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その⑬

 今夜、二つの殺人事件がこの家で起こった。一つは、茜による父親の殺害。そして、もう一つが、誰かによる天野さんの殺害。


 関係していない…とは言えないな。


「おい、茜…」


 オレは茜に聞いた。


「天野さんが、家の前で死んでいたんだ。何か知らないか?」

「うん? ああ…、私が殺したんだ…」

「天野さんもか?」

「うん、殺したの…」

「バカやろ。天野さんは、頭殴られているんだぞ」

「うん、私が撃ったの…」

「じゃあ、その鈍器はどこに行ったんだ? てめえが殺したなら、どうして、父親はナイフで、天野さんは鈍器で殺した? 無理があるんじゃないか?」


 そう詰め寄ると、茜は一瞬、頬に困惑の色を見せた。そしてすぐに首を横に振った。


「私が、殺したの…」

「くそが!」


 オレは苛立ちのあまり、畳の上で地団太を踏んだ。


 天野さんの言葉が脳裏をよぎる。「多分…、茜ちゃんは…、犯人…、じゃないから…」って。確かに、冷静に考えてみれば無理な話だ。


 天野さんは一度、ここで死んでいる男と一戦を交えていた。


 三十年彼女と生きてきたからわかる。天野さんは「強い」人間だ。前に言われたことがある。「武術は、幕末のお侍さんに教えてもらったの」と。だから、天野さんが誰かと戦ったとして、負けることはまずないのだ。もし負けるなら、それは、「不意を突かれた」場合と、「相手が男」だった場合。


 天野さんは女だ。いくら武術に長けていても、「力」の戦いなら、容易で負けてしまう。


 武術を身に着けている天野さんが負ける男に、小学生で、しかも、支配されている立場にある茜が勝てるのか? 


 無理な話だ。


「………」


 おい、茜、てめえ、何を隠している? と聞いたところで、こいつは答えないだろうな。


 天野さんが銃殺された事件と、茜の父親が刺殺された事件。どう関係がある?

 オレが顎に手をやって考えていると、呆然と立っていた茜が動いた。固まりかけていた血のかけらが、彼女の身体がパラパラと剥がれ落ちる。


 茜は、テーブルの上に置かれていたスマホを手に取ると、器用にパスワードを解除した。


 そして…、「一一〇」に…。


「おい! やめろ!」


 オレは茜の手首を掴み、スマホをはぎ取った。


「てめえ、警察に自首する気だな!」

「うん、するの…。だって、私が殺したんだから…」

「くそが! てめえが殺したわけねえだろ!」

「私が殺したの…」

「だったらどう殺したか言えよ! どうやった!」

「お父さんが寝ているところに、ナイフを刺した」

「おうおう! それで? 抵抗はされなかったのか? てめえの腕力で、親父の首が斬れたのかよ? 無理に決まってんだろ! てめえの非力さじゃ!」

「ううん…できたよ」


 茜はふっと笑った。


「殺せたの…、大っ嫌いだから…」

「…じゃあ、天野さんは?」

「殴り殺したの…」

「無理に決まってんだろ。てめえの力じゃ。それに、凶器はどこにいった?」

「どこかに行っちゃった…」

「……くそ」


 話が通じない。


 オレは頬を冷汗が伝うのを感じながら舌打ちをした。


 どうする? マジでどうする?


 幸い、この近くに民家はない。発砲音がしたとして、通報する人間はいないだろう。だけど…、ずっと隠せるわけではない。


 立ち往生していると、オレの足元でじっとしていたマサムネが不意に歩き始めて、壁際に置かれていたタンスに向かって、軽く「ワン」と吠えた。湿った鼻で、タンスの扉を執拗に指す。


「ワン」

「……タンスに何かあるのか?」


 オレは天野さんを縁側に横にすると、マサムネの指すタンスに近づいた。

 金具に指をかけて、ゆっくりと引く。


「あ…」


 ハンガーに吊るされたジャケットやTシャツ、ウインドブレーカーに埋もれるようにして、男がいた。目元の隈や、頬のゴルゴ線から察するに、年齢は四十代後半くらいだろうか? 泥棒のように、頭にはニットを被り、手には革製の手袋がはめられている。死んでいるのかと思いきや、乾燥して皮が捲れた唇の隙間から、すうすうと寝息が聞こえた。


「…なんだ? こいつ」


 とりあえず、たたき起こして話を聞くか。

 そう思って、男に手を伸ばした時だった。

 マサムネがオレの学ランの袖に噛みつき、くいっと引っ張った。


「え?」


 振り返ると、マサムネが再び駆け出して、今度は押し入れの前に立った。そして、先ほどと同様に、鼻で押し入れの襖を指す。


「………」


 オレは押し入れに寄ると、襖を静かに開けた。


 そこにも、男がいた。年齢は二十代くらいだろうか? 頬に張りがあり、スポーツ刈りの頭。肌寒い春だというのに、薄手のTシャツを身にまとい、うっすらと胸筋が浮かんでいる。彼もまた目を閉じ、静かに寝息を立てていた。


「…おいおい」


 なんだ? なんなんだ? こいつら…。


 マサムネがまた、「ワン」と鳴いて、オレの学ランの袖を引いた。

 今度は、奥にある襖へと駆けていく。


「……」


 オレは呆然と立ち尽くしている茜の横を通り過ぎ、マサムネが指し示す襖の前に立った。


「……」


 まさかな…。と思いつつ、襖を開ける。


 そこは、仏間だった。四畳ほどの狭い部屋で、手入れがされていないのか、埃っぽい臭いがひどい。その奥、蚯蚓が這ったような掛け軸が飾られた床の間の前に、誰かが蹲って寝息を立てていた。


「……おいおい、マジかよ」


 近づいてみてみると、それは女だった。年齢は、三十代くらいか? 通った鼻筋に、ふっくらとした頬、メリハリのある体。髪にはつやがあり若々しい雰囲気があったが、目じりに皺や、きつい香水の香りが、彼女の年齢を語っているようだった。


 オレの足元にマサムネが立ち、得意げに「ワン!」と吠える。灰色の尻尾が激しく揺れていた。


「よくやった」


 オレはマサムネのふっくらとした頭を撫でた。


「とりあえず、この三人に話を聞いてみよう」



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