その⑦
「あれ、嘘なんだ…」
「うそ?」
「うん。嘘」
「イタチ科の?」
「それはカワウソ」
残念そうな顔をするかと思いきや、天野さんは「ああ、いいのよ」と手をぱたぱたと振った。
「そりゃそうよね? 本当に信じているわけじゃなかったわ。昔の人って、自分たちに都合のいいことしか伝記に書かないものね。伝承なんて噓八百が当たり前…」
「いや、そういうんじゃないんだよ」
天野さんの言葉を遮るようにしてオレは言った。
「伝承とか、伝説とかじゃなくて、あれ、本当に嘘なんだ」
「だから、何が…」
「あれ、オレの親父がついた嘘なんだよ」
「え…」
※
藪から抜けて、舗装された道に出た後も、天野さんは納得いかないような顔をしてオレにしつこく聞いてきた。
「あなたのお父さんがついた嘘って、どういうことよ」
「だから…」
オレが噛み砕いて説明しようとした瞬間、通りすがりの民家の塀の向こうから「出ていけ!」と女の金切り声が聞こえて、冷たい水が飛んできてオレの頭にかかった。
「あ、克己くん!」
「………」
クリーンヒット。
オレの頭皮を冷たい水が這い、頬を伝って、顎から地面に滴り落ちた。
「こういうわけだよ。オレも、親父も村人から嫌われている。つまり、嫌われることをしたってことだよ」
「それって、バニバニ様の話と関係あるの?」
「おおあり」
頷いた瞬間、また別の民家から、おばさんが顔を出して「来るな! この疫病神!」と、むしっていた雑草をオレに投げつけてきた。
ぱさっと、湿った顔面に雑草がへばりつく。
顔が濡れいている時に土を引っ掛けられるのはなかなかきつい。
「………」
オレは雑草を放り捨てて、学ランの袖で顔を拭った。
おばさんの「帰れ!」「こっちに来るな!」「この疫病神が!」という言葉を右耳から左耳に流しながら路地を歩く。
「二年前のこと。親父が、村のはずれにある古寺から、『古文書が出た!』って大騒ぎしやがったんだ」
「それが、私が見た新聞記事のこと?」
「それ。確かに、それは古文書っぽかったよ。虫食ってて、色褪せていたし、字だって、大昔の奴がかいたような、蚯蚓が這ったような字だったさ」
今考えても滑稽な話だよ。
「古文書の内容は、『バニバニ様』っていう神様がこの村には祀られていて、その神は数多の生物を不老不死に変える力を持っている。ということだったんだ」
「不老不死ね…」
「もちろん、全部親父の自作自演だったよ。古文書の装丁は、薬品を使えばごまかせたし」
「お父さんはなんでそんなことを?」
「もちろん、金。詐欺だよ」
胃の奥がむずむずとしてきた
質問コーナー
Q「天野さんはどうして着物を着ているんですか?」
A「着物が好きだからです。慣れているんでしょうね。ちなみに、下は穿いていません」




