その23
「このホテルの、行方不明事件は、全部あんたらの仕業かよ…」
「そうだ」
悪びれも無く頷く男達。
石丸刑事がオレに耳打ちした。
「全員、見知った顔だ。お前に斧を振り下ろしたのが、このホテルのオーナーの、前島篤。お前が一時は拘束に成功した男が、副支配人の、佐竹満祐。そして、オレの上に倒れこんできた男が、レストランの料理人の、蔵原佐助だ」
「なんで知ってんの?」
「前に、ここに調査に入った時に頭に入れているんだよ。どいつも、このホテルの重鎮だな」
なるほど、ナンバースリーってことか。
身体からどんどん血が抜けていくオレの代わりに、石丸刑事が聞いた。
「お前ら三人だけか? 行方不明事件に関わっているのは!」
すると、ボスであろうホテルのオーナーが口を開いた。
「いいでしょう? このホテル」
「ああ? 質問に答えろや」
「建てられたのが、戦後間もない頃でした。日本好きのあるイギリス人のオーナーさんが、ここを建設しましてね。知っていますか? エレベーターの歴史って、意外に古いんです。戦争が集結する前より、開発が進められていましたからね。だから、このホテルに設置されたエレベーターの階数表示は、一階が『G』であり、二階が『①』、三階が『②』と、日本の階数表示とずれていたんです」
「………」
「最初にこれに目をつけたのが、当時オーナーでした。エレベーターのボタンを欺くことで、五階に誰も上がれないようにしたんです。もっとも、私たちのように、死体を隠すのに利用するのではなくて、脱税した金を保管していただけのようでしたが…」
エレベーターのボタンを欺く…。
エレベーターのボタンの上に、ダミーボタンをずらして貼っておけば、オレたちは五階の「④」のボタンを押すことがなくなるから、五階に上がる人間は誰もいないことになる。しかも、階段は、普段は閉ざされている非常用階段のみ。
普通に過ごしていて、五階の存在に気が付くことは無い。
「私たちは、最初は酒盛りの場としてつかっていたんですけど…、ある日、ダミーボタンを貼りなおすのを忘れていた日がありまして、五階に、一般客の少女が迷い込んできたんです」
その言葉に、オレは嫌な予感がした。
男は、てへっと笑った。
「なので、三人で冒したんです」
「っ!」
石丸刑事が、歯を食いしばって半歩前に出た。
「貴様ら!」
「少し強くやり過ぎたみたいで、少女は死んでいました。それからです。私たちは死体をこの五階に放置して隠すことにしたんです」
「てめえ!」
オレは錫杖を左手に持ち替えて、減らず口を叩く男に飛び掛かった。
石丸刑事が、「待て!」と叫ぶが、もう止まれない。
次の瞬間、オレの腹に斧の刃が叩きこまれていた。
「ぐっ…」
腹が裂ける。錫杖を落としてよろめく。尋常では無いほどの血が流れ落ち、はらわたの噎せ返るような臭いが辺りに充満した。
オーナーはにやっと笑ったまま続けた。
「それから、ひとり者の女性がこのホテルに泊ると、何とかして五階に迷い込ませて、犯して、殺すようにしました。まあ、この三十年でたったの五人ですが…」
オレの腹から、斧が抜かれた。
「君のお連れの少女も、もちろん殺しました。安心してくださいよ。君も、刑事さんも、すぐに少女の生首と一緒に並べて上げますからね」
「くそが…」
「ああ、そうそう、ちなみにですが、昨夜の一階で君を襲ったのがこの私です。そして、五階に上がってきた君に斧を振り下ろしたのが、この、副支配人の佐竹満祐です」
なるほどな、男がすぐに追いついた理由がわかったよ。三人、同じ格好をした人間がいたから、「追いつかれた」と錯覚しただけか…。まあ、いまそれがわかったところで、何の役にも立たないんだが…。
オーナーは、絶命寸前のオレに斧を振り上げた。
「さてと、そろそろ終わりにしましょう」
くそ、だめだ…。身体が、動かない…。
オレは諦めて目を閉じようとした。
その時だった。
ドンッ!
突如、背後で、祭りの太鼓でも叩くような、大きな音が響いた。
振り下ろされた斧もぴたっと止まる。
なんだ? と、絨毯の上に滴る血を眺めながら思った時、オレの耳に、聞き覚えのある慈愛の籠った声が届いた。
「克己! 伏せて!」