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聖天魔物語 ~この厳しく残酷な世界を癒しで救う聖女~  作者: 江戸ノ地雷屋
第1章 新米聖女と人間不信の魔獣
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第1話 花畑の国の新米聖女

 野に一面の花が(いろど)り咲き(ほこ)る春の季節。

 ここ、(きり)と竜の大陸“ガリア”にある共和国領に(ぞく)する国、野原(すべ)てが他の国には無い季節(ごと)に花が咲く平和の象徴(しょうちょう)の地、花畑の国プランタン。

 聖共和国の住民達は全員、精霊を信仰する“精霊教会”の信者であり、各国の町や村には必ず聖堂が建てられていて、プランタンも例外無く、国の中心に建つ大聖堂は今日も国内の怪我(けが)人や悩める多くの人々が癒しを求めてやって来た。


聖光(せいこう)の精霊よ、私は願います。この者に聖なる光で癒しをお与え下さい。《聖癒光(リカバリー・ライト)》」


 患者を治療するための部屋で若く美しい女性が、幼い少年の骨折したらしい左足の痛々しい赤く()れた部分の上に両手をかざし、呪文らしき言葉を唱えると、(てのひら)から白く輝く紋様が描かれた光の球が出てきて少年の左足に包み込む。すると赤く()れた部分がみるみると引いていき、同時に心も清々しい気持ちになった。


「はい、もう大丈夫ですよ。」


 左足に痛みがなくなった(こと)に気付き、足を動かす。治ったと分かり、少年の顔が喜びの表情となった。(かたわ)らで見届けていた少年の母親も子の怪我が治った(こと)に嬉しく思い、胸を()でおろしていた。


「良くここまで我慢しましたね。偉いですね」


 美人に()められ、頭を()でられて少年は顔を赤らめた。


「ありがとうございます、ラティナ様。(たい)したお礼は用意できませんでしたが・・・・・・」


「いえいえ、お礼なんて、これが私の出来る(こと)ですから」


 そう言いつつ誰もが見惚みとれる太陽の(よう)な輝きの美顔で微笑(ほほえ)んだ。

 彼女の名はラティナ・ベルディーヌ。

 桃色真珠(ピンクパール)のように(きら)めく桃色の腰(ぐらい)までの長さのある髪。可愛らしさと美しさを両立した一流の彫刻家が整えたかのような美貌の顔立ち。()んだ青色の(ひとみ)。清楚な神官の服の下に目立つ豊かな胸と引き締まった腰。人間とはどこかが違う何か不思議な雰囲気を持つ彼女は、世界に十数人しかいない治療系理術(りじゅつ)の最高位の使い手、“癒療師(ゆりょうし)”にして、精霊教会において平等主義を重視されて、まとめ役である(おさ)よりも特別な存在である。

 治療を終え、親子が去った後、補佐官が次の患者を連れて来た。


「ラティナ様、次の患者です」


「はい、どうぞこちらへ」


 “癒療師(ゆりょうし)”とは、治癒師(ちゆし)の最高位職で“癒療(ゆりょう)の極意”を悟った者のみが到達できる位階。一般の治癒師(ちゆし)理術(りじゅつ)を使って行う“治癒(ちゆ)”は、生き物の持つ自己治癒力を促進かつ活性化させて怪我や病気を治す(こと)はできるが肉体を元の状態に治す(こと)はできない。つまり、切断されて分かれた肉体を繋ぎ止めれば治す(こと)ができてもその部分が失われた場合、元の形に生やす(こと)はできない。だが、癒療師(ゆりょうし)になれば“治癒(ちゆ)”から“回復”へと変わり、失われた部位を生やす(こと)ができる(よう)になる。それこそが消滅した細胞をも再生する(こと)も可能なのが癒療師ゆりょうしのすごい所である。

 先程(さきほど)の骨折の回復も普通の治癒(ちゆ)理術(りじゅつ)治癒水(ヒール・ウォーター)》の場合だと骨と筋肉を完治するまでに時間と理力(りりょく)を手間にかけなければならないのだが、ラティナが使った、癒療師(ゆりょうし)(ぐらい)になれば使えるという聖属性の回復系理術(りじゅつ)聖癒光(リカバリー・ライト)》はわずか数秒で回復する(こと)ができる。更には・・・・・・。


