第3話 雨の聖堂
「・・・・・・と言う訳でリゼル様、私は行こうと思います」
ラティナはついさっき、起きたばかりで朝食を食べに食堂へ来たリゼルにこれまでの経緯からジュリアにかけられた呪いを解くのと結婚指輪を取り戻すため、聖堂に現れたというディアボロスらしき化物を浄化しに行くと伝えた。
リゼルは「ふーん」とまた眠たそうな顔のまま、チーズ入りの硬いパンとオルタンシアで採れたザリガニのビスクを食べながら聞いた。
「それで・・・あの・・・・・・リゼル様はどうしますか?」
「どうするって?」
「私と一緒に行きませんか? と言う事です。出来れば手伝わなくても良いですからリゼル様も一緒に来てくれると嬉しいのですが・・・・・・」
ラティナは付いて来て欲しいと望んでいる目でリゼルを見つめていた。ラティナとしてはリゼルを目の見えない所まで離れるのは色々と不安だと思っているからだ。
「ん・・・・・・、分かった。一緒に行ってやる」
「ほ、本当ですが」
「ここで待ってもどうせ暇になるしな・・・・・・」
(それとラティナは弱いし、へましたら報酬が貰えなくなるからな)
リゼルは食堂に着く前、ロトンに出会い、そこで報酬の約束をした。高額の報酬が貰えると聞いたリゼルはやる気を出した。過去の記憶を無くしてもこの先、生きて行く為に金が必要だという事は覚えていた。だから今回の化物退治と結婚指輪の奪還の仕事にラティナ一人は頼りないと思っているからリゼルも乗り出した。
「ありがとうございます。リゼル様はやっぱり優しいお方ですね」
「ん・・・・・・所でお前のその恰好は何だ?」
「ふぇ? あ~この恰好ですか」
今のラティナは、いつもの神官服の上に紺色のマントを羽織って、顔の上半分を覆い隠した金色の太陽を意匠にした仮面を被った姿をしていた。
「知事さんに頼まれまして太陽の神官の恰好をしているのです。今、オルタンシアでは伝統の仮面祭がやっておりまして陽光の精霊さんを呼んで天気を晴れにして貰うためのお祭りだそう。そして私は新郎新婦さん達を祝福する陽光の精霊さんの代わりに結婚指輪を渡す太陽の神官の役も承ったのです。ですから町に居る間はこの恰好のままで行かなくてはならないのですよ」
「はぁ~成程な・・・・・・」
つまり、オーロックの魂胆はラティナの人並み以上の美貌で婚約者が自分の娘から心替えさせないためだろうとリゼルは思い込み、ビスクをスプーンですくい上げて一口飲んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ラティナと朝食を食べ終えたリゼルは目的地の聖堂に向けて出発を開始した。
屋敷の外ではロトンが待っていた。
「聖女様、リゼルさん、おはようございます。今日は聖堂まで私が車で案内します。何しろ聖堂は町の外にありますから」
「う~ん・・・・・・ではお言葉に甘えさせて貰います」
「所で聖女様、車酔いの方は大丈夫でしょうか?」
「あ、はい、大丈夫です。酔い止め用の薬、飲んで置きますので」
「それなら心配する必要は無いでしょう。それと今朝、頼まれた物を用意しました」
ロトンは車から花束を取り出し、ラティナに差し出した。
「ありがとうございます」
「何で花なんだ?」
「それは知事さんから次の依頼を受けた後の事でした・・・・・・」
リゼルの疑問にラティナは花束が必要な理由を語り始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
話はラティナがオーロックから次の依頼を聞き、承諾した後までに遡る。
「あの~知事さん、もう一つお聞ききしたい質問が有りますがよろしいでしょうか?」
「はい、何でしょうか?」
「この国の教区長はいないのですか?」
教区長とは共和国外、つまり帝国領の容認地帯で理術使い達を取りまとめる神父或いは尼僧長の事だ。
「今更思い出したのですが、確か共和国領の外、帝国領の容認地帯の各国では教区長が必ずいて、依頼を受ける前に教区長から直接説明を聞いて受諾を受けるか受けないかを申し込む役目を担ってくれるのを聞いたのですが、そんな方がいないのはどうしてですか? それにこの国には他の理術使いがいないのですか? そもそもその人はこの六日、じゃなくて一週間何をしていたのですが? 何故、ジュリアさんがあの様な呪いにかかった時、すぐ共和国に知らせ様としなかったのですか?」
「そ・・・それは・・・・・・」
ラティナの多くの疑問を解消したい余りの質問責めに圧倒され、オーロックは答えるのも躊躇したが、やがて神妙の顔付きになって答え始めた。
