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その㉕

「てめえ…、何しやがる」

「ふざけんのもいい加減にしろよ…」


 こいつの鼻先を殴った拍子に、拳の皮が裂けた。血がだららだと流れ落ちる。

 オレは地面に滴る赤い液体を見つめながら、酸欠で震える身体に鞭を打って言った。


「茜は…覚えちまったんだ」

「ああ?」

「親の死を…、覚えちまった。血の生温かさを…、覚えちまった。あの馬鹿犬とじゃれあって笑い転げる茜が…、天野さんに新しい服買ってもらって喜ぶ茜が…、美味しい食べ物に涙を流す茜が…、あんな…っ! きたねえもんを! 覚えちまったんだぞ…!」


 背後の茜が「かつ兄…?」と、怯えた声を上げた。

 オレは振り返らず、きっと竹下俊を睨む。


「茜に幸せが待ってるだと? 馬鹿も休み休み言えや! こいつは一生、町の人間を騙した罪と、親の死体を頭に焼き付けて暮らしていくんだぞ!」

「だから…、その程度」

「てめえなんぞと一緒にすんな!」


 喉が張り裂けんばかりに叫んで、一歩踏み出す。


「七歳の茜に…! あんなおぞましいもん見せやがって! てめえみたいに、頭のねじがぶっ飛んだ人間と、一緒にすんな!」


 オレの叫びに、竹下俊は肩を竦めた。

 鼻を伝う血を拭い、猟銃を杖代わりにして立ち上がる。


「おーおー、そりゃあ、ご立派なことを言うね。これだから餓鬼は嫌いなんだよ。理想と現実のすり合わせができてないっつーか」

「へっ! オレは四十四歳だっつーの。このクソガキ!」

「なんだ? 頭のねじぶっ飛んでんのか?」

「ぶっとんでなきゃ、三十年も不老不死やってねえよ」

「はいはい、偉い偉い」


 竹下俊はガキに言いきかせるかのように、オレに銃口を向けた。

 オレはひるまず啖呵切った。


「撃ってみろよ。町に響くぜ。どうせ、狩猟許可なんて取っていないんだろ?」

「お、よく知ってるね」


 竹下俊が、銃口を一閃する。

 次の瞬間、頬に熱いものが走った。

 オレは小さく呻くと、熱湯に触れたみたいにして後ずさる。

 反射的に頬に触れると、手の中に生暖かい液体がこびり付いた。


「な…!」


 切れている?


 顔を上げると、猟銃を振り上げた竹下俊がいた。


「うわ!」


 オレは茜を抱きしめると、とっさに横に転がった。

 斜面を重力に従って転げ落ち、地面から突き出ていた岩にぶつかって止まる。


「かつ兄…」

「茜! 離れてろ!」


 立ち上がる。

 竹下俊は猟銃を肩に担ぎ、悠々とオレたちがいる方に下りてきていた。

 オレの頬の傷を見て、満足げに笑う。


「いいだろ? 少し改造したんだ」


 そういって、竹下俊は薄明りに猟銃の銃口を照らした。

 銃口の先…、黒い筒の上部に、月の光のように薄い…刃。


「っ! 銃剣か!」

「正解。なんだ、よく知ってんな。てめえもしかして、戦争の話とか興味あったりする?」

「ねえよバカ」


 なるほどね。

 オレのことを殺したくても、撃てば銃声が響く。それは、竹下俊にとって避けたいこと。猟銃ちらつかせて脅しているだけかと思っていたが…、銃口に刃を取り付けて近接の武器にしやがったのか。

 どうする? 逃げるか? 


「逃げても無駄だぜ」


 竹下俊はオレの心を読んだように言った。


「オレはガキの頃から山の中に入っているんだ。中学になれば、親父から猟を教えてもらっている。てめえらなんぞ、すぐに見つけられるんだよ。それに、オレには猟犬が付いている。てめえの馬鹿犬とは違う、臭いを感知できるやつさ。おっと…、さっきオレが切り殺しちまったんだった」


 オレは傍で死んでいる、竹下俊の猟犬を横目に言った。


「関係ねえさ。となると、オレはてめえをぶっ飛ばさないとだめってわけだ」

「できるもんならやってみろよ、クソガキ」

「やってやろうじゃねえか、クソガキ」


 クソガキ同士の言い合いの後、オレは落ち葉を踏みしめて走り出した。


「逃げるのか?」


 茜そっちのけで、竹下俊がオレを追ってくる。


 弾が飛んでこないと分かれば、今度は刃を警戒すればいいだけだ。一定の距離を取って、隙あらば踏み込んでいく。大丈夫、オレは不老不死だ。多少切り付けられたってすぐに治る。ひるまずにいけ!


 天野さんとの旅で鍛えた脚力で、前方にあった木に飛び移ると、腕力と体重移動で、太い枝の上に飛び移る。


 そこから、さらに跳躍して、隣の木の枝に飛び移った。


 さらに、隣の枝に。

 さらに、隣の枝に。


「くそ! 猿みてえに!」


 竹下俊が苛立った声を上げる。

 いまだ!


「食らえや!」


 オレは木の枝しなりを利用して跳躍すると、竹下俊にとびかかった。

 身体を捻り、体重を乗せ、一撃ですべてを終わらせるという思いを一心に、食らわせる。


「おらあ!」


 渾身の蹴りが、竹下俊の胸に直撃した。

 めりめり…と、足に奴の身体が軋む感触が残る。それでも、一ミリの躊躇も同情も抱かず、撃ち抜く。


「はあっ!」

「ぐうっ!」


 勢いを殺しきれなかった竹下俊は、一メートルほど吹き飛び、地面の上に背中をたたきつけた。

オレも、うまく着地することができず、三回落ち葉の上を転がる。だが直ぐに立て直し、呻いている竹下俊に追撃を噛ましに走った。


「泣いて詫びろや! このクソガキ!」

「バカかよ!」


 竹下俊が猟銃を振り上げる。

 銃口の先端に取り付けてあった刃が、オレの右目を掠めた。

 途端に、視界の半分が赤く染まった。



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