その⑰
「「「これで! 万事解決!」」」
「いや、ならねえよ」
空き巣の罪のみで逃れようとしている三人に突っ込みを入れてから、オレは話を変えた。
「じゃあ、仮に茜が実の父親を殺したとしようぜ。だったら、この家の門の前で死んでいた天野さんのことはどうなるんだよ?」
「天野さん?」
三人ともぴんと来ていない様子。そりゃそうか。
オレは言葉に気を付けながら説明した。
「この家の前に、オレの連れが死んでいたんだよ。頭から血を流してな。それと、茜の親父の死、『関係ない』とは言えないだろう」
「いや、ちょっと待ってよ」
西城秋江が訝しげな様子で言った。
「そもそも、どうしてこの家に、あんたの連れがいるわけ? 新崎と何か関係があるの? もしかして、あんたたちが結託して何か企んでいるわけ?」
「なわけねえだろ」
西城秋江の疑いを一蹴した。
「天野さんがこの家にカチコミを掛けたのは、多分、昨日の夜の仕返しをするためだろうな。あの人、茜の親父さんにボコられてるからな」
「でも、どうして深夜に?」
「そりゃあ…、深夜の方がいいだろ」
仕返しをするなら、相手が寝ている隙に。これ、五百年の知恵。天野さんがよくオレに言っていることだった。きっと今回もそうしようとしていたのだろう。さすが、戦国の世を生き抜いてきた女は、やることなすことが違う。
オレは天井を仰ぎながら、あの時の状況をさらに深く整理した。
「二つの考えができるわけだ。茜の親父の死と、天野さんの死に、関係がある場合。または、無関係な場合」
状況的に、「無関係」とは言えないが。
「もし、茜の親父と、天野さんを殺した奴が同一人物だとしたら…、こういう解釈ができるわけだな。きっと、犯人は、茜の親父を殺し、その罪を茜に擦り付けた後、すぐにその場を立ち去ろうとした。だが、玄関を出た場所で、ちょうど闇討ちに来ていた天野さんと遭遇。顔を見られたために、天野さんを殺害。その後、あぜ道を通って町に逃げようとしたが、あの一本道からは、オレとマサムネが走ってきていた。さすがに相手にしきれないと判断し、家に戻った…。そして、部屋のどこかに隠れた…」
こんな感じか。
オレは下唇を舐めると、再び三人に視線を移した。
「となるとやはり…、お前ら三人の誰かが犯人ってわけか」
「いやいやいやいや」
竹下俊が首を激しく横に振った。
「確かに、一番マシな推理だろうけどさ…、ちょっと無理があるだろ。ということは、新崎の娘は、犯人が誰か知っているってことだろう!」
「ま、そういうことだな」
オレは頷き、茜の顔を見た。
相変わらず、人形みたいな生気がない顔。
「お前…、犯人が誰か知っているだろ?」
「ううん」
茜は首を横に振った。
「私が殺したんだ」
「じゃあ、どうやって天野さんを殺したんだ?」
「……うん、殺したの」
答えになっていない。
オレは肩を竦め、三人を見た。
「ほら、こういうわけだ」
言わされているかのような、なぞっているかのような、「私が殺したの」という言葉。
おそらく、犯人は、茜が父親を殺したことにして、罪から逃れることが目的なのだろう。その計画の中に、オレと、マサムネ、天野さんは存在しない。
見ればわかる。「綻び」が出ている。この状況は、犯人にとって「最悪」だということだ。
必ず突き止めてやるよ。天野さんを殺したこと、小さな茜に罪を背負わせようとしたこと、全部後悔させてやる。
顎に手をやって考えていると、マサムネが寄ってきて、オレのすねにふかふかの額を擦りつけてきた。
「うん? なんだ?」
オレはしゃがみ込んでマサムネの頭を撫でた。
マサムネは心地よさそうに目を細めながら、小さく「ワン」と吠えた。そして、部屋の外を湿った鼻で指す。
「ワンッ!」
「…何かあるのか?」
いや、何かあるというよりも…、「ほかにも調べろ」って感じか?
オレは三人と茜に、「ここから動くなよ」と言ってから部屋を出た。
縁側の廊下に出ると、ひんやりとした空気が頬を撫でる。あの部屋の血の臭気がどれだけすさまじかったか実感した。
とりあえず、何か手がかりのようなものがないか、家の中を歩き回る。
広い豪邸の割にはモノがない印象。隣の和室に入っても、置いてあるのは大きな段ボール箱だけ。中身は未開封の缶ビールだった。その隣の部屋も、その隣の部屋も、その隣の部屋も、特にこれと言ったものは無かった。
外観は綺麗な家なんだ。もう少し、掛け軸とか、置物の類があってもいいものを。と思ったが、茜の親父の年齢からしたら、美術品には興味無いのは必然かもしれない。見た目からして、三十くらいだろ? あの男。オレよりも年下だ。
他にも部屋を回ってみたが、やはり何も見つけられなかった。これなら、あの殺人現場の和室の方が多くものがあったように思える。テーブルに、箪笥、あとテレビとか扇風機も置いてあったな。娘との二人暮らしだから、広大な部屋を持て余しているのだろうか?
まるで、引っ越してから何も手を付けていないかのような印象を抱きながら、襖を開けた。
そこは、台所だった。
台所と言うこともあり、ものが乱雑している。冷蔵庫には、新聞の広告や、よくわからない表、コンビニのおまけでもらったようなアニメのマグネットが貼られていて、流しには汚れた食器が積み重なっていた。
テーブルの上には、酒の瓶が置いてある。
「……」
なにか、変な感じがした。
「……なんだ? この臭い」
鼻をすんすんとする。
甘い香りと、噎せるような香りを混ぜ合わせたような、何とも言えない空気があたりに充満している。冷静に考えてみれば、生ものを扱う台所なのだから、当たり前なことだった。だが、これは、生ものの香りとは少し違うような…。
すると、マサムネがオレの横を通り過ぎて冷蔵庫の方に歩いて行った。
「おい、あそこで待ってろって言っただろ?」
「ワン!」
マサムネは吠えると、冷蔵庫の白い扉を鼻で突いた。心なしか、尻尾がさっきよりも激しく揺れている。
「…何かあるのか?」
オレはマサムネの嗅覚を信じて、冷蔵庫の扉を開けた。
「うわっ!」