その㉒ 解決編
木陰に身を隠し、じっとしているうちに眠っていた。
肌寒さから目を覚ます。
東の空がうっすらと青くなっていて、辺りの木々の輪郭を淡く照らしていた。まだ互いの顔がはっきりしない、早朝の景色。息を吸い込めば、肺がすっと寒くなった。
オレの腕の中で、茜が眠っていた。その体温を感じながら顔を上げると、丸くて黒い影が、オレたちの方をじっと見つめていた。
「………」
獣臭。
ああ、山に住むイノシシか。
オレが身構える。
襲ってくるのかと思いきや、イノシシは踵を返して奥の闇に消えていった。
「……」
襲われなかった。
よかった。
身体の力を抜いて、また眠りにつこうとする。
その瞬間、違和感がオレの身体を駆け抜けた。
「え…?」
イノシシ?
イノシシが現れたことに疑問を抱いたのではない。オレたちが潜伏しているのは山だから、イノシシや猿の類が現れたってなんら不思議なことは無い。
そういえばどうして…? どうしてあの家に…、「イノシシの肉」があったんだ?
そうだ…、よく考えてみれば、茜の親父の家の冷蔵庫には、イノシシの肉が置いてあった。しかも、丸々…。防腐処理も、臭みも消していない、皮を剥いだだけの肉だ。
あんな雑な処理をされた肉を、肉屋で買えるか? っていうか、イノシシの肉自体、肉屋で扱っているものじゃないだろ?
どうして…、あの家には、イノシシの肉があったんだ?
考えられるのは二つ。「茜の親父本人が狩った」。または、「猟師に譲ってもらった」か。
前者について考えてみる。
話によると、人を騙し、脅すことが好きな放蕩男だ。そんなろくでなしが、狩猟免許を取ることができるか? ってか、どうやって、イノシシを狩った? まさか、素手じゃあるまい。となると「猟銃」しかない。
じゃあ、その猟銃はどこから手に入れた?
誰かが…、「猟銃を譲った」のか?
「……」
眠気が一瞬にして消え失せた。
あの時、オレとマサムネが聞いた、何かの炸裂音。あれが、猟銃の銃声だったとすると…、犯人は猟銃を持っていた。おそらく、あの家を出て天野さんと遭遇した時のことだろう。でも、どうして猟銃を持って出た?
簡単だ。あの家に猟銃があるのを見られると、都合が悪いからだ。
となると…、犯人は…。
茜の親父とつながりがあり…、猟銃を所持することが許されている人間。
「………」
次の瞬間、オレと茜の前に黒い影が立った。
また…、イノシシ?
いや、違う。イノシシにしては線が細い。
これ…、犬か?
「おい! マサムネか?」
そう言った瞬間、黒い影が「ウワンッ!」と吠えて、襲い掛かってきた。
「うわ!」
オレは腕の中の茜を突き飛ばすと、犬の大顎を受け止めた。
ゴキンッ! と、鋭い牙が薄い肉を貫き、骨に食い込む。
「おい! マサムネ! っじゃない!」
この臭い…、マサムネの匂いじゃない! マサムネはトリミングを受けてもっと清潔な匂いだった!
じゃあ、なんだよ、この犬!
「くそ! 放せ…!」
オレの腕から血が滲む。
肉を抉られる痛みに耐えながら、犬を投げ飛ばそうと息を吸い込んだ。
その瞬間、犬の背後…つまりオレの前に誰かが立った。二足歩行の人間だ。
「え…」
「見つけた」
ヒュンッ! と空を裂く音。
それと同時に、犬がオレに覆いかぶさる。喉に噛みつこうとした瞬間、「きゃいん!」と鳴いて、横に転がった。
「え…」
「ちっ! このバカ犬! 押さえておけよ!」
薄暗闇の中目を凝らすと、倒れている犬の首が裂けて、そこから黒い血が流れ出ているのが分かった。なにかナイフのようなものを振った拍子に、犬が大勢を変えたから、代わりに斬られてようだ。
「か、カツ兄…」
転がった茜が、不安そうな声を上げる。
オレの目の前に立った男は、舌打ち交じりに、持っていた長い棒のようなものを振り上げた。
振り下ろす。
「くそ!」
オレはまだ起き切っていない体に鞭を打って下がった。
「茜! こっちくんなよ!」
オレは茜そう指示を出すと、突然襲い掛かってきた男と対峙した。
東の空から、月の明かりのような光が差し込み、男の顔を淡く照らした。
そいつは、竹下俊だった。




