第8話 共和国の掟
「知事さんの所へ戻りましょう。ジュリアさんの容態も心配ですし、ポギーさんとの事情も聞きに行きたいです」
今、知事の屋敷に居るジュリアの風邪、そしてブラックトゥースを昇天させたから火を吐く呪いが解かれたのかラティナは彼女の容態も気になって直ぐに戻りたかっていた。
「ラティナ様、その前に結婚指輪探しの件はどうしますか?」
「あ・・・・・・」
ラティナはアリアに言われてから自分達の目的は結婚指輪を探していた事を思い出した。
(やっぱり忘れてた・・・・・・)(忘れてたなこいつ・・・・・・)
やれやれと肩をすくめるアリアと半分呆れた目で見るリゼル。
『結婚指輪とはこちらの事ですか?』
ウンディーネの水で構成された右の掌から二つの光る物、白い金剛石が付いた金の輪が出た。
「そ・・・それはもしや・・・・・・」
「指輪ですね。おそらく我々が探していた結婚指輪かもしれません」
それは知事から依頼され、ラティナ達が探していた結婚指輪であろう物だ。
『これは一週間前、この森に白いドレスを着た姿をしたディアボロスが現れてこの指輪を河に捨てた所を私が拾いました』
「やっぱり。それは私達が探していた物なのです」
それを聞くとウンディーネが微笑んだ。
『分かりました。貴女方にはこの森を救ってくれた恩人です。これ位の礼であればお安い御用です』
そう言ってウンディーネは手に持っていた結婚指輪をラティナに渡した。
「ありがとうございます」
結婚指輪を渡してくれた事に軽くお礼を言った後、ラティナはランスロットに向けた。
「ランスロットさん、ポギーさんの事、任せてもよろしいでしょうか?」
「はい、彼の事は私に任せて下さい。万が一、危ない事をさせない様に目を光らせておきます」
絶望を漂わせるポギーが万が一にも自殺をしようとする恐れも考えられる。
ランスロットが見張ってくれるから心配する必要は無いと分かったラティナは今度、リゼルとアリアの方に向けた。
「良~しっ! 結婚指輪も見つかった事ですし、今度こそ、知事さんの所へ戻りましょう」
そこにアリアが手を挙げた。
「それでは私の理術を使ってこの森から出ましょう」
「え? もしかしてお前、瞬間移動的なもの使えるのか?」
「えぇっまぁ、帰り限定ですが、そんな感じの理術が使えます」
「ではアリアちゃんにお任せします。ランスロットさんもポギーさんの事、よろしくお願いします」
「お待ち下され。私からの礼はまだです。帰られる前にこれを受け取って下さい」
ランスロットは自身が身に付けているマントを引っ張り、鳥の翼から羽を取る様に引き千切った。その瞬間に引き千切れたマントの一切れが一瞬で羽の形をした滑らかに光る藍色の札状の物質となった。マントはなんと千切られた部位が以前と同じ元の状態のままだった。
「それは?」
始めて見る物にラティナは聞いた。
「これは見ての通り、私の霊装の翼から作り出した“エンジェロスの羽”です」
「見ての通りってマント、翼なのか・・・・・・」
エンジェロスの翼は霊装の一部の為、姿形と性質が千差万別。ランスロットの様に翼がマントの形状になっている。
「この羽は理力を注ぎ込む事で持ち主との共鳴が起きます。その時に私が手助けに参ります」
「ふわ~それは便利ですね」
ランスロットから“羽”を受け取ったラティナはじっくりと見ながら感心した。
「ただし、羽の具現化は一日しか持ちませんので翼に入れて馴染ませて下さい」
「翼に入れるって・・・・・・」
ラティナは背中から《アンペインローゼ》の花弁状の光翼を出した。
「こうですか?」
ランスロットから言われた通り、ラティナは羽の札を翼に貼り付けるつもりで触れてみた。
するとランスロットの羽がラティナの翼の中に入った。
「ふわぁ~これはすごいですね~」
「これでラティナ様はいつでも私を呼べる様になりました。霊装の翼を出し、呼びたい相手を頭の中に思い浮かべながら理力を注げば共鳴が起きます」
「どうやらこれはラティナ様とランスロットさん、エンジェロス同士しか使えない事ですね」
「オルタンシアでは今、強大で邪悪な影が潜んでいます・・・・・・」
「それはもしやディアボロスですか?」
「まだ断言は出来ませんが、私の勘によればあの瘴気を持ち出した仮面の集団もオルタンシアに駐在していた理術使い達を殺した新犯人もおそらく一連に関わっている可能性が考えられます。その為に私の羽を渡しました。皆様方、お気を付け下さい」
ラティナは「はい、分かりました・・・・・・」と返事をしながら頷いた。
『では私も貴女に力を貸しましょう』
今度はウンディーネがラティナに近付いた。
「も・・・もしかして精霊召喚の契約ですか?」
“精霊召喚の契約”。
