その②
オレと天野さんは、神主さんに案内されて、神社の裏にある蔵に足を踏み入れた。
埃っぽい様子を想像していたが、中はがらっとしていて、空気も澄んでいた。定期的に掃除しているようだった。
奥の棚から、木箱をもってくる神主さん。日の当たる場所に移動すると、上蓋を開けて、中に入っていた黄ばんだ巻物を取り出した。
「これですよ。【天野英雄譚】は」
「うへえ…、本当にあるんだ」
もし誇張して描かれていたらからかってやろうって気持ちで、オレは神主さんが持っていた絵巻物を覗き込んだ。
神主さんが巻物を広げる。
そこには、天野さんっぽい女性が錫杖を振って、犯人らしき男と戦っている様子が黒墨で描かれていた。その傍には、蚯蚓が這ったような説明文。
「私は、曾祖父が残したこの絵巻物で、天野様がこの村にもたらしてくれたことを知ったのですよ」
「へえ…」
オレは適当な相槌を打ちながら絵巻物を左から右へと見て行く。
その時、あることに気が付いた。
「あれ? これ…」
オレは全編通して描かれている天野さんの絵を指した。
「なあ、天野さん、これなに?」
「なによ」
頬を少し赤くした天野さんが、オレの指の先を見た。
「これだよ。この、犬」
「うん?」
天野英雄譚絵巻に描かれる天野さんの傍には、決まって、狼くらいの大きさをもつ「犬」が描かれていたのだ。
「天野さん、この犬って、なに?」
この絵巻物が誇張抜きの本物なら、当人が正体を知っていると思ったのだ。
すると、赤かった天野さんの顔から、みるみる血の気が引いていくのがわかった。心なしか、小刻みに震えている。
「天野さん?」
「……しまったあ…」
「あ?」
天野さんは「やっちまった」って感じにうなだれ、自身の額をぴしゃっと叩いた。
そして、錫杖を鳴らすと、オレを見た。
「克己…、すぐにこの村を出よう」
「ああん? なんだよ。さっき来たばっかりだろうが」
「大丈夫。隣町に移動するだけだから」
「なに? 急用ができたの?」
「うん、できた」
天野さんは真っ青な顔のまま、軽く二の足を踏んでいた。
「百年も、あの場所に放置してきちゃった…」




