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その⑥

 オレはすくっと立ち上がると、天野さんの手を引っ張った。


「とにかく、離れようぜ。あの爺さん、マジで人を殺しかねないから」

「ええ、戦国時代じゃあるまいし」

「さっきから何を言っているんだ?」


 振り向けば、爺さんは年寄る波をものともせず、舗装されていない柔らかな小道を勢いよく上ってきていた。顔を真っ赤にして、喉の奥から蒸気機関車のように、シューシューと荒い息が洩れている。


 爺さんから本物の殺気を感じ取った天野さんは、さっと顔を青くした。


「ええ、なによ、あの爺さん。完全に殺しに来ているじゃない!」

「そういうこと!」

「え、どういうこと?」


 オレは天野さんの手を引いて、だっと駆け出した。


 幼い頃から俊介と山の中を駆けまわることで鍛えた脚力を使って棚田を駆け上がると、藪の中に突っ込んだ。藪の奥は草が踏み固められていて、細い獣道のようになっている。オレは天野さんの手を握ったまま先導して、なるべく爺さんから距離を取るようにした。


 数百メートル、駆け上がったり、駆け下りたりして、何とか逃げる。


 さすがに藪の中までは追ってこなかった。


 逃げ切れたことに安堵してため息をついた瞬間、遠くから、爺さんの悔しがる叫び声が響いて聞こえた。


「この疫病神があッ! 殺してやる! 殺してやるッ!」


 あーあ、また言ってるよ。


 オレは、握っていた天野さんの手を離した。


「それで、なんなの? あの人は、この村は?」


 天野さんは少し息を切らしながら、手頃な木にもたれかかって聞いてきた。


「平気で殺人鬼が現れる村なのかしら?」

「何もない村だよ」


 オレも木の幹にもたれかかって、息を整えながら天野さんに説明した。


「何も無い村だ。観光資源も、観光地も何も無い。ミカン畑だって、酢橘だって、あとうどんとかカツオ養殖も、近隣の県の真似をしているだけさ。これと言った特色のない村だよ」

「ふむ」


 オレにバニバニ様について聞いてきた時は、心なしか輝いていた天野さんの目が、少しずつ曇っていくのがわかった。


「何も無い村ね。確かに、他の県とか村と突出した点が無いのは気になっていたけど…」

「それで、あんたがさっき聞いてきた、『バニバニ様』についてだ」

「うん!」


 身を乗り出し、興味津々に聞いてくる。

 オレはその期待をなるべく優しく壊すように言った。


「その話、何処で聞いたんだ?」

「何処って、この村に入る道路があるでしょ?」

「うん」


「端に、小さな看板があって、『黒河村 不老不死の神 バニバニ様』っていう新聞記事の切り抜きが張ってあったのよ」


「ああ、あれかあ…」


 あれか…。


「全部撤去したつもりだったのに、残っていたのか…」

「さっきからなによ」

「ごめん」


 きっと、天野さんはあの張り紙を見て、「不老不死の神」に惹かれてこの村にやってきたのだろう。確かに、あの新聞記事が出た当時も多くの考古学者が、休日を利用してこの村を訪れて、観光だが調査だかわからないことをして去っていったものだ。


「あれ、嘘なんだ…」

質問コーナー

Q「バニバニ様って何ですか?」


A「私という神様ですよ」

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