第4話 花嫁の怨霊
扉を開くとそこは暗闇に包まれた玄関だった。無人の為、一週間も掃除をされておらず、埃だらけだった。
ラティナは霊装《アンペインローゼ》を具現化させるとそれの先端部を発光させて照らした。
(そんな事も出来るのか? 霊装ってほぼ何でも有りだな……)とリゼルは心の中で感心していた。
新たなに加わった跡読師のアリアの霊装《スレッドオブトレイサー》の振り子が前へ円を描く様に揺れながら向いた。
「分かりました……。さ…さぁ、わ…私から離れずに行きまひょう……」
ラティナは舌を噛み、体を震えながら歩き出した。
「……体震えてるぞ。ビビッてるのか?」
「はい……。人が居ない大きな建物の中って何だが不気味で怖くなる気がしませんか?」
確かにただでさえ日差しが射さない上に人気も無い建物は例え聖堂でも不気味さを漂わせていた。ディアボロスと言う亡霊が出ると知れば怖さも増すだろう。リゼルも正直、少し気味悪さを感じていた。
「ディアボロスには霊体となって壁や床からすり抜けたり、物に憑依したりしては不意を突こうと密かに隠れて襲い掛かる者もいます。気を引き締める事も大事です」
アリアに言われてからリゼルは周囲を見回して警戒しながら恐る恐ると暗闇の中の奥へ進むラティナの後を付いて行った。アリアも二人の後に付いて行った。
ラティナが奥の扉を注意しながらゆっくりと開けるとそこは太陽と翼の生えた美しき聖女等が描かれたステンドグラスが外からの僅かな光を照らし、先程、アリアが見せた精霊教会の聖印と同じ十字架が飾れた、人々が祈りを捧げるための場所である礼拝堂だった。
結婚式場に相応しき壮大で神聖だった場所の奥、祭壇の前にラティナ達が来るまでは誰も居ない筈のこの場所で純白の花嫁衣装を着た人らしき者が後ろ向きに立っていた。
ラティナはリゼルとアリアに顔を見合わせた後、ゆっくりと足音を立てない様にゆっくりと花嫁姿の謎の人物に近づいた。すると気配で察知されたのか花嫁の顔が振り返った。
「ひぃっ!!」「……っ!!」
ラティナは思わず驚いて恐怖の声を漏らし、リゼルも悲鳴を出さなかったものの驚かずにはいられなかった。
何故なら振り向いた花嫁の顔が目も鼻も無かった。ただ黒い歯が並んだ大きな口だけが持った、見た者に畏怖を与えさせる異形の化物だった。よく見れば腕がミイラの様に異様に細く、足も無くふわふわと浮かんでいた。
「あれはディアボロスのブラックトゥース」
アリアだけは冷静に化物の正体を明かした。どうやらあれこそが聖堂に住み着いた化物だろう。
花嫁姿の化物ごとブラックトゥースと言う名らしきディアボロスはお歯黒の口でゲラゲラと笑い出し、不気味さを増した。
リゼルはその不気味な見た目の余り恐怖で後ろ一歩引きそうになったが自分の方が強いと思う自信で平常心を保ち、両腕を黒い鋼鉄の爪に変えていつでも迎撃出来る様に戦闘態勢を取った。だが、花嫁姿のディアボロスは未だに笑っているだけで襲いかかって来なかった。
「……なんかあれ、笑っているだけで攻撃してこないな……」
「ブラックトゥースは普段、人を脅かすだけのディアボロスです」
「え、それだけの奴なのか?」
「ですが逃げないと分かると……」
ブラックトゥースは笑うのを止めた。
「あ……」「ん?」
「襲いかかって来ますので気を付けて下さい」
「キシャァァァアァァ!!」
アリアの言う通り、ブラックトゥースが奇声を上げて襲いかかって来た。足は無いが見た目通りの悪霊なだけに低空を滑る様に移動するので早い。
リゼルも直ぐ様、敵を返り討ちにしてやろうと飛び出した。
「らぁ!!」
リゼルは硬化した右手で襲いかかる花嫁姿のディアボロスに向けて斬りかかった。
ガギィィィィィィンッ!!