「失礼する・・・・・・」


 次の患者は若く背の高い女性だが、目は鋭く、威厳(いげん)があり、怪我も病気も無い(よう)に見えた。ラティナは気軽に挨拶を交わした。


貴女(あなた)(ドラゴン)の方ですね?」


「そうだ。流石(さすが)だな」


 そう言いながらも両者共、驚いた様子は無かった。癒療師(ゆりょうし)(くらい)になれば見た者の肉体から魂の心情を読む事が出来る理術能力(りじゅつのうりょく)心眼(しんがん)》を会得(えとく)していた。だから、正体を見抜かれるのは患者の女性からすれば承知な(こと)だった。

 患者の女性は人間の姿をしているがその正体はガリア大陸の古くから住む大いなる種族“(ドラゴン)”。万物の根源をなす自然界の構築必要不可欠である元素、“エレメント”を人間の理術使いよりも高度に操り、成体になれば家一軒(いっけん)以上の巨体でも人間と同じ姿と身長に変身する事が出来る。本来の全身赤い(うろこ)(おお)われた赤竜(レッドドラゴン)の姿だと大聖堂の扉に入れない上に人間達は驚き、迷惑をかけてしまうため、精霊教会が(さだ)めた規則に従い、人間の姿に変えた。


「私は西の火山地帯に住み、噴火が起きない様に火山のエレメントの管理をしていた。だが、最近、頭痛がひどくて役割も果たせない状態なのだ・・・・・・」


「分かりました。ちょっと見させて下さい」


 ラティナは《心眼(しんがん)》を発動して赤竜(レッドドラゴン)の不調を心から読み取り始めた。ラティナの《心眼(しんがん)》から見た赤竜(レッドドラゴン)の大いに揺らめき光る(もや)、魂は不安定に急かせて激しく燃える炎の(よう)に揺らめいていた。


「・・・・・・貴女(あなた)の頭痛の原因は、ストレスの(よう)ですね。心に焦燥感も感じ取れます」


「そ・・・そうか」


貴女(あなた)はエレメントの管理に思いつめる感じで(おこな)っていましたね。ここは休憩と睡眠の時間を増やしましょう」


「し、しかしな・・・・・・」


 聖女の意見に賛成するか不安だからやり方を変えたくないから否定すべきかの迷いの声を出していた。この竜は生真面目だなとラティナは(さっ)した。


「こういう時には(ほか)(ドラゴン)さん達にも頼りましょう。後は肩を少し抜きましょう」


 そう言い、微笑(ほほえ)みながらラティナの背中から、薄紅(うすべに)色に光る花びらのような六枚の翼が生えた。

 その姿は(まさ)に天使。

 生えた翼が大きく広がりで赤竜を布の(よう)に優しく包み込んだ。その翼は光みたいなのに触れる(こと)が可能なまでに具現化され、触り心地の良さは極上のクッションのように柔らかく、眠りにつきたくなる(ほど)だった。

 ラティナ・ベルディーヌは普通の人間ではない。

 “遥かなる天界”から救いの手を差し伸べるため、地に降りたった、光の翼を持った天使、“エンジェロス”。善意の象徴(しょうちょう)であり、弱き人々を救うのが“エンジェロス”の役目であり、身体(からだ)の回復だけではなく、心、精神、魂の癒しを行うのも癒療師(ゆりょうし)の役割である。(ゆえ)に国を治める(おさ)よりも誰よりも多くの感謝を得られる偉大な立場であり、精霊教会の信者達は、ラティナ達のような癒療師(ゆりょうし)に聖女の称号を与えられ、敬愛されている。


「ありがとう、ラティナ殿」


 ラティナによって心のいやしを(ほどこ)された赤竜は清々しくなった笑顔で礼を言いながら大聖堂から出た。そして、本来の赤い(ドラゴン)の姿となり、翼を()ばたいて空へ飛んで行った。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 昼の頃、ラティナは午前の治療を終え、休憩に入った。

重症の患者を優先的に済ませ、残りの軽症の患者は大聖堂にいる治癒師(ちゆし)達に任せた。何もほとんどの治療(ちりょう)はラティナに任せる(わけ)ではない。彼女に(およ)ばない治癒師達はそれぞれの状況と技量を合わせ、修練に兼ねて患者の治療を(おこな)っている。これも新たなる癒療師(ゆりょうし)となるための修行である。