「実は・・・教区長を含むこの町の理術使いは一人除いて全員お亡くなりになりました・・・・・・」
「えっ?」
町長が重々しい口調で語った事にラティナは衝撃を受けた。
「ジュリアが呪いにかかる前の日、八日前の夜、聖堂の寮に雷が落ちて火事となり、皆焼かれて死にました」
「そ・・・そんな・・・・・・精霊さんの声を聞き、自然を操る事が出来る理術使いが雷で皆死んでしまわれるなんて・・・・・・」
「理術使いとは言え人間ですから・・・こればかりは仕方が無いでしょう」
「それで先程の除いた一人とは誰の事ですか?」
「ポギーという若者で事故が起きる前の日、薬の材料を取りに行って帰りが遅くなった事で運良く事故から免れましたが次の日には行方不明となりました。まさか・・・・・・いや、それは無いな・・・・・・」
「まさか?」
「あ、いえ・・・こっちの話です。貴女が気にする事ではありません。とにかくこの国に居た理術使いは残らずいなくなり、お陰で後に現れた聖堂の化物を退治する事もジュリアの病を治す事も聖堂共和国に助けを呼ぶ事も出来なってしまい、最早、我々は運命の精霊様に祈りながらもう偶然でも良いから待つ位しか出来なくなってしまいました。そんな時に貴女様が来てくれた事がとても有り難い事なんですよ」
そう言ってオーロックの目から涙が流れていた。本当に嬉し泣きをする程本気に有り難く思っている様だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「・・・・・・と言う訳でこの花はお亡くなりになった人達を手向ける為に知事さんにお願いした物なのです」
「・・・そうか・・・・・・」
「さぁ、行きましょう。聖堂へ向かい、ディアボロスを浄化して結婚指輪も取り返して、ポギーさんも探しに」
「・・・・・・目的増えてね?」
こうしてラティナはリゼルと共にロトンが運転する車に乗り、オルタンシアの聖堂へ向かった。
「それにしてもオルタンシアは確かハイドランジアしか咲かないと聞いた事がありますが別の花が咲いているのですね」
オルタンシアの町中の途中でラティナは花束として束ねられたガリア大陸の春の季節にしか咲ない白い花を見てロトンに聞いた。
「はい。今、帝国では室内の気温を何時でも温暖や寒冷に変えられる冷暖房と呼ばれる機械や太陽の光の代わりとなる電光灯が開発されたお陰で稀に晴れる事の無いオルタンシアでハイドランジア以外の花が育つ事が出来る様になったのです」
「ふぁ~それはすごいですね。お日様の光が無くても春の花が育つ事ができるなんて」
「向日葵や薔薇等も夏にしか咲かない花も育つ事が可能です。正に帝国様々ですね。・・・・・・所でラティナ様、私からもお願いがありまして大変図々しくて申し訳ありませんが」
「はい、大丈夫です。私に出来る事なら何なりと申して下さい」
「いえ、大した事ではありません。ただ、依頼が終わった後で良いので私の娘に会って貰えませんか?」
「ロトンさんの娘さんにですか?」
「私の娘は自分も聖女になりたいと言い出す位、聖女様に憧れているのですよ。なので全てが終わったら一目だけでも良いから娘にラティナ様のお姿を見せてあげて下さい」
「分かりました。私で良ければそのお願い叶えてましょう」
ラティナは仮面越しの笑顔でロトンの願い事を承諾する。
「あ、ありがとうございます。娘も絶対に喜ぶと思います」
「喜ぶと良いですね」
三人を乗せた車はオルタンシアの町を出て雨が降り注ぐ森の中へ走って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
空は分厚い雲に遮られ、昼近くでも薄ら暗く、雨も未だに降り続けている中に白い石作りの精霊教会の聖堂が建っていた。
オルタンシアの聖堂は雨を防ぐ巨大天幕がある町の中ではなく、町の外に建てられているが、その見た目は雨によって不気味や哀愁を感じさせる物ではなく、壮大な美的印象は損なわれていなかった。正に結婚式場に相応しい場所であった。但し、本堂だけは。隣にある建物、教区長や理術使い達が寝泊まりする為の寮は今、落雷によって無残に焼かれていた。
「何でこんな所に・・・・・・こんな雨の中に建てているんだよ・・・・・・」
ロトンの車によって目的地の前に辿り着いた時、リゼルは、雨に打たれる居心地の良く無さに対しての不満と疑問を独り言に呟いた。
