その⑦
そこまで考えたところで、オレは身体が硬直するのを感じた。
「待てよ?」
オレは、さっきエレベーターを使って、この一階まで下りてきた。つまり、エレベーターは一階に留まっているということになる。それなのに、今しがたオレが「→」を押した時、エレベーターが上から下りてきただと?
つまり、オレが天野さんを探索して、一階を歩き回っている間に、誰かがエレベーターを使ったということだ。
深夜二時、もう少ししたら三時を回る時間帯だぞ?
誰が、エレベーターなんて使うんだよ…。
その瞬間、エレベーターがゆっくりと開いた。
「………あ」
開いたエレベーターから出てきたのは、真っ黒なマントを纏い、顔面に能面のような白いマスクを着けた男だった。
「ひいいいいいい!」
オレは悲鳴を上げて後ずさる。
黒マント能面男は、ふわっとエレベーターから飛び出すと、オレに、握っていた何かを振り上げた。
「あ!」
それは、片手斧だった。
エレベーターの中の光に照らされて、血で赤黒く染まった刃が鈍く光る。
背筋がぞっとして、足元から掬われるような感覚があった。
まずい、この男、殺気を放っている。
オレがそう確信した瞬間、男が片手斧を振り下ろした。
ギンッ!
と、甲高い金属音が辺りにこだました。
手の中に痺れるような感覚を覚えながら、オレは吹き飛ばされて、冷たい床に腰をしたたかに打ち付けていた。
「いててて…」
まだ手がジンジンとしている。反射的に錫杖を使って防いで正解だったな。
「ってか、この錫杖、どんだけ丈夫なんだよ…」
と、感心している場合ではない。顔を上げれば、あの黒マント能面男が迫ってきている。
「ああくそ!」
オレは床に手を着いて立ち上がる。
「なんだよ! このホテル! 化物が出るんじゃねえか!」
化物が斧を振り下ろした。
オレの脳天を狙った一撃。
オレは錫杖でそれを受け止めると、半歩さがって斬撃の勢いを後ろに流した。
身を反転させて、化物の背後に回り込む。
「おらよ!」
思い切り、化物の背中を蹴り飛ばした。
化物はバランスを崩し、前のめりになって倒れこむ。
蹴り飛ばすことができたってことは、実体があるってことだよな? こいつ、人間か?
考えている暇はなく、オレはこの隙に走り出すと、開いたままのエレベーターの中に飛び込んだ。
「早く部屋に戻らねえと!」
バクバクと心臓が暴れているのを感じながら、エレベーターの「④」のボタンを連打する。
見れば、倒れていた男が起き上がり、斧を拾ってこちらまで走ってきた。
「ひいいいいいいっ!」
まずい、やられる。
オレは涙ながらに、エレベーターに懇願した。
「早く閉まってくれええ!」
男はすぐそこまで迫っている。
オレは「閉」のボタンを連打する。
男が駆け寄りながら斧を振り上げる。