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聖天魔物語 ~この厳しく残酷な世界を癒しで救う聖女~  作者: 江戸ノ地雷屋
第2章 呪炎の花嫁と優愛の聖女
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第5話 身投げの森

「……で、北の森へくんじゃなかったのか?」


 ラティナ達はアリアに従って用が済んだはずの聖堂の玄関の前まで来ていた。


「それはアリアちゃんが結婚指輪を見つけるためには何か必要なことをするから、ここに来たのではないでしょうか」


「はい、その通りです。少しお待ちを……」


 アリアの眼が琥珀色から青から緑のオーロラ色に変わった。彼女は電磁波が見える、固有理術こゆうりじゅつから派生した理術能力りじゅつのうりょく《電磁眼》を持つ。

 アリアの視点から二つの小さいものとそれらを持つ人型の揺らぎ、かつてその場に留まっていたものから発していた電磁波の残滓ざんしが見えた。

 アリアは長い袖に隠された右手から顕現したままの糸玉と振り子(ペンデュラム)型の霊装れいそう《スレッドオブトレイサー》を出した。


「《軌跡現創糸スレッド・オブ・トレイス 再現創さいげんそう》」


 紫水晶アメジスト振り子(ペンデュラム)が重力に逆らって、上へと伸びてくと人型の電磁波がった場所へと下ろし、急速な動きでえがき始めた。

 高速で一層ずつ“線”を生み出してはかさねてき、見覚えのある少し透けた青白い形を作ってった。


「んお!!」


「ふわわっ、これは!!」


 線が積みかさね、わずか一分で出来上がったものを見てリゼルとラティナは驚いた。

 そう出来上がった形は先程、浄化したはずのブラックトゥースだ。


「これは私の《スレッドオブトレイサー》でこの場所に残っていたあのディアボロスだった人から発していた電磁波の跡を見えるようにしました」


「……こ、これがアリアちゃんの霊装れいそうの本当の能力……、物質を作り出す能力なのですが?」


 聖堂での闘いでも“線”を生み出してブラックトゥースを防ぐことが出来た。最初、ダウジングによる探索に特化した能力と思われたがアリアの本来の固有理術こゆうりじゅつから派生した、もしくは応用による修得で得たものであろう。


「どちらかと言えば、《スレッドオブトレイサー》から出た“線” は物質とは言えなくもありませんね」


「どいうことだよ、それ?」


さわってもいですか?」


「どうぞ。さわっても大丈夫です。噛み付いたりはしませんので」


 アリアから許可を貰い、ブラックトゥースの模写体コピーを触れてみた。


「ふわぁ~すごいです。硬いような……柔らかいような……」


「だからどういうことだよ? どっちなんだよ⁉」


「私の《アンペインローゼ》みたいに弾力があります。リゼル様もさわってみて下さい」


 かつて自分に襲い掛かって来た化物をさわるのは少々、抵抗があったが、ラティナに言われるままリゼルも模写体コピーを触れてみた。

 確かにそこに実在する実物としての触感を感じられるがそれは金属やガラスのような物の硬さでは無いが突き破れるような柔らかい訳でも無い、まるで硬いベッドみたいに押しても押し返されてしまう反発力みたいな感じがした。


「このように《スレッドオブトレイサー》が通った跡や電磁波の痕跡を場属性のエレメントを素材に使って見えない人も見えるようにしたり、触れるようにしたりするのが私の霊装れいそうにして固有理術こゆうりじゅつの力です。ちなみにダウジングは後から会得したもので強い電磁波や理力に反応して動きます。さて……」


 アリアが右手の人差し指を立てると模写体コピーのブラックトゥースが動き出した。


「この模写体コピーは、彼女が指輪を捨てる直前を再現したものです。後をついてけば指輪が見つかると思います。さぁきましょう」


 こうしてアリアの案に従い、彼女が作り出した怨霊の模写体コピーの後をついて北の森へと移動を始めた。


   ◇ ◇ ◇


 オルタンシアの北の森への入り口と思われる場所の前に「関係者及び理術りじゅつ使い以外立ち入り禁止」と書かれた札とそれをつないだ鎖がく道を阻んでいた。

 アリアが作り出したブラックトゥースの模写体コピーがすり抜けるように通り抜けてき、リゼルも「俺(たち)は関係者及び理術りじゅつ使いだ。さぁ、くぞ」と言っていた鎖の下からくぐって通り抜けた。ラティナとアリアも真似して鎖の下をくぐり抜け、リゼルの後に続いた。

