その⑲
エレベーターがゆっくりと上昇を始める。
オレは顎が痙攣するのを必死で抑えながら石丸刑事に聞いた。
「このホテルが、五階建て?」
「おそらくな。『G』のボタンを押した時に、一階に着いたのがその証拠だよ」
普段は、上からダミーボタンを被せておいて、五階、つまり「④」のボタンを隠していたのか。
「一体、何のために?」
「そりゃあ、あれだろ、攫った女を隠すためだろ」
「隠すって…」
オレは背筋に嫌なものを感じた。
「このホテルで行方不明事件が起こったのって、かなり前だろ?」
「ああ、だから…」
石丸刑事も苦虫を嚙み潰したような顔をして口籠った。
「おそらく、被害者たちはもう…」
そして、エレベーターは五階で止まった。
ギギギと、軋みながら扉が開く。
オレたちは、辺りに注意を払いながら廊下に出た。
内装は、二階、三階、四階と瓜二つ。宿泊部屋の扉がずらっと廊下の奥まで続いていた。元から無かったのか、それとも、隠された時に潰されたのか、廊下の壁に窓は無い。
明かりは天井の豆電球のみで、心もとなかった。
「よし、行くぞ…」
オレたちはまず、あることを確かめるために、エレベーターを出て突き当たったところを右に曲がった。
じとっとした汗をかきながら、ある部屋の前に立った。
白色の扉には、薄暗闇でもはっきりと、血液が飛び散って赤黒くなっていた。
「これは、オレの血だな」
「そうみたいだ」
石丸刑事は、指の腹で扉と壁に付着した血を拭った。パラパラと乾いた血の塊が絨毯の上に落ちる。
つまり、昨日の晩、オレは化物から逃げてエレベーターに乗り込んだが、その時は、エレベーターのダミーボタンが取り外されたあとだったということ。
そんなことも汁知らずなオレは、「G」のボタンが突如出現したことにも気づかずに、一番上の「④」のボタンを連打して、五階に上がったというわけだ。
部屋の間取りが一緒なために、階を間違えていることに気づかず、この部屋の前に立って中に入ろうとしたが、当然、扉は閉まっている。そして、あの化物に追いつかれて殺されたというわけだ。
「どうする?」
オレは石丸刑事の意見を求めた。
石丸刑事は「そうさな」と、腕組みをして、顔の彫りを深くしてニヤリと笑った。
「とにかく、このホテルが、五階の存在を隠していたことがわかったんだ。これは、関係者に聞く以外無さそうだろ?」
「残念ですが、これ以上話すことはありませんよ?」
オレたちの背後で、男の声がした。