その⑬
そう考えた後で、オレは背筋がすっと寒くなるのを感じた。
「普通に考えて、あいつ、人間じゃねえな」
「人間じゃない?」オレの意味深長な発言に、石丸刑事は眉間に皺を寄せて食いついた。「それ、どういう意味だ?」
「いや、だから、オレ、あいつに最初に襲われたのは、ホテルの一階、つまりエントランスなんだよ」
「おうおう」
「その後に、オレ、上手くそいつの攻撃を躱して、蹴りを入れたんだ」
「ほうほう」
「あいつが怯んでいる隙に、エレベーターに乗り込んで、四階のオレの部屋に戻ろうとしたんだけど、あいつ、すぐにオレに追いついたんだ」
「なるなる」
さっきからなんだよ! その相槌の打ち方は!
「あ、あのホテル、エレベーターしか無いんだよ。だから、オレに追いつくためには、一度四階に上がったエレベーターを一階まで下ろした後に、また四階まで上るってことをしないといけないから、あんなに早くに追いつかれるはずがないんだよ」
「ふむふむ」
「だから、壁でもすり抜けて来たのかな? って」
オレの話を変な相槌を入れながら聞いた石丸刑事は「それは無いな」と否定した。
「建築法で、必ず建物には階段をつけなければならないんだ」
「ん? でも、あそこには階段なんて無かったぜ」
「いや、非常階段があるだろ」
「あ、そうか…」
そう言えば、受付の男が言っていた気がする。「階段は非常階段だけです」って。
「となると、あの殺人鬼は、階段を使って四階まで来たってことか?」
でもなあ。
腑に落ちないことがあったので、オレはすぐに石丸刑事に伝えた。
「階段を使うにしてもだよ。オレがエレベーターに乗り込んでから、すぐに非常階段に向かって駆けていないと、あれだけ早くに四階には辿り着けないぜ?」
「ああ、そうしたら、わからないもんな、『エレベーターの階数表示』が」
「うん、そうなるんだよ」
オレが四階にいると把握するためには、エレベーターの扉の上の「階数表示ランプ」を確認しなければならない。オレがエレベーターで四階に上がり切った時、「④」のランプが点灯するはずだ。しかし、それを確認してから階段を使っても、エレベーターを使っても、時間がかかることに違いは無い。
「階段を使ったとしたら、あてずっぽうで走らなければならない。階段を使わなければ、オレに追いつくのに時間がかかる…」
「うーん、お前という生存者がいたから、この事件、解決に繋がるかもしれんと踏んでいたが…、やっぱり行き詰まるな…」
石丸刑事は二十九年前の面影を残した呻き声を上げた。
オレはその仕草に少し懐かしい感じを覚えながら言った。
「あんた、結構、警察らしくなってんだな」
「馬鹿言えや、警察は事実上は、この事件から手を引いてんだ。ここまでしつこく捜査する警察なんていねえよ」
咥えていた煙草を、窓の外にペッと吐き出す。
「なんだ? お前だって、消えた天野を見つけたいんだろ?」
「まあ、そうだな。それに、あの部屋には荷物を置いてきたままだし」
そこで、また思い出した。
そう言えば、オレがあの化物から逃げていた時、オレの宿泊していた部屋に鍵がかかっていたな。
オレはそのことを石丸刑事に告げた。
「オレ、天野さんを探しに出るときに、部屋の鍵は開けて出たんだよ」
「なんで? その部屋、オートロックじゃないんだっけ?」
「うん。古いからかな? 鍵で捻らないと閉まらない奴だよ。天野さんと入れ違いになるのも嫌だったから、鍵を開けたまま出て、その後、あいつに襲われて…、部屋に逃げ込もうとしたときに、鍵がかかっててな」
「ううん?」
怪訝な顔をする石丸刑事。
「そりゃ、あれだろ、天野が帰ってきたんじゃないのか?」
「オレもそう思いたいんだけど…、何度か扉を叩いて『天野さん!』って呼びかけたんだ。相したら…、返事が無くて」
そして、そのままオレは化物に襲われて殺された。
あれだけ激しく扉を叩いたんだ。天野さんが気が付かないはずがない。
「二十九年一緒にいるんだぜ? あの人、オレのことをいつも第一に思ってくれているから、すぐに開けてくれると思うんだ」
「ああ? お前は何が言いたい?」
「だから、あの部屋にいたのって、本当に、天野さんなのかなって…」




