その⑲
「ん? どういうこと?」
オレの話に、駆け付けた中年の巡査は眉間に皺を寄せた。胸の名札には、「笠野」とあった。
「もう一回整理するよ? キミと、その天野って女の子は、この町に旅でやってきたんだよね? キミが夜明け前に、この新崎の家に向かうと、玄関前でその天野って子が倒れていて…、庭に面した和室では、新崎が刺されて死んでいたと。そして、その娘である茜ちゃんが、ナイフを持って立っていた。押し入れ、箪笥、奥の仏間からは、空き巣が見つかったと…」
笠野巡査は、「ふむふむ」と頷きながら、手帳にオレから聞いたことを書き記した。
「意味が分からないね」
「オレだってわかりませんよ」
日は高く上り、庭にはぽかぽかとした空気が立ち込めている。
笠野巡査は手帳をぱたんと閉じると、制服のポケットに押し込み、ため息とともに肩を竦めた。
「しかし…、どうして通報しなかったんだい? キミの話からすると、新崎の死体が発見されたのは、早朝だそうじゃないか。これ、アウトだからね」
「いや…、確かに、通報しなかったけど…」
庭の岩に腰かけてマサムネを撫でている女を恨めしそうに見た。
あの女がこの家に来なけりゃ、もう少し調査できたってのに。
話によると、あの女は、茜の親父のガールフレンドだそうだ。昨晩、新崎と会う約束をしていたが、来なかったため、翌朝に気になって訪ねたところ、死体を発見したらしい。
「わかるでしょ? このままじゃ、茜が殺したことにされるでしょうが。だから、もう少し調べてみたかったんですよ」
「いや、あの娘さんが殺したんじゃないのか?」
笠野巡査は茜が犯人だと決めつけていた。
「あの子、返り血にまみれていたじゃないか。あれはもう、殺したとしか言いようがないね。あーあ、未成年の犯罪かあ…、こりゃあ、この町も有名になるだろうな」
けだるそうな声。
殺人現場となった和室の方から、「あー、やっと解放された」「これ、お尻が痛かったのよね」「いやあ、疲れましたね」という声がした。
振り返ってみると、もう一人の巡査によって縄を解かれた空き巣三人組が、晴れ晴れとした様子で庭に降りてきた。
笠野巡査が言う。
「まあ、わからんでもないよ。キミと新崎の娘がどんな関係か知らないけど…守りたかったんでしょ? だけど、自分で解決しようとするのと、いくら容疑者でも拘束するのはよくない。下手すれば監禁罪に…」
「いまはそんなことどうでもいいですよ」
オレは笠野巡査の言葉を遮ってから言葉を継いだ。
「さっき言った通りです。茜は犯人じゃないと思っています。多分…、あの三人の誰かだと…」
「うーん…、まあ、言いたいことはわかるんだけど…」
めんどうくさそうな声。
オレは横目で、笠野巡査の顔を見た。ああ、明らかにめんどうくさそうな顔だ。「新崎の娘は返り血を浴びて、そして『私がやった』と証言しているのだから、それ以上詮索する必要ないじゃないか」って言っているようだった。
笠野巡査はため息をつくと、オレの横を通り過ぎて、空き巣三人組の方へと歩いて行った。
「まあ、本部から応援が来るまでの間に聞いておくけど…、キミたちは本当に、新崎の殺害に関与していないんだね?」
「はい! していません!」
竹下俊が力強く宣言した。
「ええ! してないわ!」
西城秋江が続けた。
「はい、もちろん、していません」
棚村太一が穏やかに頷く。
三人、声をそろえた。
「「「潔白です!」」」
「いや、あんたら不法侵入だからな」
笠野巡査はそう突っ込んでから、顎で門の方を指した。
「とにかく、応援が来たら、一緒にパトカーに乗ってもらうからね。殺人事件のこともあるけど、主に、空き巣の件について。まあ、その様子じゃ何も盗っていないだろうから、問われるのは不法侵入だけだろうけど」
「ええ!」
「もちろん!」
「償いますとも!」
殺人事件の方ではなく、空き巣の方で咎められることが濃厚になった三人はどこか調子よかった。
ギシ…と木が軋む音がして、血まみれの茜が和室から出てきた。明るいところに出ると、彼女の目の虚ろさや、黒く変色した血のシミが一層目立って見える。
笠野巡査が歯切れ悪そうに言った。
「ああ、茜ちゃん、こっちのおいで。キミも、おじさんと一緒に警察に行って事情を聞かせてもらうからね」
キミの方は、殺人の方だけど。と笠野巡査は付け加えた。
茜は聞き分けがいいと言うか、機械のように、「わかった」と頷いた。裸足のまま庭におりて、とことこと俺たちの方へと近寄ってくる。
「茜…」
オレは茜の頭を撫でた。
「おい、そろそろ本当のこと言えよ。お前…、何を隠している?」
「私が…殺したの」
「そう言われて、信じるわけないだろうが…」
「ううん、私が殺したの…」
その言葉だけを、ひたすらに繰り返す茜。
まずいな…、このままじゃ、茜は警察に連れていかれる。そして、父親を殺したこと前提で取り調べられるんだ。
「くそ…、頼むよ茜…」
苛立ちを隠しきれないでいると、庭を囲む塀から声がした。
「あ! 見えたわよ! ほら、あそこに新崎の娘が!」
「あらやだ! 本当だわ! しかも血まみれ!」