 入口の先……森の中は、地面が無かった。水で地面は沈み、目に入る辺り全てが河と化し、森を構成する森林が見た目はマングローブのようだが大量の水で育ったのか幹も枝も根っこも象の足みたいに太くなっていた。


「オルタンシア特産の樹木、“ファットマングローブ”ですね」


「ふわ~すごい大きな樹ですね~」


 ファットマングローブと呼ばれるプランタンでは見たことも無い、始めて見る樹にラティナは興味を持って見ていると怨霊の模写体コピーは足が無い、浮かぶ体で森の奥、川上の方へ進んでった。


「私(たち)は橋を渡って()きましょう」


 アリアの言う通り、河の上、ファットマングローブ林の間を挟んだ至る所に大きめの丸太を縦半分に斬ってつないで作った二人ふたり並んでける幅のある丸木橋がって川上の奥、森の奥まで渡ってけるようになっていた。


「迷路みたいになっていますので足元に気を付けながら迷子にならないよう模写体コピーの後に付いてきましょう」


 橋には二つか三つの分かれ道があって迷路のように複雑になっており、道を間違えれば本当に道に迷ってしまうだろう。

 跡の残滓ざんしである模写体コピーの後を追ってアリア、リゼル、ラティナの順に丸木橋を渡って奥へと進んでった。

 しばらくするとラティナの背後に魔の手がゆっくりと迫ろうとしていた。


「さて、この森にはディアボロスが出ると案内の人が言ってました」


「案内の人って中年ハゲのおっさんか?」


「ロトンさんですね。ハゲは可哀想かわいそうですよ」


「例えば後ろから襲ってくる場合があります。お二人ふたり共、警戒をして下さい」


「きゃぁぁぁ!」


 ラティナの悲鳴が上がった。

 リゼルとアリアは後ろを向くとラティナがマングローブの枝に巻かれて捕まっていた。


「樹が…⁉」


 そう、マングローブが生き物のように動きだした。

 幹の三つのうろが敵意むき出しの狂暴そうな顔を表現していた。


『出テ行ケ…! 安ラカナ眠リヲ妨ゲルナ~』


「あれはディアボロスの”トレント”。いえ、マングローブに取り憑いているならば“マングローブトレント”とも言えるでしょう」


「……やっぱりあの樹もディアボロスなのか?」


「はい。トレントは自殺した人の魂が樹に取り憑いたディアボロスでどうやら私達がこの森に踏み入れたことで彼を怒らせてしまったようですね」


 自殺でディアボロスとなってしまったマングローブトレントにとって余り人や大きな動物が立ち寄れない河と化した森は安らげる場所だった。だからこそ足音を立てたり、会話をしたりするリゼル達を安らかなひと時を妨げる“敵”として排除しようと襲い掛かって来た。


「あ…あのっ、お話よりも、私を、早く、助けて貰えませんか。きゃぁん! ダメっ! 胸を…ひゃぁんっ!」


 マングローブトレントのヘビそのもののような枝が捕まえたラティナの豊満な胸をぷるんぷるんと上下うねるよういじりまくり、別の枝で彼女のスカートの下から尻を撫でるように触った。


(こいつ、ちゃっかりスケベな奴だな……)


 そう思いながらリゼルは右手を黒く硬い鉤爪に変えて、捕らわれたラティナのもとへ一般の人間よりもある脚力で高く跳んだ。


「らぁっ‼」


 そして硬化した右手を手刀に変え、そのまま、ラティナを捕らえている枝に目掛け、何故なぜか本人も知らないが心の奥底から込み上げた少々の怒りを力に込め、素早く振り下ろし、文字通り、手の大刀で斧の如く、枝を叩き斬った。


