その㉔
「克己! 伏せて!」
天野さん…。
その瞬間、オレは糸が切れた人形のように、前のめりになって倒れた。それが偶然、彼女の「伏せて!」という声に従順に従ったことになる。
オレの頭上を、天野さんが放り投げた椅子が通過して、斧を構えていたオーナーの顔面に直撃した。
バカンッ! と、激しい音を立てて椅子が砕ける。
脳天を強打した男は、「ぐへえ!」と、情けない悲鳴を上げて、その場に倒れこんだ。
「もう一発!」
天野さんがさらに椅子を投げる。そして、背後に控えていた二人を、一気になぎ倒した。
黒マントを身に纏った初老の男達が、ボーリングのピンのように、その場に倒れている。
上手く意表を突けたようで、彼らは頭から血を流しながらうんうんと唸っていた。
「あー! やっと生き返れた!」
どうやら、天野さんの死体は、背後の部屋に仕舞われていたようだ。
「あのエロ親父どもめ! 私を冒そうとしてくれちゃってさ!」
復活した彼女は、すっ裸で、小さな胸を揺らしながらオレの横に立った。
しゃがみ込み、心配そうに、オレの頬を撫でる。
「大丈夫? 克己?」
「いや、大丈夫じゃない、もうすぐ、死ぬから…」
「そっか! でも、不老不死だから大丈夫よね!」
「簡単に言うなよぉ…」
たった一日、天野さんの顔を見なかっただけだ。
たった一日ぶりに、天野さんの顔を見ただけだった。
それなのに、オレは口や肩や、腹から血をダラダラと流しながら、涙を流していた。
意識が薄れる。喉に込み上げた鉄の味が濃くなる。
「天野さん、よかったあ、無事で…」
「いやいや、私、不老不死だから。そしてあんたも不老不死だから」
犬でも相手にしているかのように、天野さんの温かい手がオレの頭を撫でた。
「とにかく、よく助けに来てくれたわ。ま、一人で十分だったけど」
「最後が余計じゃない?」
そこで、オレは絶命した。