その言葉の通り、ウンディーネの様な上位の精霊の召喚を可能とする為の契約。大精霊との契約を結べば己の理力を消費させていつでもどこでも召喚が可能となる。但し、一度出会ったからでも誰でも契約を結べる訳では無い。属性毎の精霊が好む理力の相性の良さが無論の他、ラティナの様な純粋な持ち主だと認められなければならないのが必須の条件だ。
『はい。礼は指輪を返すだけでは気が済みません。契約は始めてですか?』
「いいえ。私の故郷で土の大精霊さんと樹の大精霊さんと契約を結んでいますので」
『それでは、お手を差し出しで下さい』
ラティナはウンディーネに言われた通り、右手を前に差し出した。
ウンディーネは差し出されたラティナの右手に顔を近付き、接吻をした。
ラティナの右手の甲にウンディーネの唇が触れる直前まで接近した瞬間、水色の光が発した。
ウンディーネはラティナの理力の波長を読み取っていた。これは個人が持つ理力の波長を記憶にしている作業だ。
『これで契約は完了しました。困った時にはいつでも読んで下さい』
「はい、ありがとうございます」
「では契約を済んだ所でそろそろ行きましょう。ここは丁度妨げる物もありませんので私の理術で一気に戻ります。ラティナ様、リゼルさん、私の手を繋いで下さい」
何をするのが理解したラティナは「はい」と返事を返してアリアの左手を繋ぐラティナ。何をするの気なの分からないリゼルだが、渋々と無言でラティナの左手を掴んだ。
「磁場の精霊よ。アリアは願います。私の記憶が浮かぶ、踏み入れた場所へ私達を運びたまえ・・・・・・」
アリアが詠唱を唱えている間、リゼルは自分を見つめる視線に気付いた
ウンディーネが哀れみの目でリゼルを見ていた気がした。
視線に気付いたリゼルは「何だよ」と言い出す前にアリアの理術が完成された。
「《飛躍移動》」
アリアが発唱を唱えた瞬間、三人は光の珠に包まれ、空へと高く飛んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
光の流星と化したラティナ達は森の出入口の前へと着陸した。
「こ、ここは⁉」
突然の場所の瞬間的な転移にリゼルは驚かずにいられなかった。
「私の理術で森の入り口の所に戻ったのです」
アリアが使った理術、《飛躍移動》は頭の記憶から一度訪れたこの場所を思い返し、場属性のエレメントで彼女達を包み込み、磁力によって流星の如く空へ飛び高速移動で今居る森の入り口付近まで戻って来たのだ。
(へ、へ~要するに瞬間移動まで出来んのか理術って・・・それにして・・・・・・)
リゼルはウンディーネの哀れみの表情を思い返した。
(あの精霊・・・何で俺をあの目で見るんだよ・・・・・・。まさか俺が理術使いじゃないのかバレていたのか?)
「ラティナ様~。皆様方~」
リゼルが考えている最中にどこかで聞いた事のある声がした。
「あっ、ロトンさん」
「良くご無事で~」
ロトンが傘を持ってラティナ達の許へ走って来た。
「ロトンさん、もしかして私達の事、待っていたのですか?」
「いえ、知事に化物は退治された事を報告しようと一旦、町へ戻りました。それからラティナ様達が町へ戻られた時、雨の中を歩くのは大変だと思い、知事からも戻られたら直ぐに連れて帰る様にと言われましたので、私は皆さんをお迎えしようと丁度ここへ来た所でした」
「ふぇっ、それってまさかジュリアさんに何があったのですか⁉ それとも呪いが解かれたのですか?」
「いえ・・・お嬢様は、咳はしなくなり、風邪は治って来たと思います。ただ、呪いは解かれたのかはまだ分かりません。お嬢様はラティナ様が居ない間、誰とも口を聞きたくない状態でしたし・・・その・・・・・・もしも呪いがまだ治っていなかったら危ないと思いまして・・・・・・」
ロトンは左手に持ったハンカチで額の汗を拭きながらジュリアの現状について説明した。
「そうですか・・・・・・」
「一先ずは館へお戻り下さい。知事も今頃、首を長くして待っているかもしれません。さぁ、あちらの方に車を停めております」
ラティナ達はロトンが運転する自動車に乗り、オルタンシアの町へ向けて発車した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
雨が降り続ける町に向けての道中、ラティナは運転席のロトンにこれまでの経緯を話した。
「そうですか、森の騎士様に会われたのですね」
「ランスロットさんの事、ご存知でしたか?」
「はい、子供の頃、森で迷子になっていた所、助けてもらった事がありましたそれ以来、騎士様に憧れ、精霊教会の信者となって理術使いに目指した事もありましたが、臆病な性格の為がなる事は叶いませんでした」
