その⑰
そうやってぎくしゃくしながら時間は過ぎ、深夜がやってきた。
オレは天野さんと一緒に読んだパンフレットの内容を思い出しながら、石丸刑事に説明する。
「ここのホテルは、十一時になると消灯するんだ。廊下の電気が全部消えて、代わりに、暖色の豆電球に切り替わる」
前が見えないことはないが、少し不気味な雰囲気になる。
頷いた石丸刑事は言った。
「このホテルが今のオーナーになって三十年。これまでに、ここで、約五人の人間が行方不明になっている。どれも、若い女ばかりだ。あくまで最期に目撃されたのがこのホテルということになっているだけだが…、やはり、何かあると踏んだ」
「そして、天野さんも行方不明」
「何かあるに決まってんよな」
二人で、一斉に部屋を飛び出した。
見た目十四歳、中身は四十三歳のオレと、見た目五十四歳、中身十四歳の石丸刑事は、背中を合わせて、左右の廊下の様子を伺った。
深夜、二時三十五分。
消灯時間が過ぎて、廊下は暖色の豆電球で照らされている。
お互いの姿も、ぼんやりとして見えた。
オレは若干恐怖を抱きながら、背中越しに石丸刑事に聞いた。
「それで? もし、あの化物に遭遇したらどうすんだ?」
「もちろん、その時はこれがあるさ」
なるほど、刑事の拳銃か…。
「警察学校で鍛えた柔道で。もう十年もやってないけど」
「柔道かよ!」
「うるせえよ、ツッコミならもっと静かにやってくれ」
「だったらボケるなよ」
二階の廊下に異常がないことを確認したオレたちは、抜き足差し足でエレベーターに向かい、「↓」のボタンを押した。
「まずは、一階から確認するぞ?」
「おうよ!」
しばらくしてエレベーターが降りてきて、オレたちの前で開いた。一瞬身構えたが、あの化物が乗っていることは無かった。
唾を飲み込み、エレベーターの乗り込む。
「じゃあ、行くぞ」
石丸刑事は、震える指で「①」のボタンを押した。次に、「閉」のボタンを押す。
「………」
しかし、エレベーターは動かない。
「あれ?」
「なんだ?」
石丸刑事は首を傾げながら、また「①」のボタンを押して、それから「閉」のボタンを押す。しかし、エレベーターは動かない。
エレベーターが、動かない?
その時、オレはあることに気が付いた。
「なあ、石丸刑事…。これ、なんだ?」
オレは「①」の下にある、「G」のボタンを指した。
「こんなボタン、今までにあったか?」
「ああ?」
石丸刑事は、オレが指したボタンをまじまじと眺めた。
「どうした? 昨晩は、無かったのか?」
「オレの記憶が正しければ、このボタンは無かったよ…」
「なんだこりゃあ…」
石丸刑事は、躊躇せず、その「G」のボタンを押した。
すると、今までピクリとも動かなかったエレベーターが、軋む音を立てながら下降を始めた。
すぐに止まり、扉が開く。
「………」
「………」
開いた先に広がっていたもの、それは、「一階のエントランス」だった。
オレたちは困惑しながら、エレベーターから降りた。
「おいおい、どういうことだ? 一階のボタンを押したら動かなかったのに、この『G』のボタンを押したら動いただろ? しかも、一階に到着した…」
階が、ずれている?
なんで?