「当時の精霊教会の理術使い達が自然と共に生きる事を信条としているため、天幕のある町に住む事を拒み、この場所に住む事に選んだと言われています。決して我々は理術使い達と一緒に住む事は嫌と言う訳ではありませんので・・・・・・」
リゼルの呟きに対し、案内役のロトンが解説する。
「・・・・・・あそこに指輪を盗んだと言う化物がいるのか?」
聖堂の方に指差しながらロトンに聞くリゼル。
「はい・・・・・・」
「一体、どんな姿をしていましたか?」
「姿は・・・白い花嫁のドレスを着ていますが、足が無く・・・顔も目や鼻が無く・・・黒い歯が生えた大きな口だけの・・・・・・恐ろしい姿をしていました・・・・・・」
ロトンは身を震わせながら化物について説明をする。
「わ、私は、さっきも言った通り、戦いは出来ませんのでお二人の足を引っ張らない様にここで待ってます」
(・・・・・・要するに怖いんだな。まぁ、足手纏いは居ても困るし・・・・・・)
「私もその方が良いと思います。理術使いではないロトンさんはここで待って貰った方が私も安心出来ますので」
「すいません・・・・・・。ラティナ様、リゼルさん、どうかお気を付けを・・・・・・」
「はい。さぁ、行きましょう。
ロトンは入口の前で待つ事となり、ラティナとリゼルは聖堂の隣の寮の跡地へ進んだ。
かつて寮だった建物は、焼き付かれて残骸、石製の壁だった物と焼け焦げた木材の柱しか残っていなかった。跡地の中心には雷が落ちた跡と確実に思われる真黒い大きな焼け跡が在った。
「・・・・・・随分デカい雷が落ちたんだな・・・・・・」
「その様ですね。もしも~し誰が居ませんかー?」
今は二人以外、誰も居ない筈の跡地にいきなり呼びかけるラティナ。
「おい・・・いきなり何言ってんだよお前? まさか生きてる奴でもいるんか?」
「いえ、ひょっとしたら教区長さん達が幽霊になってまだここに留まっているかもしれないと思いまして」
「・・・・・・お前は幽霊が見えるというヤツか。ヤバい事言うな・・・・・・」
「だって何だか気になる事がありますから・・・・・・」
「気になる事?」
「はい。いくら雷に当たって火事になっても理術使いが皆そう簡単に死ぬとは思えないのです」
「そうなのか?」
「理術使いとなった者は人に寄りますが生命力や特定の属性に対する耐性が身に付きますし、例え火事であろうと理術を用いさえすれば水を操って消化をしたり、火を防いだりして生存する事が出来た筈、そもそもその日も雨が降っていたので火事も強く無く、寮もここまで焼かれる事もなかったでしょう、それが雷ひとつで寮がこの様に焼け崩れ、理術使いが全員焼かれて死んだ。つまりラティナ様は今回起きた事故は自然の落雷によるものではないとお考えですね?」
「はい。それです」
「そうか・・・つまり・・・・・・って誰だ⁉」
いきなり話に割って入った第三者の声がした方向へ向くリゼルとラティナ。向いた先には砕けて壊れた残骸の壁しか見えなかった。
「見えない所から失礼します」
残骸の壁の裏側から一人、フリル、レース、リボンで飾られ、両袖が手を隠す位長い洋服を着た、首まで揃えた長さのある銀色の髪をした十一歳位の少女が姿を現した。顔立ちは可愛らしい方だが、無表情で恐らく冷静な性格だろう。
リゼルは隠れては突然現れた銀髪の少女に警戒していつでも硬化して攻撃出来る様に構えた。対して銀髪の少女は胸元から上下左右それぞれに宝石と思わせるガラス玉が嵌め込まれた十字架の首飾りを取り出し、ラティナとリゼルに見せた。
「あ。それは精霊教会の聖印」
金色の十字架に上が緑、右に赤、左に青、下に褐色のガラス玉がそれぞれの色が異なる様に嵌め込まれていた物。それこそが精霊教会の使徒の証として与えられる聖印だ。
「もしや貴女は・・・・・・」
「はい、お初にかかります聖女ラティナ様。空の国アステリオスから来ましたアリアと申します」
アリアと名乗った銀髪の少女は二人の前に御直をしながら挨拶をする。
「アリアちゃんと言いますか。これはどうもご丁寧に」とラティナも御直で返した。
「私の事、ご存知の様ですか」
今のラティナの恰好は紺色のマントを羽織った太陽の神官のままだが、仮面は外して素顔を表していた。
「ラティナ様は聖女としても有名ですので」
「成程。あ、こちらの方は・・・・・・」
ラティナがリゼルを紹介しようとすると「リゼル・バーンだ」とリゼル本人から自分で名乗った。
「アリアちゃんはアステリオスからどうしてここに居るのですか?」
「私は巡礼の旅の途中で丁度この場所、オルタンシアの聖堂に辿り着いた所です」
「じゅんれい・・・て、何だ?」
リゼルがラティナの耳元に小さな声で聞いた。