子供の頃を話すロトン。その時の彼の表情は後に苦笑い気味となっていた。
「ロトンさん・・・・・・」
「ああ、そうだそれよりラティナ様、私には妻と娘がおります」
ラティナの表情がロトンの挫折した過去の話を聞いて暗くなったので慌てて話題を変えた。
「娘は聖女様の事を憧れていまして・・・・・・、よ、良ければ今夜、娘を一目でも会って下さりませんか?」
「私なんかで良ければ構いません」
「あ、ありがとうございます。娘も大喜びします」
こうして会話を交わしている間、ラティナ達を乗せた車はオルタンシアの町に辿り着いた。
町の中に入った後、ラティナが偶々窓から見た時、あるものを目に入った。
車を走る専用の道路沿いの道、表通りを歩く赤髪の女性、その人こそはラティナが昔、何度も会った見知りの人物だ。
「すいません、止めて下さい!」
ラティナに言われて、車を急ブレーキで地面を大きく擦る音を響かせながら止めた。
ラティナは車から出て急ぐ様に走り、建物同士の間の路地裏に入った赤髪の女性を追って自分も入った。そして呼んだ。
「ネーアさーん」
赤髪の女性は突如、名前を呼ばれて後ろを向いた。
「⁉」
そして驚いた。一方、ラティナはネーアと断定した女性の顔を見て頬を緩んだ。
「やっぱりネーアさんですね。お久しぶりです。オルタンシアの教会で働いていると聞きましたが本当にご無事で何よりです」
ラティナは古い友人との再会と無事に喜んでいた。だが・・・・・・。
「・・・・・・あ~ら、これはラティナ様、お久しぶりで。相変わらずお美しいですね~」
友人に対する台詞ではない、嫉妬を含んだネーアの応接にラティナは困惑した。
「はんっ! あなたが聖女様でおまけに見た目の良さで皆にちやほやされている間、あたしがこの雨降りっぱなしのじめじめとした国でどんな苦労と惨めに過ごしてきたか、分かる?」
「そ・・・それは・・・・・・」
「分からないでしょうね! 人気者にあたしみたいな無能者の事なんて・・・・・・」
「そ、そんな事はありませんよ。私はネーアさんの事を心配して・・・・・・」
「うるさいっ!」
ネーアはヒステリックに叫ぶ。
「あんたはあたしを今でも友達だと思ってるみたいだけどあたしはあんたなんか大っ嫌いよ! もう絶交だからね、絶交!」
ネーアから絶交宣言を言い渡されたラティナは悲しみの衝撃を受けた。
「そう言う訳だからじゃあね・・・・・・」
そう言いながらネーアは路地裏の奥へ去って行った。
「・・・・・・」
呆然とするラティナ。その後ろから付いて来たアリアが声を掛けた。
「ラティナ様、しっかりして下さい」
「あ・・・はい・・・・・・」
「今の人はラティナ様の知り合いですか?」
「はい・・・・・・、ネーアさんと言いまして昔、プランタンに住んで一緒に育った幼馴染なのです」
「碌な奴じゃないな・・・・・・」
アリアと同じ、付いて来たリゼルが呟く。
「・・・・・・ネーアさんはお喋りが好きで元気な人でしたが怒りっぽい性格で、そう言えば強引な所もありましていつも厳しくこだわったおままごとを嫌がる子を無理矢理やらされた様な・・・・・・」
「その性格の所為で“精霊の約束”に反し、理術が得られず、プランタンから追放されてオルタンシアに移された、という所ですか?」
「はい・・・その通りです・・・・・・」
「そうなのか?」
「はい、共和国領では十歳以上の住民が理術を使えないと国領から追放する掟が有るのです」
「使えない奴は追い出されるのか?」
「理術は心良き者の証。そうでは無い人は悪者だと断定され、外の国の教会で心を鍛え治す修行をさせると聞きました」
「厳しい掟なんだな」
「・・・・・・」
ラティナはネーアが行った方向へ向いた。
「心配ですか? ネーアの事」
「はい・・・・・・、困った人ですか本当は悪い人では無いのです」
ラティナとしては例え、嫌われようともネーアの事が心配だった。
「・・・・・・仕方がありませんね。では私がネーアさんの後を追いかけます」
「え?」
「ラティナ様が行くとあの人がまた怒って話にならなくなってしまいますから私だけ行ってもう一度仲良く出来る様にしますのでラティナ様とリゼルさんは知事の所へ行って下さい。今は依頼が優先ですので」
「そ、そうですね・・・・・・。ロトンさんも待っていますし、分かりました。ネーアさんの事、よろしくお願いします」
かつて友人だったネーアの事に後ろ髪を引かれながらもラティナはリゼルと共に今度こそ知事の館へ向かった。
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次の話は急展開。ラティナに次の危機が訪れようとします。お楽しみに。