「ふぃ~~~」


 ラティナは大きくため息を吐いた。


「「如何(いかが)なされました?」」


 昼食を持ってきた二人の女性の補佐官がラティナの様子を見て声をかける。


「あ、いえ・・・・・・心配しないでください。ただ、考えごとをしていただけなのです」


「考え(ごと)と言うのは?」


 胡桃(くるみ)色のふわふわ髪の補佐官リオが尋ねた。


「私は・・・・・・この部屋で待っているだけで良いのでしょうか」


 そう言いながら窓の向こうに見える白い雲と青空の向こうへ見つめた。


「本来なら、私自身が出向いて治療を行われなければなりません。そうすれば動けないような病気(など)で苦しんでいる人たちも負担かけずに済みますし、外の世界で“ディアボロス”と戦っている方々も私と一緒にいれば助かるはずでしょうに・・・・・・」


 “ディアボロス”とは、生きとし生ける者全てに害をもたらす、世界の敵。悪魔、魔物、妖魔とも言われている。ディアボロスは、姿形、能力によって数百以上の種類が存在する。(つね)に神出鬼没で人に襲い、あるいは取り()き、原因不明の(やまい)や奇行を起こしている。これらと戦い、退治して人々を救うのも精霊教会の役目であり、力だけでは対処する(こと)が出来ないディアボロスを浄化する(こと)が出来る癒療師(ゆりょうし)の使命だ。

 最近では共和国に属していない国、帝国領でディアボロスの数が急激に増加して不祥(ふしょう)事件を起こしている。生きるものの守護者であるエンジェロスはディアボロスを退治するために帝国領へ(おもむ)く。また、精霊教会も戦える理術(りじゅつ)使いを集め、エンジェロスと共に戦い、癒療師(ゆりょうし)を守る守護騎士団を結成し、依頼に応じて送り出している。当然、ディアボロスとの戦いは命がけの時もあり、最悪、命を落とす場合もある。

 本来ならば癒療師(ゆりょうし)は任意に同行する(こと)が必然だったが、ラティナだけは未だ、外国への同行の許しを得られず、守護騎士団がディアボロスを封印し、無力化させた後を浄化する位しか出来なかった。

ラティナはただ、仲間達が死にそうな目に()っていると知りつつも指を加えて待っているだけが我慢(がまん)出来なかった。


「ラティナ様、貴女(あなた)はお優しい、聖女の中で誰よりもお優しい方です。…ですが、外の世界、帝国領は貴女が思っているよりも厳しく冷酷な所で我々、理術使いを快く思っていない人間達も多くいます」


 眼鏡の補佐官サラが言った(よう)に帝国は精霊教会を(こば)んでいる。それで帝国領内ながら精霊教会の信仰を許した国の容認地帯のみ理術使いとエンジェロスの派遣、それ以外の帝国領は空を飛ぶ(こと)が出来たり、姿を消せる等が出来るエンジェロスのみが(おもむ)(こと)になっていた。


「それにディアボロスとの戦いも決して甘いものではありません」


「そうです! ディアボロスを甘く見ないでください! そもそもラティナ様は戦えないじゃないですか」


「う・・・、た・・・確かにそうなんですか・・・・・・」


 そう、ラティナは戦えない。弱いからだ。

 戦闘訓練で一度も勝った(こと)がない。

 癒療師(ゆりょうし)だから弱いのではない。

 癒療師(ゆりょうし)もまた自らの身を守るためにディアボロスと戦う力と(すべ)を最低限に持っているが、ラティナ・ベルディーヌはかなり弱い。

 理術(りじゅつ)使いになった者は生命力と身体能力が覚醒的に上昇するが個人差もあり、心理によって身体能力の変化が関わる場合がある。ラティナの場合は腕力が普通どころか一般人よりも弱すぎるのだ。