金属同士がぶつかり合うと生じる高い音が鳴り響いた。
リゼルの攻撃が防がれた、黒い歯で。
(こ、こいつの歯硬っ!? 鉄かよ!?)
「ぐっ!!」
リゼルは鋼鉄以上の硬い歯をぶつけて振動に来た右手を押さえながら一旦後ろへ下がろうとするとブラックトゥースの顎が人間では有り得ない位に大きく開き、リゼルに噛み付こうと襲って来た。
リゼルは咄嗟に両手を伸ばし、襲いかかるブラックトゥースの歯を抑え込んだ。
(くっ……こいつ、思ったよりも早い上に、なんて力なんだ!!)
ブラックトゥースは見かけに寄らず力が強かった。それはリゼルが抑え込むだけで手一杯になる位だ。
「リゼル様!」
「ここは私に任せて下さい」
リゼルを助けようと飛び出す直前のラティナを静止してアリアが前に出る。
《軌跡現創糸 境界線》
害する敵から命を守る為、固有の理術を武器の形として顕現した“霊装”、《スレッドオブトレイサー》が生きた蛇の様にブラックトゥースへ向かって宙へと伸びた。
アリアの理力によって思いのまま操作され、空中を自在に動き、伸びて行く《スレッドオブトレイサー》の振り子の先からなんと宙に、数秒毎に色が変わる虹色の“線”が生じた。
虹色から一瞬黒色に変わった線は障害物となり、ブラックトゥースの本来、目に当たる部分にぶつけてリゼルから引き離した。
「グギャッ!!」
アリアの《スレッドオブトレイサー》から次々と線状の障害物を作り出し、花嫁姿のディアボロスを抑え込んだ。
「ブラックトゥースの属性は鉄。全身、鉱属性のエレメントで構成されたディアボロス。ここは“場”属性の理術が有効でしょう」
ブラックトゥースは障害物の線を噛み付いたり、腕で力の限りに引き千切ろうとしたりと試みた様だが破壊する事は出来なかった。
「私の霊装は鋼線の様に切断や圧砕する事は出来ませんが、足止めをする事なら出来ます」
ブラックトゥースは線の破壊をする事を諦め、上へと逃れ、今度はアリアの方へと襲いかかって来た。
「アリアちゃん!」
「磁場の精霊よ、アリアは願います。彼の者を地に縛り付ける磁力の網で捕らえ、動きを封じたまえ。《磁場束縛》」
アリアは詠唱からの発唱を唱え、願唱理術を発動させた。彼女の目の前に、詠唱と共に作られた黄色に光るエレメントの球が地面に落ちると黄色の円型図形となり、そこから強い磁場が発生。ブラックトゥースは磁力に捕まり、地面に描かれた円型図形の上に倒れた格好で固定された。
アリアが発動させた理術の“場”属性とは“土”と“風”のエレメントを混合させる事で生まれる、磁力かつ力の場を発生させ、砂の様な物等の粒子を操る事が出来る属性で、《スレッドオブトレイサー》から出た虹色の線も場属性のエレメントから物質化した物で金属となる鉱属性のエレメントで構成されたブラックトゥースに対して最も有効的な属性である。
アリアが作り出した円型図形からの磁場に捕まったブラックトゥースは何とか逃れようとほんの僅かだけ首やミイラの手を動かし、踠いた。
「やはり鉱属性のエレメントを媒介にしたディアボロスには場属性の理術が一番有効ですね」
アリアが独り言を呟いている所、理術で動けなくなったディアボロスを見たリゼルは今の内に自分が止めを刺すべきかと考えながら構えていると、
「さぁラティナ様、今の内です」
「ふぇ? 今の内って……私ですか?」
アリアから急に指名されてラティナは驚いた。
「はい。ラティナ様は癒療師としてこのディアボロスの汚れた魂を浄化する役目があるでしょう。さぁ」
年若き子供の割に落ち着いた大人ぶりに話すアリアに委ねられ、ラティナは右手に顕現したままの自分の霊装である《アンペインローゼ》を見た。
「分かりました。任せて下さい」
了承したラティナは動きを封じられたブラックトゥースに近付き、《アンペインローゼ》を振り下ろした。
「えいっ!」
「ガッ⁉」
傘型の霊装に触れられたブラックトゥースは力が抜ける気分がした。
