金色の仮面を付けた太陽の神官の恰好をしていた。
(変な恰好……)
ラティナもプルドの言葉に少し気にした。
「こ、この方は亡くなった教区長の代わりに共和国領から来て下さった神官でジュリアの病の治療をやって下さり、今回の結婚式の手伝いもして下さります。今のこの恰好は今年の仮面祭での太陽の神官の役をさせて貰っています」
オーロックはラティナ、聖女だと言う事を伏せて紹介した。
「へー、そうかい、あんたがね……」
プルドは立ち上がり、胡乱者を見る目でラティナを見ていた。
「あんた達、精霊教会や共和国領の者の事は知っているよ。皆、詐欺師なんだろ?」
「ペ…ぺてん、し?」
「り術とかと言う自然を操ったり、武器を出したり、傷を治したりする力を持っていると聞いたが、本当は種も仕掛けもある手品なんだろ? オレは騙されないからな!」
「え…え……?」
ラティナは困惑した。プルドという男は精霊の存在を信じない所が理術の奇跡も信じていない様だ。
「オレのジュリアに何がしたら許さんからな」
プルドの右手の親指を下へ向けながら睨んだ。
ラティナの事を信用していないみたいだ。
「ま…まあまあ、プルド君。彼女は信頼できるお方だ。私が保証する」
「プルド、その辺にしなさい」
オーロックとパトロに宥められ、プルドは再び、自分が座っていたソファの上へ行儀悪そうに座った。
義父となる知事はともかくとしても実の父には言う事を聞く様に躾けられたボンボンとリゼルは思った。
「済まないね。私の息子が無礼をかけて。彼は自分の婚約者を心配だけなのだよ」
息子の脅しの行為を働いた事に対してラティナに詫びるパトロ。
「所で貴女はもしや“聖女”と呼ばれるお方では……?」
「それよりもラティナ様、教会に巣くっていた化け物を退治したのは本当ですか?」
パトロの質問にオーロックが割り込んで聞いた。
「は、はい、本当です。正しくはあの化け物と呼ばれた人は浄化させて昇天しました。結婚指輪の方も見つかりました」
オーロックから質問にラティナは素直で正確に答えてから、二つの結婚指輪を取り出した。
「お…おぉぅっ……それは間違い無く本物だ」
オーロックの眼が指輪の宝石に反射されて歓喜の煌めきを表す様に心から喜んでいた。
自分のラティナの正体を知ろうとする質問よりも今は息子の婚約者の身が優先すべきだと判断したパトロは大人しく引き下がった。
「それでジュリアさんの風邪が治ったのは本当ですか? 呪いの方は?」
「それは……もしもまだ火が吹かれたら危険と思って誰も確認する事が出来ませんでした……」
館に戻る前、ロトンが説明した通り、オーロックはパトロ親子に聞こえない様に小声で答えた。
(おいおい……自分の娘より自分の身の方が心配かよ? 臆病か? 薄情な。これだから人間って奴は……)
リゼルは宝とも言える筈の娘よりも火に焼かれる恐怖に怯え、自分の身の方に心配する父親に呆れ、家族愛の真偽を疑った。
「ですからラティナ様、申し訳ありませんが代わりに診てくれませんか?」
「分かりました。私が確認してきましょう」
それでもラティナは潔く良く頼み事を引き受けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方その頃、とある店の裏口から派手に盛り上げた髪と化粧をして、赤いドレスを着た女性が不満そうにゴミ袋を運んでいた。
「たくも~! いくら新入りだからってキャバ嬢をこんな汚いゴミ捨てやらせるなっつーの!」
文句の独り言を呟いた女性はネーア。ラティナの元友人でこの国の教会の修道女として働いていた筈の女だ。運んでいたゴミ袋を裏口付近に置いてあったポリバケツの中に入れた後、溜め息を吐いた。
「はぁ~っ……」
それからネーアは首を左右動かして周囲を見回した。
誰もいない、通り掛かる人気もないと判断したネーアは腰を曲げ、上半身前へ傾けると垂れる胸を両腕で組む形で押さえ、胸の谷間を見せる姿勢を取った。
「そこの方~私は、い・か・がですか~?」
甘ったるい声を出して人を見せたつもりで色気の練習をした。
「良―しっ。これで客寄せはバッチリ! いつでもドーンと来いな! はっ⁉」
視線を感じた。
振り向くと建物同士の間に出来た人一人分空いた隙間から気配を殺して後を追って来たアリアが見ていてネーアは大量の汗を流しつつ顔を真っ赤にした。
「あんたはラティナと一緒にいた奴……見たわね……」
「はい、見ました。まさか精霊教会を抜けて娼婦に転職するとは……」
「違うわよ‼」
相変わらず無表情で冷静に推理するアリア。その推理にネーアは素早く否定した。