 その原因は、血が苦手、先端恐怖症、誰よりも優しすぎる性格さ(ゆえ)のためらい、ドジっ娘でいつも訓練相手に負けてしまう。そんな凶暴なディアボロスとの戦いで逆に足を引っ張ってしまう可能性もある、あまりの不安さに精霊教会の頭脳格も戦い方を指導する教官達も頭を悩ませてしまい、評議の末にやむなくここ、プランタンの大聖堂で一切の派遣をさせず、治療のみを行う役割を与えるしかなかった。一応は、ラティナの必死の訓練で血を見ても気絶をする(くせ)はどうにかして治療を普通に出来る様になったが、それでも血が多い程、冷静さを失われてしまう問題の不安を残していた。


「守護騎士団は世界の平和と聖女を守るのが使命。彼らもその覚悟の上で戦っているのです。それに世界は広い。人々も多い。貴女あなた一人でどうにかできる(こと)ではありません」


「・・・・・・ごめんなさい」


「あ~、別にラティナ様が(あやま)(こと)ではなくて、要するに気にし過ぎる必要がないと言ってるだけなんですよ~。ほら、サラ」


「すいません、ラティナ様・・・・・・」


 リオが慌ててフォローし、サラも自分の言い方が悪かったと反省した。


「それにラティナ様が行かなくても貴女(あなた)がここいるだけで救われた人々が多いのですよ」


「・・・・・・そうですね。私の気にし()ぎでした」


「大丈夫ですよ。結構腕の立つ治癒師(ちゆし)も同行してますから。それでは話はここまでにしてお昼ご飯しましょう♪ 今日のメインデッシュは私が作ったクッキー食感のガレットですよ♪」


 リオは明るく切り替えさせ、持って来た昼食、肉の味がする豆を()り潰して作った肉豆のパテを塗った小麦粉で焼いたガレットとサラダと牛乳をテーブルに置こうとし、サラも準備の手伝いを始める。そんな二人をよそにラティナは再び、窓の向こうの空へ見つめた。


(それでもやはり私は・・・・・・)


 ラティナという少女は優しい性格のため、困って人をほっとけない性分(しょうぶん)だが、もう一つ外の世界へ行きたい理由が合った。それはこの軟禁みたいな窮屈(きゅうくつ)な生活を送る大聖堂から出て空に飛ぶ鳥の(よう)に自由に()ばたき、外の世界を見てみたいという願いだった。

 一方、ラティナ達の会話を盗み聴きし、ほくそ笑む者がいる(こと)は誰一人気付いていなかった。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 昼の休憩を終え、治療(ちりょう)を再開してから二時間後、大聖堂に来た全ての患者の治療(ちりょう)を終わらせた。(あと)は新しい患者か来るかディアボロスの封印に成功した守護騎士団が戻ってくるまで、ラティナは自室でもしもの時に(そな)えての様々な病についての勉強を自習していた。しばらくすると部屋の外で慌ただしく駆け回る足音と叫び声のような何かの話が聞こえてくる。

 ラティナは何事(なにごと)かと近くに通ってきた修道士に尋ねても「大丈夫です! 貴女(あなた)が気にすることではありません」と言い返されるだけだった。

 それからまたしばらくするとドアからノックする音が聞こえた。


「はい、どうぞお入り下さい」


 部屋に入るのを許可するとドアが開き、右手に経典なのか黒く分厚い本を持ち、深刻そうな表情をした神官の服を着た温和な感じをした中年の男が入って来た。


「ラティナ様、大変です」


「どうかなされましたか、ルブルーショ教官?」


 彼の名は、シルーズ・ルブルーショ。プランタンの大聖堂に在中している修行中の理術(りじゅつ)使い達を依頼に対応する編成を取り決めにも行っている教官である。


貴女(あなた)に伝えるべきか皆で散々悩みましたがどうか落ち着いて聞いて下さい。」


「はい」


「アップ・グリーンパークが帝国軍に占拠されました」


「・・・・・・え・・・・・・?」


 ルブルーショから出た言葉を聞いてラティナは固まった。


「ア、ア、ア、アップ・グリーンパークって、確か大帝国の東の方にある所で、あの“紅黒(こうこく)の魔獣”が封印されている場所のことですか~!?」


「はい・・・・・・」


 “紅黒(こうこく)の魔獣”。

 ラティナ達が住むこのガリア大陸の西から海を越えた先に大帝国の本土である大陸“ロディオス”がある。そこに二年前、突如、多くのディアボロスを引き連れて現れ、破壊と殺戮(さつりく)を広げ、人々に恐怖をもたらした謎の怪物。刃物や銃弾も通さない鋼鉄の皮膚と戦車をバターのように簡単に斬り裂く爪と尾を持ち、竜の如くあらゆるものを焼き尽くす炎の息を吐き、ここの大聖堂を()してしまうほどの巨大な体を持つ(など)様々だが実のところラティナが知っているのは修道士から聞いた(うわさ)程度でその正体は知らなかった。

