その㉔
「てめえが、茜の親父に猟銃を貸したんだな」
「…そうだよ」
竹下俊が頷く。
オレはつづけた。
「もし、あの殺人現場に、猟銃が残されていたら…警察に、てめえと茜の親父の関係を疑われる。だから、あの場から逃げる際、てめえは猟銃を持って出なければならなかったんだ。もちろん、それを使って親父を殺すつもりも、天野さんを殺すつもりもなかった。なぜなら、銃声が響くから。それに、傷跡から銃の種類が特定されるからな」
だけど、あの時、銃声が鳴った。
「逃げようとしたとき、てめえは天野さんと鉢合わせた。そして、とっさに彼女をその猟銃で殴った。その時に、衝撃で暴発したんだろ? だから、天野さんは撲殺されたってのに、あの場で銃声が響き渡ったんだ」
「おうおう、すごいねえ、よくわかったねえ」
「探せばあるだろうな。地面深くに食い込んだ、その猟銃の弾が…」
オレが話し終えると、竹下俊は猟銃を脇に挟み、手袋をはめた手で拍手した。
「いいじゃないか。そこまで気づけたなんて」
「……」
「だけど…、少し遅かったな」
何処かでカラスが鳴いた。
「そうだよ。新崎を殺したのはオレさ。表向きでは、オレは、親父が新崎に騙された哀れな奴ってなっていたが…、実は違う。オレと新崎は裏で繋がっていた。オレの親父をそそのかして、土地の売買に漕ぎつけ、二束三文で土地を奪った。奪った土地は別の人間に売り払って、そこそこの金を得ていた」
「…殺した理由は?」
「そんなのわかるだろ? 分け前で喧嘩したんだよ。あいつ、オレのおかげで大金せしめたってのに、欲が出たんだろうな。だから、殺したのさ」
竹下俊の口元が裂けるみたいに、にいっと吊り上がった。
「殺しても疑われない、良い材料があったんだよ」
その言葉に、オレの背中に隠れていた茜の肩が跳ねた。
竹下俊が、猟銃の銃口で茜を指す。
「新崎の娘だ。こいつを犯人に仕立てようとしたんだよ。こいつは親父に日常的に暴力を振るわれ、町の人間にも腫れ物扱いされている。こいつが親父の死体の前に突っ立って、『私が殺しました』って言えば…、誰もが信じるだろう?」
「じゃあ、やっぱり。茜は、親父を殺していないんだな」
「おっと、それはどうかな? 確かに、刺したのはオレだが…、抜いたのは茜だぜ? だからだよ。あの時、オレに返り血が付いていなかったのは。まあ、そうなるように仕掛けたのはオレだけど」
「……もう一つ聞きたい。ほかの二人、西城秋江と、棚村太一との関係は?」
「顔見知り程度さ。あいつらの存在は、本来オレの計画の中にはなかった。だが、新崎と、その娘と一緒に家に入った時、気配を感じてな。オレ、猟をやってるからわかんだよ。仏間と、箪笥の中に隠れているのはすぐにわかった。だからと言って、計画を中断するオレじゃねえさ。すぐに頭を回して、あの二人を証人にする計画を立てたんだ」
「……なるほど」
「なるべく、オレの存在を隠れている奴らに悟られないようにしながら、オレは新崎と酒を飲んだ。そして、酒に睡眠薬を混ぜて…、眠らせた。この時はすでに深夜の四時だったな。眠っていたのは新崎だけじゃなくて、隠れている奴らもだったよ」
まあ、そんなことはどうでもよくて。と言って、竹下俊は続けた。
「オレは、眠っている新崎に、ナイフを刺した。もちろん、悲鳴を上げないよう、口には猿ぐつわをしていた。少し暴れられたが、まあ、オレの力で十分押さえつけられたな。後は簡単さ。茜に、犯行を自供するように言いつけて、オレはバレちゃまずい猟銃を持って逃げるだけ。あの日、こいつがガールフレンドと約束していたからな、夜が明ければ、そいつがこの家を訪ねるだろうし、茜が『自分が殺しました』って言えば、みんな納得するだろう? 隠れていた棚村太一と西城秋江だって、面倒ごとに巻き込まれなくないから、例え爆睡をかまして眠っていたとしても、『新崎の娘が殺すのを目撃しました』って証言するはずだ」
「なるほどな。だけど…、計画が狂ったんだろう?」
オレの言葉に、竹下俊は天を仰いで笑った。
「そうだなあ」
竹下俊の誤算。
それは、天野さんだった。
「オレが家を出た瞬間、そこに女が立っていたんだよ。マジでビビったわ。ビビッて、持っていた猟銃で殴ったよ。そうしたら、新崎の馬鹿…、弾を装填したままにしてて…暴発しちまったんだ」
「それが、オレが聞いた炸裂音か」
「まあ、それでも、すぐに逃げればいい話だった。だがなあ…、道の向こうからガキと犬が近づいてきているんだよ。こりゃまずい。今、姿を見られるわけにはいかない」
肩を竦める。
「だから…、計画を変更した。オレもあの部屋に戻って、西城秋江や、棚村太一らと同じ、空き巣に成りすましたんだよ。持っていた猟銃は、押し入れの床板を外してそこに隠した。そこには、新崎の脱税の金も隠してあったんだが、杞憂だったな。ただの殺人事件に、警察はそこまで調べなかったよ。まあ、それはどうでもよくて…、案外早かったな。てめえ、犬と一緒にいたから、匂いで勘づかれるかと思ったが…、馬鹿犬で助かったよ。警察犬みたいに、はっきりとした区別はつかんらしい」
ジャコッ!
