その⑤
オレが目を覚ました時、部屋の中が真っ暗になっていた。
「うん?」
身体を起こす。
暗闇の中を泳ぐようにして手をまさぐり、壁に這わせていると、スイッチに触れた。
パチン!
スイッチを押すと、鏡台の上に取り付けられていた蛍光灯が、淡いオレンジ色に点灯した。
部屋全体が、ぼんやりとした光に包まれる。
「あれ…」
隣のベッドで眠っていたはずの天野さんが消えていた。
「天野さん?」
オレは寝ぼけ眼を擦ってベッドから降りると、トイレやバスルームを見て回った。しかし、部屋の何処にも天野さんはいなかった。
一瞬、先に目を覚ました天野さんが、オレほ放って先に大浴場に行ったのだと思った。しかし、壁に取り付けられた時計を見ると、深夜の二時二十五分。大浴場はおろか、レストランの営業時間も過ぎている時間だった。
なんだろう…、散歩にでも行ったのか?
壁には彼女がいつも肌身離さず持っている錫杖が立てかけられていた。
これを置いて出ていっているってことは、すぐに帰るつもりで出ていったということになる。
すぐに返ってくるだろうと高を括ったオレは、とりあえず、洗面所に行き、アメニティグッズの歯ブラシで歯を磨いた。それから、軽くシャワーを浴び、備え付けの浴衣に着替えてからテレビを点ける。
適当にチャンネルを弄っていると、海外のドラマが映った。丁度、ベッドシーンで、綺麗な女優さんと、イケメンの男優さんがイチャイチャし合っている。
「うーん、二十九年前に比べたら、なかなか映像が進化したんじゃないのかな?」
と、女性の裸体に釘付けになりながらそんなことを呟いていた。
ベッドシーンも終わり、エンディングに差し掛かり、意味のわからない洋楽のエンドロールを茫然と見た。
ふと、時計を見る。
二時四十七分。
「……」
さすがに、遅くないか?
天野さんが、食料を求めてふらふらと出ていくことはこの二十九年間で何度もあったことだったが、大抵はオレに一声をかけてから行く。そして、なるべく早く戻ってくる。
こんだけ時間が経っても帰ってこないのは、かなり稀だった。
「ああ、もう」
オレは頭をボリボリと掻いてベッドから立ち上がると、壁に立てかけられていた錫杖を手に取った。
「探しに行くか」