ラティナの霊装、《アンペインローゼ》は攻撃力が皆無の代わり、触れたもの、あらゆるものを和らげる力を持っている。それに触れられた怨霊らしきブラックトゥースの源である悪意はその霊装の能力によって下がって行った。
「クゥ~、グギガァァアアァ!!」
それでも悪意を下げて欲しくない理由があるのか、ブラックトゥースはラティナの緩和による癒しの治療を拒もうとかつてない程の力を出して、磁場と《アンペインローゼ》から逃れようと更に足掻いた。やがて地面に張り付けられた体が腕立て伏せの体勢で少しずつ上がり、磁力による縛めが力づくで、破れそうになった。
(やはり俺が仕留めるしかない様だな)
リゼルは動き出そうとするブラックトゥースに向けて攻撃しようとした。アリアも再び《スレッドオブトレイサー》を使ってリゼルを援護しようとした。すると、
「お待ち下さい!」
静止の声を出したラティナは、《アンペインローゼ》を傘形態から花びら状の六枚の翼に変えて、ブラックトゥースに抱き着いた。
「もう止めましょう。これ以上皆を困らせるのは」
ラティナの《アンペインローゼ》の翼もブラックトゥースの体を包み込み、怨霊と化した異形の花嫁の魂に緩和の癒しをもたらした。
ブラックトゥースは足掻くのかラティナの左肩に黒い歯で噛み付いた。
「うっ!!」
痛さの余り、苦痛の表情となるラティナ。
リゼルは思わず駆け込もうとするが、アリアが無言で止める。
「……私は心を少しだけ理解する事が出来ます」
肩の痛みを堪え、ラティナは敵意の意志を持つブラックトゥースに優しく話しかけた。
「貴女の魂に深い悲しみの色が見えます…。貴女は結婚に関しての“心の傷”があるのですね」
その言葉に花嫁姿の悪霊は動揺した。当たりの様だ。
「貴女は花嫁になる人に自分と同じ不幸な目に遭わせたくないから結婚式の邪魔しようと、私達を追い出そうと襲って来たのですね。余程、辛い目に遭われたのですね。お可哀想に……」
「……」
ラティナの同情の言葉と能力の《痛み無き薔薇》の感情を緩和にさせる効果が効いたブラックトゥースは彼女に噛むのを止めた。
「もう邪魔をする必要はありません。ここは私に任せて下さい。だから……もうお休みになって下さい」
すると、ブラックトゥースの体が眩しくない程度の白い光に包まれた。
白い光が収まるとなんと顔が大きな黒い歯だけの異形の姿から変わり、少々透かした青白い幽体だが、目や鼻がちゃんと付いた人間の女性となった。
「元の姿に戻られたのですね」
ディアボロスとは死後に未練や怨み等で“遥かなる天界”に行かず、この世に留まる幽霊となった霊魂が悪意の闇に染まり、生きとし生ける者の命を脅かす悪魔となった存在。それをラティナの癒しの力によってディアボロスから元の姿に戻ったのだ。
『私は……あなた達に酷い事をしてしまったのね……。本当に御免なさい』
歯黒のディアボロス、ブラックトゥースだった幽霊の女性の話によると彼女は子供の
頃からの夢だった花嫁に成れたものの結婚後に仲が良かった相手が醒めた態度を取る様になり、喧嘩から離婚。それから自棄酒に溺れる日々を送った結果、過度のアルコール飲酒により急死。その後、夢に見ていた結婚にたいする失望からディアボロス、ブラックトゥースとなってしまった。
「それは…本当お可哀想に……」
幽霊の女性から話を聞いたラティナは同情で涙を流した。
「それでジュリアさんとの関係は? 貴女は何故、その人の結婚を邪魔しようとしたのですが?」とアリアが聞いた。
『大した事じゃ無いわ。顔を見た事がある程度よ。ただ、あの娘には私と同じになって欲しく無いだけ……。あの娘自身も望んでいないわ』
ジュリアは知事の娘だ。顔見知りではなくても彼女の事を少しでも知っているだろう。
「では…ジュリアさんの相手の人はまさか……」
『陸な男ではなかったわ……。それとジュリアには恋人がいたわ。名前は確かポギーだったわね……。これ以上詳しい事はその男に一目会ってみる事とあの娘から話を聞いてみる事ね』