と、弾を装填するような音が辺りに響いた。
竹下俊の目が鋭く光り、黒い銃口がオレに向けられる。
「さあ、話はお終いだ」
「…オレを、殺すのか?」
「別に、てめえが犬みてえに利口だったらそんなことはしねえさ」
茜が、オレの背中にしがみついた。
「かつ兄…、もういいよ。抵抗はやめて。これでいいんだ。私が犯人だって言えば…、私は幸せに暮らせるんだから」
幸せに…暮らせる?
オレがふと茜の方を振り返ると、笑みを含んだ竹下俊の声が聞こえた。
「だってそうだろう? オレは新崎を殺して、大金をせしめた。約束だったんだよ。茜は罪を被る代わりに、少年法で出所したのちの生活を、オレが保証するってな」
「…そんな約束をしていたのか」
だから茜はずっと、壊れたレコードみたいに、「私が殺した」と証言していたのか。
竹下俊が、茜に手招きをする。
「おら、茜。こっちに来いよ。一緒に警察に行こうや。でもって、あの馬鹿どもに証言しろ。『私がやりました』って。なに、てめえは未成年だからな、すぐに出てこられる。その後は、オレが支援してやるよ。親父から奪った金で、そこそこ幸せな暮らしをさせてやるさ」
「お願い、かつ兄」
茜が懇願する。
「これでよかったの。私には、こうするしかなかったの…。嫌だったよ。確かに、お父さんが死ぬのは見たくなかった。だけど…、これで…、痛いのとか、悲しいのとかから解放されるなら…、それでいいと思ったの」
だから、お願い。
茜の目からボロボロと涙がこぼれた。
「もう、私に構わなくていいの。この話は…、忘れて…」
「………」
「って、言っているぜ?」
気が付くと、すぐそこまでに竹下俊が近づいていた。
「確かに、いい方法じゃねえよな。だけど、こいつにとってはこれしかなかったんだよ。ほら、『必要悪』ってやつだよ。一人の幸せのために、一人の悪を殺したんだ。もちろん、悪は茜の父親のことだ。あいつはろくでもない男だった。女たらし、暴力男。バカなくせして、金が絡むと妙に頭が切れる。生きていて価値がない。むしろ、この町に害を与えていた…。死んで当然ってやつさ」
「…じゃあ、てめえはどうなんだよ」
「あ?」
「小さなガキの人生めちゃくちゃにしようとした、てめえはどうなんだよ?」
オレは茜を庇うようにして振り返り、竹下俊を睨みつけた。
「てめえこそ、『悪』だろうが…!」
「ああ、悪だよ」
竹下俊はあっさりと認めた。
「だけど、人間、そんなもんだろ? 法律を守っているから、この世界の人間は不自由で貧乏なんだよ。欲しかったら奪えばいい。奪いたかったら殺せばいい。オレは欲望に忠実なのさ。それに、オレは別に、茜の人生をめちゃくちゃにしたとは思っていねえさ。こいつは、暴力を振るう父親を失くし、将来はオレの支援が待っている。むしろ、ここから人生が輝くとは思わないか? 茜もそう思っているはずだぜ?」
「本気で言ってんのか?」
「ああ、本気だよ」
「ああ、そうかよ!」
ゴキッ!
と、鈍い音が響いた。
オレの拳の中に、鈍い痛みが走る。
竹下俊が「ぐへえ!」と、猫が踏みつけられたかのような悲鳴を上げてのけぞる。そして、朝方の湿った土の上に、背中を打ち付けて転んだ。
「てめえ…、何しやがる」
「ふざけんのもいい加減にしろよ…」