 精霊教会は、相対する他国だろうと人の命を守るため、守護騎士団を送り出し、帝国の守りの要である帝国軍と協力して“紅黒の魔獣”に挑んだ。そして三日間に渡る戦いの末、“紅黒(こうこく)の魔獣”は“白き聖女”の自らの命を捧げた最大の“白の封印”によって氷漬けの封印をされた。

 こうして世界の平和は守られたが、“白き聖女”は死に、決戦の舞台となったアップ・グリーンパークは“紅黒(こうこく)の魔獣”の封印の維持のためによる、雪と氷の地となり、永久に春が来ない地となってしまった。現在は“紅黒(こうこく)の魔獣”が復活しないように精霊教会から理術(りじゅつ)使い達が派遣され、監視を行っていた。この戦いの後により、皇帝から精霊教会の人間を大陸全土に入国を禁じられていたロディオス大陸で唯一、アップ・グリーンパークと周囲の街のみ住む(こと)を許されていた。


「しかし、先程(さきほど)、アップ・グリーンパークに派遣されていた理術(りじゅつ)使い達が昨夜(さくや)、帝国軍に襲われ、捕まったという緊急連絡が来ました」


「帝国軍に⁉ 何故(なぜ)ですか!?」


 共に戦った帝国軍が“紅黒(こうこく)の魔獣”を監視する理術(りじゅつ)使いに襲うはずがないとラティナは思っていた。


「“紅黒こうこくの魔獣”を完全に排除するため、それとアップ・グリーンパークの奪還(だっかん)のためでしょう・・・・・・。アップ・グリーンパークの貯水池とかつての住処(すみか)を取り戻すために。“紅黒(こうこく)の魔獣”を倒す新兵器でも開発したのでしょうかね。元々、帝国の人間は我々、共和国の理術(りじゅつ)使いを嫌い、精霊教会の教えを広げる事を(こば)んでいましたからね」


「そんな・・・・・・」


「・・・・・・それともう一つ、大変言いづらい事実がありまして。捕らわれた者達の中に、貴女(あなた)の御父上もいる(こと)が分かりました」


「お父さんも!?」


「はい、昨日、アップ・グリーンパークの教会から薬の注文が来まして、自分で配達しに行った時に捕まったとの(こと)です・・・・・・」


 ラティナの父は、理術(りじゅつ)を使わなくても怪我にすぐ効く薬を作る、帝国領でもその名を知られる、有名な薬剤師で注文さえすれば作った薬を自分で届ける真面目な働き者だ。


「本庁からの(めい)により、これからアップ・グリーンパークへ向かう救出隊を編成して捕らわれた人達の救出を(おこな)います!」


「・・・・・・私もお父さんと(みな)さんを助けにいきたいです!」


「・・・・・・やはり、そう言われますね。・・・・・・分かりました。貴女(あなた)を救出隊に加えましょう」


「ありがとうございます・・・・・・」


「いえ、お気になさらず。貴女(あなた)のお父上を助けたい気持ち、このルブルーショも激しく同意します。そう考えると私には止められませんな。・・・・・・ふふっ」


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 父や捕らわれた人々を助けたい一心(いっしん)を伝え、アップ・グリーンパークへ行く(こと)を許されたラティナは、三時間後、大聖堂の中庭でルブルーショと共に行く他の救出隊と落ち合った。


「ラティナ様、こちらが私が選抜した突入部隊の面々です」


 ルブルーショが引き連れて来た四人の若い男女はラティナの美貌(びぼう)見惚(みと)れていた。


「あ・・・あれがラティナ様!」


「なんて綺麗(きれい)な人なの・・・・・・」


「うわさ通り、美しい・・・・・・」


「み、皆さん、初めまして、私が癒療師(ゆりょうし)のラティナ・ベルディーヌと言います」


 ラティナがあいさつをすると四人の若い男女はより興奮の声を一斉に上げた。


「皆さん、静粛(せいしゅく)に。彼らは理術(りじゅつ)使いの見習いです。他の腕の立つ優秀な者は(みんな)、守護騎士団と同行の実地訓練に行かれてしまいましたが、彼らも将来有望な者。貴女(あなた)の役に立つでしょう」