「風の精霊よ。アリアは願います」


 リゼルがラティナを捕まえたトレントの枝を斬り、二人ふたりが落ちる瞬間タイミングを見計らい、アリアも理術りじゅつの詠唱を唱え始めた。


「斬り裂く風の刃を起こし……」


 一撃を与え終えたリゼルは丸木橋の上に着地した。


「渦を巻いて……」


「きゃぁっ」


 斬り裂かれた枝と共にラティナは河へ落ちた。


の者を斬り刻め。《旋風刃(ワール・ウィンド)》」


 詠唱と発唱はつしょうを唱え終えると、アリアの右手の翠色の光球から風が吹き、その風は旋回して、横向きの旋風となってマングローブトレントに直撃。旋風の中心から発生した風のやいばが大樹林の怪物の全身を斬り刻み込んだ。


『グギャアアアアアアアアアッ‼』


 痛覚がるらしく表面を傷付けられ、マングローブトレントは痛みの余りに悲鳴の叫びを上げた。

 やがて旋風は消えた。マングローブトレントは未だに身体が残っているが枝に付いていた葉はほとんどが吹き飛ばされ、全身切傷を負わされ、すでに虫の息だった。そこでリゼルがとどめをさそうと次の技に入った。


「《砕牙さいがてっけん》‼」


 リゼルの熱を帯びた火山弾如き鉄拳がマングローブトレントを真っ二つに粉砕し、分かれた上半身を河へ落ちた。


「ふぅ……」


「まだです。気を付けて下さい」


 アリアに言われて後ろを向くと上半身だけとなったマングローブトレントがまだ動き出した。


「ウ…ウ~~~‼」


 まだ死んではいない。当然だ。ディアボロスは(すで)に死んだ怨霊。マングローブに憑依したトレントは体を焦がし、真っ二つに分かれていようがくたばりはしない。

 マングローブトレントは腕の代わりとなっている太い枝で上半身を上げて再びリゼル(たち)を襲おうとすると先程、河に落ちていたラティナが抱き付いた。


「お騒がせて申し訳ありませんでした……。私(たち)貴方(あなた)の安らぎを与えるつもりはありません。どうか落ち着いて下さい」


「ウ~~~ッ‼」


 マングローブトレントはリゼルとアリアに攻撃された(こと)気が立っていてラティナの翼から発している《痛み無き薔薇(アンペイン・ローゼ)》による癒しの効果でも落ち着く様子は無かった。


「《緩和芳香リラックス・フレグランス》」


 ラティナは願唱理術がんしょうりじゅつ緩和芳香リラックス・フレグランス》を唱えてアロマに似た心安らかになる香りを生み出した。


「ウ~……」


 ラティナが放った香りをいだマングローブトレントは落ち着き始めた。


「ア~心ガ安ラカ二ナッテイク~……。モウ…眠リタクナッテキタ……」


 マングローブトレントの両目と口が閉じると動かなくなった。媒体にしていたマングロープから離れて “遥かなる天界”へ昇天したみたいだ。


「はぁ……あ……。リ…リゼル様……」


 何かに気付いたラティナが両手と胸を丸木橋に乗せてリゼルを呼ぶ。河の深さはラティナの下半身程度までだからおぼれはしなかった。


「ん?」


「あれ……」


 ラティナが指差す方向に……。


『ウルサイ……』


『眠リヲ妨ゲルキカ!』


『出テ行ケ~!』


 敵意が含まれた声々が響くと大量のマングローブの内の数本が動き出した。

 それはこの森のマングローブに憑依したトレントの大群だ。


  ◇ ◇ ◇


なんでこの森にディアボロスが沢山いるんだよ⁉ なんでやっつけていないんだ?」


 リゼルの怒りの文句が響いた。

 次々と湧いては襲ってくる合計十体のマングローブトレントの集団。だが、リゼルとアリアの奮闘(ついでにラティナも防御技と癒しの理術りじゅつによる援護をした)によって全滅した。さいわい、動きは鈍重なので数の多さに疲れはしたがマングローブトレント達を全滅するまではそれ程苦戦はしなかった。


「わ…私(たち)に言われましても……」


 ちなみに河に落ちていたラティナの服は濡れていなかった。外套は雨防ぎとして水を弾く生地で出来ていた。その下の服も濡れていないのは霊装れいそうの《アンペインローゼ》と同じだからである。


「私が思うには、第一の理由はオルタンシア(この国)にはラティナ様と同じ癒療師ゆりょうしがいないこと。そして誰にも気付かれないよう、この森で自殺した人達の魂が気付かないまま、まって、さっきのトレントの集団が出来てしまった……。まさにこの森は“身投げの森”と呼ばれるでしょ。」


