プロローグ
この世界にはニ種類の人間が存在し、それぞれ二つの大国に分かれて住んでいた。
一つは“理術”と呼ばれる自然を愛し、自然界の理を司る精霊と心交わした者のみが自然を操る事ができる特別な力を持った人間達が“遥かなる天界”からの守護者“天使”に護られながら条件の掟たる“精霊の約束”を守り、他の生き物達と共に生き、平等主義を掲げ、平和に暮らす国連大国、“聖共和国”。もう一つは“精霊の約束”を反して“理術”を持たなき人間達が集まり、世界最大の軍事力と“科学”から生み出した機械の力で高度な文明を築き上げた、欲望が渦巻く国家、“大帝国”がそれぞれの領域に発展していた。
しかし、帝国の人間達は“理術”を操れる人間を嫉妬し、恐れ、目の敵にし、弾圧して領土を奪い取ろうと侵攻して来た。争いを好まない共和国の理術使い達は領土を明け渡し、機械の力でも通る事が出来ない超自然による危険区域の奥にある“聖域”と呼ばれる辺境の地へと避難した。
こうして二大国の戦争は回避されたが、繁栄した文明の影に滅びをもたらす邪悪なる闇が育んでいた。
これから語られるのはこの厳しく残酷な世界を癒しと優しさで救おうとする聖女と悪魔の力に手を染め、かつて人類を滅ぼそうとした破壊者による善意と愛の物語。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一面は廃墟と燃え上がる火の海。
その中に空を飛び、背中に白く輝く翼を持った黒い長髪の女性と黒鉄の如き肉体の表面上に血管と思わせる様な紅く光る筋の紋様が、左手の甲、胸、腹、脚に紅い丸を中心に紋章らしきものが走っている、紅い眼光をした巨大な怪物が戦っていた。
怪物の鋭い牙を生やした巨大な顎から全てを溶かし、焼き尽くす高熱の黒い炎が大きな音と共に吐き出された。
「……君‼ もう止めて!!」
黒髪の女が吐き出された炎の音に遮ながらも大きく叫んだ。
『黙レェ!!』
黒き怪物の怒りと憎しみを含まれた咆哮が轟き上がった。
怪物の熱を帯びた巨大な爪が空を飛ぶ黒髪の女に目掛けて振り下ろされた。
黒髪の女は白い翼の左の片方を大きくさせて巨獣の爪による攻撃を受け止めた。
『俺ハ人間ヲ赦サナイ!! 俺ヲ苛メ、裏切ッタ人間達ヲ赦サナイ!! 殺シテヤル!! オ前モ!!』
怪物が体から周囲の空気を歪ませる程の熱量を上げて、血の様に紅い瞳で睨みつけて、再び、顎から黒い炎を吐き出した。
凄まじく噴き出された黒炎が空に浮かんでいた白く輝く女を呑み込んだ。
全てを吐き終え、黒炎が消えた後、黒髪の女の体は残っていた。だが、体の至る所に負った黒く焦げた火傷と白い翼が溶けかかっていた。
女の白い翼は雪で出来ているため、体を覆い、卵状となって黒炎を防いだが、完全に防ぐ事は出来なかった。
（……駄目だわ……。彼はもう怒りと憎しみに囚われている……。私じゃ……彼を癒す事が出来ない……）
眼から涙が流れ出た。
（私じゃ聖女の力を完全に出す事は出来ない……。今の私なんかじゃどうすれば良いのか分からない……。私は成り損ないだわ……）
高熱を帯びた巨獣は、元は人間だった。彼は部下に裏切られ、同じ人間に対する怒りの炎を増してしまった。最早、好意を抱いていた筈の彼女の声も届かず、彼は完全な怪物へなってしまった。もしも、彼が裏切れた後、怪物になる前に、彼にかける言葉が慰めの言葉だったら、聞く気になったかもしれないだろう。
彼はあの日に起きた事件から変わり果ててしまった。
彼女も守るべき筈の一部の人間達に裏切りを受けていた。彼女に死を望む者の策略によって味方と分断されてしまって、今、たった一人で彼と戦わざるえざれない状況になっていた。
（あの時だってそう……あの時、私が彼を怖からず、手を差し伸べて止めておけばこんな事には……）
彼女が後悔の念に沈んでいると突然、脳内に彼を止める術が思い浮かんだ。否、魂の底から術を思い出した。
（もう…これしかない！）
彼女は思い出した術を使えばどうなるか知りながらも彼のために使うと決めていた。
彼女の雪で出来た白き翼をはためかせては風を起こし、雪を飛ばし、怪物の巨体をも吹き飛ばす程の吹雪と化した。
巨獣は凄まじき吹雪に押され、広大な湖まで吹き飛ばされた。
吹雪の勢いは止まらず、巨獣を回り囲んで竜巻となり、沈んでいく体を雪で覆っていく。
黒髪の女性が吹き荒れる雪の竜巻の中を平然と進み、白に染まっていく黒き怪物の顔に近づき、細い手が怪物の顔に触れる。
「……君……一緒に眠りましょう……」
そして、後に”白き聖女”と”紅黒の魔獣”と呼ばれた二人の戦いの舞台となった場所は白く染まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
むかしむかし、あるところに生まれた国ではたいへんめずらしい赤い目をもったひとりの少年がいました。
その少年の心は優しいがとても弱く、怒りっぽいが泣き虫でした。
まわりの子どもたちは彼の赤い目と反応をおもしろがって少年を毎日のようにいじめました。
そのため、少年の心に闇がめばえ、背が大きくなるとともに闇も大きくなっていき、人をうたがうようになりました。
そして、ある日におきた二度のケンカによって少年の心の闇が炎となり、自分の親をふくめたすべての人間を信じなくなった時、赤い悪魔があらわれ、彼にささやきました。
『お前のもつ”大切なもの”を捨てろ。そうすればお前に人間以上の力を与えよう』
少年は答えました。
「良いだろう。こんなもの、邪魔なだけだ。捨ててやる」
こうして”大切なもの”を捨てた少年は赤い悪魔によって誰もが恐れる魔獣となり、自分をいじめた子どもに仕返しをした後、世界中の人々を滅ぼそうとしました。
のちに聖女の力を目覚めた幼なじみの娘と戦いあい、ともに氷の下へ眠りにつきました。
そして、二年の月日が流れました。
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次から第１章の始まりです。
