その⑤
「そう、よかったわ。私は天野。旅人よ」
「旅人…? 四国参りの礼所なら、下の道を戻って、まっすぐ行けよ。あんたが進んでいた道を行ったって行き止まりだ」
「誰が四国参りの話をしているのよ」
「いや、その恰好、完全に四国参りだよな?」
着物に、藁で編んだ傘。おまけに錫杖ときたもんだ。
「馬鹿ねぇ。四国参りなんて、大昔に回っているわ。今みたいに、道路が舗装されていない時代にね」
「さっきから何言ってんの?」
「話が聞きたいって言っているの!」
天野と名乗った女は、オレの額を思い切り小突いた。
オレは背中から地面に倒れこむ。
すぐに天野さんの腕が伸びてきて、オレのポロシャツの胸ぐらを鷲掴みにした。ぐいっと引き寄せられる。彼女の端正な顔は、悪意に満ち、にいっと笑っていた。
「あなた、『バニバニ様』って知っている?」
その「バニバニ様」という言葉は、雷撃のような勢いを持ってオレの右耳から左耳を貫いた。
「バニバニ様…」
「そうそう、この村に来る途中で知ったんだけど、なんか、この土地の神さまらしいじゃない?」
「ああ、バニバニ様ね…」
オレは裸で民衆の前に放り出されたときのような羞恥心に襲われて、天野さんから目を逸らしていた。オレの動揺に気づき、天野さんがオレの胸ぐらを掴む手の力を強めた。
「なにか知っているの? もしかして、その神様を祀っている神社があるのかしら?」
「うーん」
これ、旅人に言っていいのかな?
オレが「バニバニ様」について、天野さんに話すべきかどうか言い淀んでいると、突如、畦道の方から男の怒鳴り声が聞こえた。
「くおらあ! この疫病神めッ!」
はっとして、天野さんから視線を逸らして畦道の方を見ると、鎌を持った爺さんがオレたち、もといオレだけを睨みつけていた。
「なにワシのミカン畑に入ってやがる! さっさと出ていけやあ!」
鎌を振り上げて、今にも斬りかかって来そうな爺さんを見て、天野さんは怪訝な表情をした。
「なにあの人? 人のことを疫病神って、失礼な。まあ、飢饉の時代は余所者は迫害されていたけどさあ」
「いや、天野さん、あんたのことじゃない」
「はあ? じゃあ、あんたのこと?」
「うーん、オレはそのつもりはないんだけどなあ…」
とにかく、ここにいたら危ないな。
オレはすくっと立ち上がると、天野さんの手を引っ張った。
質問コーナー
Q「克己の身長、体重を教えてください」
A「158センチくらいですかね? もっと低いかも。本人は身長が欲しいので、給食の牛乳を気の弱そうな女子からくすねています。最低ですね」