「小まめに駆逐してろよ、ここの理術使いたち!」


「ですから一度死んだ亡霊であるディアボロスを完全に倒すには癒療師ゆりょうしの癒しの力が必要不可欠です」


「……何故なぜ、この国の人達たちは自殺をしたのでしょうか……?」


 ラティナは悲しげな表情で自殺した人について疑問を口にした。

 先程の混戦の最中、ラティナの《心眼しんがん》で見た時、トレントはみな、心を閉ざしたい程の絶望のオーラがあふれていた感じ取った。


「……生きていくのが辛いと思っていたからでしょう。この国は共和国領と違い、心まで癒す人はいません。ですがラティナ様が気に病むことではありません。今は望み通り、本当の安らかなる眠りに付いた彼らの魂に冥福を祈るべきでしょう」


「……そうですね」


 アリアに言われた通り、ラティナは昇天した、マングローブトレントだった霊(たち)に祈りを捧げた。


「おい、それよりもどーすんだよ。さっきの樹(たち)所為せいで道案内がもう先に……ってあれ……?」


 見れば花嫁姿の怨霊の模写体コピーはリゼルたちが戦っていたあいだから移動することも無く、その場で動きが止まっていたようだ。


「大丈夫です。私が作った模写体コピーは途中で停止することも出来ます。《再行動リプレイ》」


 アリアの右手の人差し指を上に上げると模写体コピーは再び動き、森の奥へと向かった。


「さぁ、きましょう」


 ラティナ達は隊列の順、今度はリゼルが先頭に、ラティナとアリアが後を追う形に変えて模写体コピーの後を追って移動を再開した。


「ラティナ様、少し質問をしてもよろしいでしょうか」


 後ろからアリアがラティナに話しかけて来た。


「はい、なんでしょうか?」


「リゼルさん、なんだがラティナ様のこと、タメぐちようですが、あの人とはどういった関係でしょうか?」


(うっ、しまった!)


 二人ふたりより約二十歩先に進んでいるリゼルに耳が届き、ドキっと動揺が走った。


「そ…それは……私とリゼル…さんとの関係は……ち、小さい頃からの幼馴染なのです」


「そうですか」


 アリアの顔は相変わらず無表情で何考えているのか読めないが取りえず納得しているようだ。


いぞ、ラティナ……)


 リゼルも内心、安心した。

 アリアが本当に騙されているのか疑わずに。


「もう一つ、質問をしてもいでしょうか?」


「は、はい、今度は(なん)でしょうか?」


「ラティナ様は相手を抱き付かないと癒すことは出来ないのですか?」


「……それは……」


「いくら防御に自信が有るとはいえ、癒し手である貴女(あなた)が一々とディアボロスに近付くのは危険ですし、体全てが火や霧(など)さわことが出来ないディアボロスだっています。確か聞いた噂話ではラティナ様の固有理術(こゆうりじゅつ)痛み無き薔薇(アンペインローゼ)》はオーラを素材にした能力。触れなくとも離れていても癒すことは可能ではありませんか?」


「…か…考えたことが無くて……」


 ラティナは今まで治癒・回復系の理術(りじゅつ)や《痛み無き薔薇(アンペインローゼ)》の能力を使った練習は全て患者を相手に実践でおこなってきたが外界に出て実戦でディアボロスを相手に使ったのはつい最近までのこと。その経験の少なさから能力の可能性を気付いたり、技を開発したり、試す機会が無かった。


「では、次の戦いの時になったら一度やってみましょうか」


「そ…そんなぶっつけ本番で出来るものなのでしょうか」


「そんなに難しいと思い込まずに相手の心を癒したいと強く思えば()いのですよ。大丈夫です。固有理術こゆうりじゅつは、霊装(れいそう)はち主の強き思いのままに進化する無限の可能性を秘めた心の武器。特訓をしなくても誰かのためにやる強い思いさえあれば出来ることです」


「無限の可能性……」


「このことは覚えて置いた方が()いですよ」


 アリアから指摘された言葉に心を刻まれたラティナは仲間と共に結婚指輪も探し求めて森の奥へと進んでった。

続きが気になる人はポイントか感想をお願いします。

次回は森の奥である重要人物が登場します。お楽しみ下さい。

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