その⑨
オレの村人からの嫌われようは、尋常ではないものだった。
ただ路地を歩いているだけで、「帰れ」「あっちいけ」「疫病神が」の三拍子。傘でも差していないと、この暴言の雨からは逃れないだろう。
ったく、オレが何したってんだよ。
ただ、親父がバニバニ様っていう謎の神様をでっち上げて、村人から謝礼金、研究費をだまし取っただけじゃんかよ。その金だって、嘘がばれた時には全額返済されているんだ。親父のことを嫌うのはいいとして、無実な息子を迫害するのはいかがなものかな。
「大変よねえ」
オレの心情を察してか、旅人の天野さんはしみじみと言った。
「わかるわ。あんたの気持ち。昔は村八分とか普通に行われていたからねえ。今はマシになったとは思うけど…」
「仲の良かった同級生までこれだよ。親父が詐欺師だとわかった途端、手のひらを返してオレの敵になりやがった」
もうクルックル。回転しすぎて、手で鉱山彫れそうなくらいの裏切りだったな。
「まともに付き合ってくれるのは、俊介だけだな」
「俊介って、さっき一緒にいた子?」
「あいつ。幼い頃から、一緒に過ごしてきたからな。アパートの上の階なんだよ」
「ふむ」
オレの隣の天野さんは、適当な相槌を打った。
彼女が歩く度に、握っていた錫杖がシャランと澄んだ金属音を立てる。春風が彼女の着物の裾を揺らした。
「天野さんは、何処から来たんだ?」
「うーん、よく憶えていないのよねえ、特に、あの頃は地図も無い時代だったし…」
「何言ってんの?」
この人、時々時代錯誤なことを言うよな。
「まあ、私のことはどうでもいいわ。バニバニ様が嘘だってわかったんだから、この村に留まる理由も無くなったしね」
「あんた、考古学者か何か?」
「そういうわけじゃないけど、不老不死について調べながら各地を旅しているわ」
「暇なんだな」
「まあ、暇ねぇ、私の場合、時間は無限だから」
「なに言ってんの?」
この人、さっきから変なことばっか言っているな。
通りすがりの村人たちから、恨みの籠った視線を向けられ、時には水を引っ掛けられたりしながら、オレは現在暮らしているアパートへと辿り着いた。
外観は比較的綺麗な方で、三階建て。部屋もそこそこ広い。しかし、すぐ近くに墓があり、周りを藪や肥え臭い田園に囲まれているので、家賃はこの村の中でもかなり安い方だった。
赤錆だらけの階段を上り、「二〇二号室」と書かれたプラ板が貼られた扉の前に立つ。元は牛乳みたいな色をしていたらしいが、経年劣化のせいで、ミックスオレみたいな色になっていた。
「ここまででいい。蜜柑ぶつけて悪かったな。ぶつけたのは俊介だけど」
そう言って振り返る。
天野さんが、眉間に皺を寄せて扉を睨みつけていた。
「天野さん?」
「………」
オレが話しかけても、天野さんは反応を示さない。まるで心をどこかに置き忘れたかのように、ひたすらに扉を見つめている。
彼女の魂胆を何となく予測したオレは、厳しく言った。
「茶なら出さねえぞ。ってか、オレの家、そんなに金無いし」
「いや……」
天野さんの表情が、何かを確信したように引き締まる。
次の瞬間、天野さんは握っていた錫杖をオレに押し付けてきた。
「これ、ちょっと持ってて」
「ああ?」
「私、部屋の中を見てくるから」
「え、ちょっと待てよ」
言うやいなや、薄汚れた扉のドアノブに手を掛けた天野さんを、オレは慌てて引き留めていた。
「急にどうしたんだよ? ここはオレの家だぜ? 勝手にはいんなよ」
「いいから、あんたはここでおとなしくしてなさい」
「わかった、そう言って、中のもの盗む気だろ!」
半分本気、半分冗談で言った瞬間、天野さんの腕がオレの方に伸びてきて、オレの胸ぐらを掴んだ。華奢な身体からは想像できない力で引き寄せられる。
天野さんは声を押し殺して、脅すように言った。
「いいから、私がいいって言うまで、ここで待ってて」
「………」
「あんたの部屋の中から、血の臭いがする…」
「え…?」
「変なのが飛び出してきたら、その錫杖で遠慮なくぶっ叩きなさい」
そう言うと、天野さんは胸ぐらから手を離し、扉を開けてオレの部屋に入っていった。
オレは天野さんに渡された錫杖を片手に、その場に立ち尽くした。
「オレの部屋から、血の臭い?」
質問コーナー
Q「克己はどんな女性がタイプですか?」
A「胸が大きくて、目がぱっちりとしている人です。十四歳童貞なので、基本的に優しくされたら落ちます。ちょろいですね。恥を知れ」




