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その⑫

        ※



「おい…、天野さん、天野さん!」

「うーん、なぜかこめかみが痛い」


 オレに揺さぶられて、天野さんがゆっくりと体を起こした。

 よかった。ちゃんと復活したな。


「天野さん、大変なことが起こった」

「大変なこと…?」


 天野さんは虚ろな目でオレの顔を見て、首を傾げた。


「何があったの?」

「茜が…、父親を殺してる!」

「うん? え? あ、ああ…?」


 天野さんはまた首を傾げた。

 もどかしくて、オレは言った。


「おい、天野さん、しっかりしてくれよ! 大変なんだよ。あんたの力が必要なんだよ!」

「私の、力が…? ああ、はいはい。うん、はいはい」


 天野さんはこめかみをコツコツと叩き、記憶をたどっていた。

 そして言った。


「ごめん、今の私、ちょっと役に立たないわ」

「はあ?」

「誰かに頭を殴られたところまでは憶えているんだけど…、それを思い出すのに時間がかかっている。そして…、今も強烈な眠気に襲われている…」

「だから何だよ」

「脳をやられたのよ」


 天野さんは絞り出すように言った。


「命の危機は無いけど…、脳をやられたわ」

「でも、治ってんじゃねえか」

「表面はね。まだ、頭蓋骨の内側の傷が修復しきっていない…。ごめん、今のままじゃ。思考が働いていない状態なのよ」

「おいおい、でも、前は首切断されても大丈夫だったじゃねえか」

「前はね、脳はノーダメージだったからよ」


 天野さんはそう言い切ると、こくっと首を折ってオレに体重を預けた。そのまま、すやすやと寝息を立て始める。


 オレは慌てて天野さんを揺さぶった。


「おい! おいおい! 起きろ!」

「…茜ちゃんが…、父親…を、殺したの…?」

「うん! 部屋の中で血まみれになっている!」

「多分…、茜ちゃんは…、犯人…、じゃないから…」

「な、なんでだよ!」

「それは…、あんたが…、考えなさい…」


 天野さんは薄目を開けると、オレの頬を撫でた。


「その話が…、本当なら…、茜ちゃんは…、警察に連れていかれるわ…」

「……あ」

「だから…、あんたが…、今回は…、あんたが…、茜ちゃんを…、助けなさい…。ごめん、力になれなくて…」


 そして、天野さんは電池が切れたロボットのように、ぱたんと腕を落とした。今度こそ、瞼を深く閉じてすうすうと眠り始める。


「……おい…、おいおい」


 オレは天野さんを抱えたまま、光が洩れている和室の方を見た。


「ど、どうすりゃいいんだよ…」


        ※



 薄明るくなってきたので、門の表札を確認してみた。そこには、「新崎」の文字。茜の苗字だ。ってことは…、この家は、茜と、その父親の家? なるほど、父親がここで殺されたのも、茜のことを気にかけていた天野さんが家の前で死んでいたのも妙に納得できる。

「よし…」

 天野さんを入り口の前に放置しておくのもあれだが、もし近くに犯人が潜んでいるのなら、また命を狙われかねないので、家の縁の下に彼女の身体を隠した。錫杖も横に添えておく。

それから、茜がいる和室に戻った。

 相変わらず、茜は父親の返り血を浴びた状態で呆然と立っていた。


「おい、茜…」

「……」

「お前…、本当に、父親を殺したのかよ?」

「…うん」


 茜は、目の前に倒れている、父親の死体に視線を落として頷いた。


「私が…、殺したんだ…」

「……」


 オレは茜の足元に落ちている、血濡れのナイフを見た。黒く重厚な柄で、切れ味が良すぎるためか、刃が妙に鋭く光っている。長さは…、十五センチくらいだろうか? そういう界隈のことはわからないが、多分「サバイバルナイフ」ってやつだ。


 小学一年生のガキが、サバイバルナイフで父親を殺した?


「………」


 喉の奥に小骨が引っかかっているような感覚があった。

 一度、話を整理する。

 今夜、二つの殺人事件がこの家で起こった。一つは、茜による父親の殺害。そして、もう一つが、誰かによる天野さんの殺害。


 関係していない…とは言えないな。



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