 ルブルーショの説明で照れだす一同。


「皆さん、よろしくお願いします」


「さて、(みんな)そろったので作戦の説明をしますが、方法はとても単純。“転移門(ゲート)”を使ってアップ・グリーンパークへ向かい、理術(りじゅつ)を使って帝国軍に気付かれない(よう)にし、捕まった人々を救出する・・・以上です」


「教官、その作戦で本当に大丈夫でしょうか・・・・・・?」


「我々は帝国と戦争をするつもりではありません。それに帝国の方も“転移門(ゲート)”の(こと)は知られていないでしょう。大丈夫です。貴方(あなた)達ならば出来ると信じていますよ」


 余りにも(ざつ)な作戦内容に対し、不安を隠せない突入部隊の一人の少女に対し、にこやかに答えるルブルーショ。その言葉は何故(なぜ)か信用を感じさせる。


「それでは転送の準備を。救出隊の(かた)は“転移門(ゲート)”に入って下さい」


 ラティナの後ろには石台の上にある四本の石の柱とそれに囲む何かの鉱物で熔かして描いたらしい空色の方陣が()る。

 ラティナ達、突入部隊は言われた通りに四本の柱の内にある空色の方陣の上に乗った。ルブルーショの傍らにいた神官は戸惑いの表情を浮かべながらも四本の柱の近くにある石板が付いた石の書見台の(よう)な物に近づき、石板に手を触れる。すると柱の表面に光の線が四本とも浮かび上がり、空色の方陣が光りだした。


「”転移門(ゲート)”起動。アップ・グリーンパーク接続に成功。転送準備完了」


「では皆方(みながた)、お気を付けを!」


 空色の方陣から光の柱が現れ、ラティナ(たち)は消えた。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 “転移門(ゲート)”とは、空間の歪みを起こし、それに利用して、別の場所の転移門(ゲート)へ転移する古代文明の理導装置。この装置によってどんな遠く離れた場所でも、雲の壁を越え、他の“転移門(ゲート)”まですぐに移動する(こと)ができる。

 ラティナ達、突入部隊はこの世界とは別の空間を超え、ロディオスのアップ・グリーンパーク内にある、オブジェとして置かれている、大聖堂の転移門(ゲート)と同じ四本の柱と方陣から出現した。

 アップ・グリーンパークはロディオス東の帝都区(イースト・エリア)にある数少ない緑の自然がある最大の公園で地下に貯水池から雨水を飲料水に変え、都全体に送る浄水施設がある。現在、ロディオス大陸の季節は春にも関わらず未だに()(こと)がない大雪が降り続け、“紅黒(こうこく)の魔獣”によって木々は破壊尽くされたまま、場所全体が雪に(おお)われていた。

 空間移動の際、最初の内に必ずなる空間移動酔いから何とか目が覚め始めた時、ここが目的地だと気付いた。


「ここがアップ・グリーンパーク・・・・・・」


 刹那(せつな)、ラティナの首筋の右側に鋭い痛みが一瞬に走った。同時に体が(しび)れてきた。


「・・・・・・っ!?」


 完全に動かなくなる前に首だけを鋭い痛みに入った方向へ見ると共に来た救出隊の面々が倒れていた。

 全員、首筋に小さな針が刺されていた。

 視界が悪くなる大雪に紛れた影がラティナ達を囲んでいた。全員、顔を隠し、武装した者(たち)だ。


「・・・・・・侵入者、(すべ)て麻酔針打ち込み完了。こいつらをあそこへ連れて行け!」


 こうしてラティナ以下、突入部隊はアップ・グリーンパークに着いて早々(そうそう)、帝国軍兵らしき謎の集団に捕らわれてしまった。

この話から読み始めた方、初めまして。

この物語の続きが気になった人は応援ポイントをお願いします。

次話からもう一人の主人公(男)が登場します。

誤字脱字の報告と気になった事の質問も受けつけます。

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