その⑧
男が駆け寄りながら斧を振り上げる。
その瞬間、扉が閉まった。
「ひい、ひ、ひ、ひい、ひい…」
オレは埃っぽいエレベーターの床に尻餅をついた。喉から飛び出しそうなくらいに心臓が脈を打って、肺は痙攣したように酸素を取り込んでいた。
「な、な、なんだよ、今の…」
腰が抜けて、下半身に力が入らない。
とにかく、エレベーターに乗ることはできた。四階のボタンも押したから…、後は自分の部屋に戻って立てこもろう…。
エレベーターが四階に到着すると、オレは錫杖で身体を支えながら外に出た。
廊下を突き当たり、右に曲がって自分の部屋の前に立つ。
「やっと、着いた…」
オレは安堵の息を吐きながら、ドアノブに手を掛けた。
ガチャンと、手の中に硬い感触が残る。
あれ?
オレは背筋が再び冷たくなるのを感じながら、ドアノブを激しく回した。
ガチャガチャ、ガチャガチャと、ドアノブは無機質な音を立てるが、一向に扉が開くことは無い。
「鍵が、閉まっている?」
なんで?
オレは部屋を出るとき、扉の鍵は開けたまま出たぞ? この部屋はオートロックではないので、鍵が勝手に閉まることはありえない。
ということは、天野さんが帰ってきた?
「おい! 天野さん! ここを開けてくれ! あんた、なんで帰ってきてんだよ! 勝手に鍵かけてんじゃねえよ!」
オレは手の中にじとっとした汗をかきながら、激しく扉を叩いた。
「おい! 聞いてんのか! 天野さん! 天野さん!」
開けろ!
「天野さん? いるんだろ?」
オレはおそるおそる聞いた。しかし、天野さんのあの鈴を鳴らすような声は帰ってこない。
「天野さん! 開けろよ!」
オレは扉を殴った。
その時だ。
オレのすぐ横、左側に、誰かが立ったのだ。
「へ?」
油の切れたロボットのように、ぎこちなく首を向ける。
そこには、先ほどオレを襲ってきた黒マント能面男が、ゆらゆらとしながら立っていた。
「あ…」
次の瞬間、オレの意識がプツンと切れた。