「これはお客様をお持て成し、飲み物を注いだり、料理を食べさせたりする、エッチな事はダメな仕事なのよ」
「つまり、風俗関連の仕事ですね」
「……子供の癖に…風俗の意味知ってんの? とにかく! お子様にはまだ早いからとっとと帰りなさい」
「その前にまだ貴女が本当に精霊教会を抜けたのか、どうしてその仕事に就いたのかという疑問が有りますが?」
「……」
アリアの無表情のままだが、悪意の無い純粋な眼差しに見つめられ、ネーアは困り、目を合わせない様に逸らし、無言で通そうとした。だが、一分の時が流れた後、彼女の純粋さに負け、観念した。
「……少し話が長くなるわよ」
そう言いながらネーアは裏口の前の段差に座った。
「仕事は大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。まだ店は開いてないし、始まるまでに戻りさえすれば何しようか好きにしても良いのよ」
問題が無いと理解したアリアはネーアの隣に座った。そしてネーアはこれまでの経緯を語り始めた。
「知っての通り、あたしは理術を得られなかった為、プランタンから追い出され、この国の教会で心を鍛え直す修行をされたんだけどそれは毎日がプランタンにいた時よりも辛い生活だったわ……。特に掃除がね……。湿気が多いから建物の壁や墓等にカビや苔が生えてそれを取り除く作業をやらされて見逃すと心の怠りだと尼僧長に説教をされてもうこんな生活に耐えられなくなったから教会を抜け出して来たの。そして生活費を稼ぐ為、ここに就いた訳よ……」
ネーアが語り出した事はオルタンシアの教会に送った時の生活に対しての怒りや憂さを込めた、誰かに告白して晴らしたかった、言っても仕方の無い愚痴でもあった。
「故郷に帰りたいと思わなかったのですか?」
「思ったわよ……。両親も居るし……。でも、未だに理術なんて使えないから帰るのは無理に決まってるでしょう。あたし……性格が捻くれてるみたいだから……」
ネーアの目は諦めの色をしていた。
「あの子…ラティナには悪い事を言ってしまったわね……。ラティナは本当に良い子で自分の美貌さを鼻にかけず、自分より他人を気に掛ける、阿保だけど優しい子。だけどあたしはあの子の前では本気で素直になれないわ……。どうしても皆に持てて嫉妬をした事を思い出してしまうから……」
ネーアはラティナに対する嫉妬を持っていた。それも彼女が理術を得られなかった要因の一つであった。
「ラティナ様はネーアさんの事、気に掛けていましたよ」
「あの子ったら……大っ嫌いって言ったのに……ほんとお人好しだから……」
ネーアの表情が微笑を浮かべだ。
「ありがとう。あんたに話したお陰で気分が少しスッキリとしたよ」
ネーアは立ち上がると右腕の拳を握り、肘を曲げて揚げた。
「それにあたしはここで新しい夢を見つけたのよ。この帝国領で世界一の女優になってあたしなりの人気者になるのよ!」
「余程人気者になりたいのですね」
「そりゃああたしだって沢山の人達に持てたいもの。その為にあたしはここで働いてこんなジメジメとした国から出る為のお金を稼ぐのよ」
さっきまでとは打って変わり、ネーアの顔は生き生きとなった。
「取り敢えずまぁ……お願いがあるんだけどラティナに伝えてくれないかな? 「さっきはゴメン。言い過ぎたわ」と、あたしが面を向って言おうとして素直に謝る自信が無いの……」
今度は恥ずかしそうに顔を赤らめて逸らしたまま、アリアに伝言を頼んだ。
「分かりました。今の言葉、ラティナ様に伝えて来ます」
「ありがとう」
「だけどその内、ラティナ様に直接謝って下さいね。良い大人ですから」
ネーアは苦笑した。
「本当に子供の癖に生意気ね」
アリアはネーアに別れを告げ、この場から去った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「熱は……大分下がりましたね」
ラティナはジュリアの額を触れて体温を測り、下がったと宣言した。
知事の屋敷内のジュリアが居る病室でラティナは彼女を診断していた。
「顔色も良くなっていますが喉の方は大丈夫ですか? 喉にイガイガした感じとか何か変な感じとかはしませんか?」
「……いいえ」
「では風邪はもう治ったと見て良いでしょう」
笑顔で答えるラティナ。対してジュリアは浮かない顔になっていた。
「そう治ったのね……」
嬉しくなさそうだと気付いたラティナは次の質問をした。
「……ジュリアさん、火を吐く呪いの方も治りましたか?」
