その⑧
胃の奥がむずむずとしてきた。
「黒河村は観光材料に飢えているからな。神さまの伝説とかを出しちまえば、みんな飛びつくだろ? 当然、村人のほとんどが飛びついてな、『黒河村は神聖な神が宿る村だったんだ!』って大喜びよ。古文書を見つけた親父には謝礼金が払われたし、村復興のために、募金だって集まった」
「ああ、そう…」
この詐欺事件の結末を予知した天野さんは、オレに同情を目を向けた。
オレは、天野さんが想像しただろう結末を語った。
「親父も、ここまで大事になるとは思っていなかったようだな。当然、嘘はばれて、村人はみんな激怒! っていうわけ。その息子のオレも村八分にされているってこと」
「可哀そうに」
「全然、元から人に好かれるような親父じゃなかったからな」
オレは学ランの袖を捲って、親父に付けられた根性焼きの痕を天野さんに見せた。
「ほら」
「え、なにこれ」
「オレの親父、酔ったら手が付けられないんだよ。暴れまわってものを壊すし、オレを殴るし、腕に煙草の焼き印入れるしで、もう散々」
「それを晴みたいにいうあんたもなかなかよね」
「まあ、慣れたからな」
オレは学ランの袖をもとに戻した。
「とにかく、天野さん、この村には何もないぜ。本当に何も無いんだ。あんたが期待していたバニバニ様だって、オレの親父が造り出した架空の存在」
「うん、そうだったみたいね」
天野さんはあからさまに残念そうな顔をしていた。
「そっかあ、嘘だったか…」
「純粋に神社仏閣めぐりがしたいなら、四国参りをおすすめするぜ。この村を出て少し行けば、礼所なんていくつも見つかるさ」
「だから、四国めぐりが目的じゃないのよ」
「じゃあ何だよ」
「うーん…」
口籠る天野さん。人の事情に漬け込む気は無いが、何か言えないことなのだろうか?
オレは天野さんの半歩先をいった。
「じゃあ、オレは家に帰るから、あんたも巻き添え喰らわないようにしろよ?」
その瞬間、何処からともなく、鉄のやかんが飛んできて、オレの頭に直撃した。
カーンッ! と、寺の鐘を思わせる心地よい音が響く。
オレは目を回して、その場で千鳥足を踏んだ。
今度は、プラスチックの植木鉢が飛んできて、オレの頭に直撃。
ガシャンッ! と、プラスチックが割れて、入っていた土がオレの全身に掛かった。
足に力を入れて踏みとどまったが、とどめと言わんばかりに、サッカーボールが飛んできて、オレの背中にめり込んだ。
「ぐへえ!」
オレは猫が踏みつけられた時のような呻き声を上げて、その場に倒れこんだ。
「…………」
「……………」
四方八方から、村人たちの「疫病神が」「あの子の親父さんに私たちは騙されたのよ」「出ていけ、この村から」という罵詈雑言が聞こえた。
天野さんが信じられないものを見るような目でオレを見る。
「ねえ、とりあえず、一緒に帰ってあげようか?」
「うん、お願いします」
オレは顔を土塗れにして頷いたのだった。
質問コーナー
Q「天野さんはどうして錫杖を持っているんですか?」
A「200年くらい前に、四国参り中に出会った僧侶にもらいました。かなり丈夫に作られています」