聞いた事のある名前等気になる言葉が含まれた話を聞いていると女性の幽体が消え始めた。
「あ、あんた、体が!!」
『ああ、何だがすっきりしてきたから昇天が始まったみたいね……』
この世の未練が完全に無くなった彼女の魂はこの地から離れ、魂の故郷である“遥かなる天界”へ旅立たなくてはならなくなった。
『私はもう死んだ母さんと父さんのいる“遥かなる天界”へ行かなくちゃならないみたい』
「待って下さい。指輪を、貴女が奪ったと言う二つの結婚指輪はどこにあるのですか?」
『御免なさい……。私が北の森へ捨ててしまったわ……』
「そ、そんな」
「それなら心配ありません。私の霊装なら指輪を探す事が出来ます」
「本当ですか⁉」
「はい」
「それじゃあ私はここで。本当にありがとうございました、優しい聖女様とお二人。さようなら」
女性の幽体は消え、青白く燃える様な光の球となった。
「さようなら……。貴女に来世で幸があらん事を……」
ラティナも別れの挨拶をして両手を組み、冥福の祈りの姿勢を取った。アリアも同じ様に祈りの姿勢を取った。
光の球と化した女性の魂は天へと昇った。
「……あの人は昇天した……って事なのか?」
「はい……、未練が無くなったからあの人の魂は天へ昇って行ったのです……」
祈りの姿勢を解いたラティナはアリアの方へ向いた。
「アリアちゃん、ありがとうございます。今回はアリアちゃんのお陰です」
「いえいえ、礼を言われる程ではありません」
「俺は何も出来なかったがな。はぁ……」
リゼルは肩をすくめてため息を吐いた。
「所でラティナ様、肩のお怪我の方は大丈夫ですか?」
「あ、大丈夫です。まだ痛みは有りますが、そんなに深い傷で…は……」
ラティナはブラックトゥースに噛まれた左肩を見た。噛まれた傷から真っ赤な血が出ていた。
「血ぃ嫌あああああああああああああ!!」
自分が最も苦手な血を見てしまったラティナの悲鳴が雨の聖堂に響き渡った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そうですが……。そんな事があったのですが」
一時の恐慌から落ち着きを取り戻したラティナは回復の理術で傷を治した後、外で待機していたロトンに聖堂内で起きた出来事を簡略に報告した。
「それで指輪の方は本当に大丈夫ですか?」
「はい、アリアちゃんは跡読師で、とても頼りになります」
ラティナはすっかりとアリアを信頼していた。
「そうですか。それでは、ジュリアお嬢様に呪いをかけたと言うあの怪…ディアボロスも退治されたから呪いももう解かれたという事に良いんですね?」
「そ、それは……まだ…分かりませんが……」
「ま、まだ何が問題でも……?」
「い、いえ、問題は……もう特に無い…と思います」
実の所、まだ気になる疑問があった。
ジュリアに火を噴く呪いをかけた犯人はブラックトゥースだった女性なのか。
寮に火事を起こし、教区長を含んだ理術使い達を殺したのは一体誰なのか、ブラックトゥースは火を熾したり、雷を降らせたりする能力は無いので無関係。
ジュリアは本当に婚約者との結婚を望んでいないのか。
ジュリアは恋人だと言うポギーは一体何処へ行ったのか。謎が多く残っていた。
「でしたら、私が一旦屋敷へ戻ってお嬢様の容態を確認します。ラティナ様方は申し訳ありませんがこのまま行きも帰りも徒歩でお願いします」
「はい、大丈夫です。連絡する術も持っていませんし」
「北の森でも化物、ディアボロスが出ると言う噂が立って危険ですから気を付けて下さい」
「分かりました。ご忠告、ありがとうございます」
「では行きましょう。ラティナ様」
「はい、指輪を探しに北の森へ」
一先ず、結婚指輪を探す事を先決にしたラティナ達は北の森へ向かう事にした。
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