その㉒
「もう一人、いたのかよ!」
オレは錫杖を握った手で床を着いて跳び上がり、男から距離をとった。
男は石丸刑事には目もくれず、オレの方に走ってくる。そして、あまり上手いとは言えない動きで、斧をめちゃくちゃに振ってきた。
ガシャンッ! ドゴンッ! バキンッ! と、空を切った刃が、壁や扉に激突して、あらゆるものを砕いていく。破片が煙のように辺りに漂い、オレの鼻の奥をくすぐった。
仮面の奥の男が言う。
「どういうことですか? 君は昨日、殺したはずですけど?」
「殺しただあ? ってことは! お前かよ! オレのイケメン顔に斧振り下ろした奴は!」
「ただの間抜け面でしたけどね!」
大振りの一撃。
上体を退け逸らせて、なんとか躱す。
「ははは! 残念だったな! お前らが人間とわかった以上! もう怖がる理由なんて無いんだよ!」
天野さんの愛用している錫杖を、長く握り、中段に構えた。
「さっさとお前らぶっ倒して、天野さんを助けるぜえ!」
「残念ですが、その娘なら」
男が言いかけたところで、オレは錫杖を槍投げのような動作で投げた。
空を切った錫杖は、男の仮面に直撃する。
バカンッ! と乾いた音が響き、男の仮面が粉々に砕けた。
オレは獣のような勢いで男との間を詰めると、がら空きになったその腹に蹴りを入れる。
柔らかい。腹筋は鍛えていないな?
仮面の奥から、チェックインの時に受付に立っていた初老の男の顔が現れる。
倒れこんだ男をオレは睨んだ。
「おい、今、なんて言った?」
「その娘なら、既に…」
「ああ? なんて言ったんだよ!」
「話を聞けよ」
話なんて聞いている暇は無かった。オレは錫杖を拾い上げると、先ほど同様、男の喉元に突きつける。
「天野さんが既に死体になっているとか、なっていないとかはどうでもいい。あの人の場所を教えろってんだ。ああ? 殺すぞ。お前らはオレらと違って何回も生き返るわけじゃねえだろ?」
ぐっと、男のぼこっと出っ張った喉ぼとけに、錫杖を押し付ける。
気道を圧迫された男は、淡が絡んだような呻き声を上げた。
「だ、だから…」
「ほら、早く言えよ」
「君の、後ろに…」
「え?」
はっとして振り返る。
そこには、天野さん、ではなくて、三人目の黒マントの男が立っていた。
しまった! と、その場から飛びのこうとしたときにはもう遅い。
男の振り下ろした斧が、オレの右肩に食い込んだ。
メリッ! と、鈍い音が脳に直接響くようだった。
肩の骨が砕け、肉が切れる。途端に、噴水のように血が吹き出した。
「くそがっ!」
オレはそれでも、後退して、錫杖を構えた。しかし、腱を切断されたおかげで、右腕がだらりとたれる。
「なんだよ、なんで、三人もいるんだよ!」
右肩から血が流れ落ちる。右半身が返り血で真っ赤になっていて、焼けるように熱くなっていた。天井にまで飛び散った血液が、まるで雨のように絨毯を濡らしていく。
貧血の症状が現れ始め、地面が感覚を失ったようにぐにゃりと歪んだ。
石丸刑事の上に倒れていた男。
オレが拘束したはずだった男。
そして、オレの肩を斧で抉った男がゆらゆらと立ち上がり、オレと石丸刑事を取り囲んだ。
石丸刑事が手を上げて、降参のポーズをとりながら言う。
「君たちは、このホテルの関係者だね! 一体、ここで何をしていると言うんだ!」
「答えに辿り着いていたじゃないか…」
オレに痛手を与えた男が、仮面を取り外す。石丸刑事並みに年老いた男が顔を現した。
オレの血肉がこびり付いた斧の刃を舐めて、男は言った。
「快楽殺人だよ。他に理由があるかい?」
「快楽殺人だぁ…?」
オレは挑発するように言ったが、語尾に力が入らなかった。すぐに石丸刑事が宥める。
「お前は不老不死だが、苦痛は感じるだろう。しゃべるのは控えておけ」
忠告を無視して、オレは続けた。
「このホテルの、行方不明事件は、全部あんたらの仕業かよ…」
「そうだ」