「そ…それは…その……それよりもラティナ様達は北の森へ行ったと聞きましたが、その道中でポギーという男と出会いませんでしたが?」
「あ…会いました……」
「ほ、本当に⁉ どこで⁉ いや、彼は何が言ってなかった⁉」
会ったと聞いた瞬間、いきなり血相を変えたジュリアはベッドから上半身起こし、ラティナの両腕に掴みかかった。
「え…え~と……ポギーさんは私がいればもう大丈夫と言ってました……」
「それだけ……?」
「はい……」
「そう……」
ラティナから手を離し、沈んだ様子を表す様に顔を下へ向けるジュリア。
「あ…あの……ジュリアさん……」
ラティナはジュリアにあの良い人とは思えないプルドとの結婚を本当に望んでいるのかと聞こうとする前に彼女から口が開いた。
「さっき、ラティナ様が聞いた質問の事だけど、呪いなら解かれたわ」
「え、本当ですか?」
「風邪も完全に治った事ですし、呪いも解かれたからもう歩いても大丈夫ですよね?」
「え…は、はい…もう歩いても大丈夫です」
「では、お父様にジュリアはもう治ったと伝えて呼んで来て下さい。話したい事があります」
ラティナはオーロック達が待機している部屋に戻った。
ラティナからジュリアの体が治ったとオーロックに伝えると彼は急いで娘の居る部屋へ駆け込み、ラティナとロトン、ブレーラム親子も(ついでリゼルも)後を追った。
「お~、ジュリア! 病気が治って本当に良かったぞ」
「はい、お父様。ジュリアはご覧の通り、もう大丈夫です」
「愛しのジュリア~、僕も心配してたんだよ~。とても重い病気だって聞いたからね~」
「心配してくれてありがとうございます……」
ジュリアの表情は余り嬉しくなさそうで、実父と甘い声を出す婚約者を棒読みで受け止めた様に受け流した。
「所でお父様に逸早くお伝えしたい事が有りますが」
「うむっ、何だね?」
オーロックが聞いた後、ジュリアの口から衝撃の宣言をした。
「私、直ぐにプルドさんと結婚します」
「えっ⁉」
驚くラティナを他所にオーロックとブレーラム親子は喜んだ。
「お~っ、良々! それでは直ぐに結婚式の準備を取りかかろう!」
嬉々としたオーロックはロトンと使用人達に結婚式の準備をしろと叫ぶ様に命じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ジュリアの急な結婚宣言の後、オーロックから祝いの夕食会に誘われたラティナとリゼル。
知事の屋敷の食堂では豪勢な料理が沢山並んでいた。
最初はロトンの家で夕食を取る約束をしたから断ろうとしたがロトンから「また明日で大丈夫ですので今日の夕食会の参加をお願いします」と言われたので今日の夕食会に参加しる事になった。
ネーアを追い駆けたアリアは未だ屋敷に来なかった。町中で迷子になっているかもしれないので使用人が彼女を探しに行った。
「……」
「さぁさぁ、どんどん食べて下さい。お酒飲めますか? ワインありますよ」
「あ…私、お酒飲めません」
悩むラティナに笑顔のまま、夕食と酒を勧めるオーロック。リゼルは遠慮なくガツガツと料理を食べて行った。こんな豪華な料理を作ってくれたなら食べなきゃ失礼だと思ったラティナも食べ始めた。
やがて多くの料理を食べたリゼルの手が止めた。
「うっぷっ……もう腹いっぱいになったから……部屋に戻る。ごちそうさん」
「はい、どうぞ」
「大丈夫ですか?」
「ん…大丈夫……」
ふらふらとした足取りで食堂から出て行くリゼル。
「いや~、ラティナ様とお連れの方のお陰で無事、娘の結婚式が明日に迎えられそうです。お二人方には本当に感謝しきれません」
「……そ、その結婚式の事なのですが…その……」
「何でしょうか? 遠慮なさらず申して下さい」
その言葉に迷っていたラティナの顔が真剣な顔となり、フォークを皿の上に置いた。
「……それでは単刀直入に言います。明日の結婚式、待って下さい」
「それは無理です」
笑顔で断られた。それでもラティナは引き下がらなかった。
「ですが、精霊教会に属する者としては本当にジュリアさんが結婚を望んでいるのかまず確認とか……あれ……?」
話の途中、ラティナの体に異変が起きた。
体から力が抜け始め、まぶたが重たく感じた。
(なんだが眠たくなって……)
ラティナは椅子に座ったまま、眠りに入ってしまった。
「くくくくっ……聖女様、貴女の役目はここまでです」
ラティナが目を覚ました時は暗い物置らしき部屋の中心に椅子に縛れていた。
続きが気になる人はポイントか感想をお願いします。質問も受けつけます。
次回は、オルタンシアの闇が徐々に明かされていく展開となる予定です。