その㉕
オレが生き返った時には、全てが終わっていた。
あのホテルの五階からは、計五名の少女の遺体が見つかった。どの遺体も白骨化していた。
犯人の三人を逮捕した石丸刑事は、定年間際になってその功績が認められたかと思いきや、「勝手な行動をとった」と、本部にしこたま怒られたらしい。
「あんた、結構頑張ってくれたんだって?」
病院から退院したオレに、天野さんは言った。
「石丸の餓鬼から聞いたわ。犯人三人相手に、錫杖を使って華麗に戦ったって」
「華麗かなあ?」
オレが首を傾げると、天野さんは持っていた錫杖をオレに渡した。
オレは錫杖を長く握り、二、三回振り回した。
「天野さん、すげえな、この錫杖。犯人の斧受けても、全く折れなかったんだぜ?」
「へえ、もらってからかなり経つけど、丈夫に作られているのね」
「おかげで、何度か命を救われたよ」
「それならよかった」
病院の芝生を歩いていると、駐車場の方から、石丸刑事が手を振りながら歩いてきた。
「おーい! 詐欺師の息子! 誘拐女!」
「あ、石丸刑事だ」
「なんか、懐かしいわね、その呼び方」
なんてったって、二十九年ぶりだもんな。
開口一番、石丸刑事は毒を吐いた。
「なんでえ、せっかく心配して来てやったのに、もうピンピンしてやがるじゃねえか」
「そりゃあ、不老不死だからな」
抉れた肩の肉も、裂かれた腹も、一日眠っただけで治癒した。まだ少し疼くが、問題はない。
オレと天野さん、石丸刑事の三人が揃ったところで、オレは彼女に聞いた。
「大体、天野さん、どうして深夜に外に出たんだよ。おかげで、あの殺人鬼に捕まったんだろ?」
「いやあ、実はね、私、あの行方不明事件の噂を知ってたのよ」
「知ってた?」
「ええ、いや、興味本位よ? あと、最初からホテルの違和感には気が付いていたの。四階建てにしては、微妙に建物が高いなあって」
「だから、外に出たの?」
「すぐに戻るつもりだったんだけど…、『④』のボタンを押したら、何故か、あの犯人たちのいる階、つまり五階に到着してね。すぐに捕まって犯されそうになったのよ」
「え、冒されたの?」
「やーね、あの爺ども、歳でもう勃たなくて、犯されるのだけは免れたわ。思い切り股間を蹴り上げたら、首を締められて殺されちゃったけど」
天野さんは舌を出して笑った。
「すぐに生き返って脱出したかったけど、首を切断されてね、もう大変だったの。意識が戻るのに半日かかって、頭を上手く動かして胴体に繋げるのに半日。やっと動けるようになったころに、あんたたちが助けに来てくれたの」
「お、おう…」
天野さんが生首だけになって動いているところを想像すると、ぞっとした。
「あれ、でも、オレが天野さんを探しに出た時、『①』のボタンを押したってのに、一階に着いたぜ?」
「それは多分、あの後犯人が、『早くボタンを元に戻せ』って言ってたから、あんたがエレベーターに乗り込んだ時は、ダミーボタンが被せられた状態だったようね。あんたが殺されたのは、私の連れだったから、変なことを外部に洩らされたくなかったようね」
くそ、男のオレは冒さなくていいから、頭かち割って川に流したってか。
「なんにせよだ」
石丸刑事が煙草に火を点ける。
「お前ら不老不死者のおかげで、今回の未解決事件は解決した。感謝してるぜ」
「うんうん」
天野さんはまんざらでもないように頷くと、石丸刑事のぼさぼさの頭を撫でた。
「あんた、三十年見ないだけで、こんなに老けちゃったのね」
「うるせえ年増」
石丸刑事は鬱陶しく彼女の手を払いのけた。
「しかし、驚いたよ。二十九年前、確かにお前らが不老不死であるってことは把握していたが、まさか再会するとは思わなかった」
「これも何かの縁ね」
「そうだといいがな」
石丸刑事は煙草の煙をぽっと吐くと、オレたちに背を向けた。
「オレは署に戻るぜ、まだ事件の聴取が残っているんだ」
「おう、頑張れよ」
「頑張ってね」
ふふっと笑う石丸刑事。
「まあ、また縁があれば、どこかで会おうや。その時は、オレはよぼよぼの爺さんになっているかもしれんがな」
そう言い残して、石丸刑事は駐車場に歩いていってしまった。
オレたちも、この町にはもう長くはいられない。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
天野さんが錫杖を地面について言った。
オレは冬の凍てつく風に髪を揺らしながら頷く。
「そうだな」
「荷物は持った? 病室に置き忘れていない?」
「あるよ。ちゃんと確認してる」
「よし、じゃあ、旅の続きと行きますか」
荷物の確認をし合ったオレたちは、病院を背に歩き始めた。
「そう言えば、オレたちの旅の目的って、なんだっけ?」
「そりゃあ、不老不死を治す方法を探すためでしょ?」
「あ? そんなことしてたか?」
「まだまだ若いね。不老不死なんだから、時間は無限よ? 気楽に探そうじゃないのさ」
「そうして、二十九年も経っているんだけど?」
「残念、私は五百年ですよーだ」
「なんだよ! これから五百年もあんたと一緒なんて嫌だぞ! オレは往生したいんだよ!」
「じゃあ、旅を続けるしかないわね」
「だったら! もっとマシな飯を食わせろ! もっとマシな場所で眠らせろ!」
「贅沢言わないの!」
めんどくさくなったのか、天野さんはオレを置いて走り始めた。
オレは「待てよ!」って言って彼女の背中を追う。まだ本調子ではないので、腹に力が入らなかった。
「ひい、ひい、待ってくれよぉ!」
「ほーら、早く早く!」
天野さんがいたずらっぽくオレを呼ぶ。
どうやらオレは、これからもこの不老不死の女と一緒にいなければならないらしい。
「あんたとなら、楽しい旅路になりそうね」
「オレは全然! 楽しくねえんだよ!」
第四章…完結
ここまでのお話が、電撃大賞一次審査に通過した【天之旅】を一部改稿したものです。
これで「完結」することもできますが、主人公たちが不老不死なので、続けようと思えばいくらでも書けます。実際、次話のプロットが二本ほど完成しているので。
うーん…、書こうかな? でもなあ…、他の公募もあるし…、これだけ続編作ってもメリットが無いんだよなあ…。でも、個人的にお気に入りなんだよなあ…。
まあ、続編、書きますよ。いつになるかわからないけど。
はい、ということで、「続編鋭気製作中」でございます。