「霊装を具現化出来る位になり、腕を認められた理術使いの人に下される、聖堂や聖地のある国を巡る修行の旅で、世の中の事を学び、見識を広め、より成長させるために精霊教会が定めたものです。・・・・・・所でアリアちゃんは歳いくつですか?」
霊装を具現が出来る様になったとしても過酷と知られる巡礼の旅にアリアの様な十代近くの少女を行かせるのはまだ早すぎる。しかし、低身長で年上のポリッチェを例に見た目が低身長なだけの可能性もあるのでラティナは聞いてみた。
「十歳です」
見た目通りだった。
「ふわぁ~、その若さで。もしかしてアリアちゃんは優秀な天才少女とかですか?」
「はい。確かに聖学園に居た時、周りからそう呼ばれた事もありました」
「すごいですね~。アリアちゃんはまだ子供ですのに」
「いえ、私より幼い頃から癒療師となったラティナ様に比べればたいした事ではありません」
「・・・・・・でも、私は巡礼の旅は・・・・・・そ・・・それよりもさっきの話の続きですかアリアちゃんはここで何をしていたのですか?」
「今日、巡礼の旅の途中でオルタンシアに辿り着いたのですが、泊まる予定だった寮があの有り様だったのでこの状況から見て気になって一先ず調べていた所です」
「気になる事?」
「先程私が言った貴女と同じ様に気になっていた事です」
「・・・・・・寮の火事は自然の落雷によるものではない・・・・・・と言う事ですか?」
「はい。とどのつまり、オルタンシアの理術使い達は事故で亡くなったのではなく、ディアボロスに殺されて魂を喰べられたと考えるべきでしょう。あくまで予想による仮説ですが」
そう言うとアリアの両手の間から赤い糸を玉にした物が現れた。
「それがアリアちゃんの霊装ですか?」
「はい。これが私の固有理術にして形にした霊装、《スレッドオブトレイサー》と言います。この痕跡を辿るのに適した能力が故にわたくしは“跡読師”の役割を与えられました」
「あとよみし?」
「その場にある物から答えを導き出すのが得意な理術使い、と言えば良いでしょう」
ラティナの問いに淡々と答えるアリア。赤い糸玉から糸に繋がれた藤色の宝石で出来た縫針、に似た振り子がまるで生き物かの様に、重力に逆らうかの様に出てきて、勝手に動き、聖堂の方へ向いた。
「聖堂の方から魔力を感じます。恐らくあの中にディアボロスが・・・・・・」
「では教区長さん達はやはり聖堂に居るディアボロスに殺されたのですが?」
「それは先程も言った様にまだ分かりません。結論付けるのはまずは直接見てからでないと何とも言えません。そう言えばラティナ様達もとうしてここに来たのですか?」
「それは・・・・・・」
ラティナはアリアに自分達がオルタンシアに来た時、町長の娘が火を噴く奇病にかかり、その人に呪いをかけた犯人が聖堂に立て籠もっているディアボロスだと思われ、そいつを退治して聖堂と結婚指輪も取り戻す依頼を受けている事を話した。
「話は良く分かりました。それでは私もラティナ様のお手伝いをします」
「え、お前が仲間になるのか?」
「当然です。私も理術使いの端くれです。ディアボロスを退治するのも理術使いの役割ですので」
「それは心強いです。よろしくお願いしますね、アリアちゃん」
「おい、大丈夫かよ・・・。知らない奴なんかと一緒で・・・・・・なんか怪しいぞ・・・・・・」
リゼルとしてはいきなり現れて同行しようとするアリアの事、警戒をしていた。
「私としては貴方が怪しいと思っていますが」
アリアはリゼルの声が聞こえていた様だ。リゼルはアリアを睨み付けた。そんなリゼルにラティナは宥めた。
「ま、まぁまぁ・・・・・・。大丈夫です。アリアちゃんの持っていた聖印は精霊教会の理術使いの証で間違いなく本物みたいです。それに私の名を知っていたのは、実は共和国では私の名は沢山の人達に知られているみたいです。それとアリアちゃんは間違い無く霊装を出せるみたいです。霊装を出せる人には悪い人はいません」
自信満々の笑顔で答えるラティナ。
「・・・・・・あ・・・そう・・・・・・はぁっ・・・・・・」
リゼルは肩を落としてため息を吐き、これ以上反論するのを諦めた。
「それでは聖堂の中へ入りましょう、リゼルさん、アリアちゃん」
こうしてラティナとリゼルにアリアと名乗る不思議な少女が仲間に加わり、ディアボロスが住み着いている聖堂へと歩き出した。
続きが気になる人はポイントか感想をお願いします。
今回は謎の新美少女キャラ、アリアが登場。彼女の実力は次回のディアボロス戦で明らかになります。
お楽しみに。