その②
三時間後。
焼き芋を必死に死守しながら警察から逃げ回ったオレたちは、元の公園に戻った。ジャングルジムの傍で焚いていた薪は消火され、アルミホイルに包んでいた芋も誰かに回収されている。見れば、看板の「サッカー禁止!」の文字の横に、「焚火禁止!」と印刷された紙が追加されていた。何とか守り抜いた四つは、天野さんと分けて食らいついた。すっかり冷えていたが、甘いことに変わりは無かった。
「じゃあ…、寝るか」
「そうね」
腹が膨れたオレたちは、、早々に眠ることにした。
水道で軽く口を濯いでから、築山のトンネルに入り込む。
毎日、不老不死を治す方法を探して歩き回るオレたちは、こうやって何処にでも眠る。あるときはホームレスの段ボールハウスの中で。あるときは、川の傍で。あるときは、学校の非常階段の下で。この二十五年で様々な場所を寝床にしてきたが、「築山のトンネル」はかなりいい寝床だった。こうやって、人間二人が入り込むとトンネルの中は窮屈になる。寝返りが打てないのが難点だが、二人分の体温がトンネル内の空気を温めて、かなり過ごしやすい空間になるのだ。寒い秋や冬になると、ここは重宝する。
オレと天野さんは、身を寄せ合ってトンネル冷たいコンクリート上に寝転んだ。その上に、小さく折りたたんでいた薄い毛布を被せる。これで、秋程度の夜の寒さは凌ぐことができた。
「じゃあ、天野さんおやすみー」
「うん、しっかり眠るのよー」
そう言葉を交わして、オレは目を閉じた。口の中には、まだ芋の甘い味が残っている。
警察に追われて走り回ったおかげで、ふくらはぎの筋肉が張って、小刻みに痙攣していた。これなら、すぐに眠気もやってきて明日の朝まで安眠できるだろう。そして、明日もまた、天野さんと一緒に、不老不死を治す方法を探して旅を続けるんだ…。
うとうと、うとうと…。
リーンリーン。リーン、リーン。
うとうとうと…。
リーン、リーン、リーン、リーン。
うとうとうと……。
コロコロリーン、コロコロリーン。
「いやうるせえな!」
秋になると悩まされるものがある。それが、秋の虫だった。人がせっかく疲れて眠ろうとしていると言うのに、すぐ近くでリンリン鳴いて、発情し合っている。
「うるせえんだよ! 虫が! 殺虫剤まいてやろうか!」
「うるさいのはあんたよ」
天野さんは目を糸のようにして、もう夢の世界に半歩足を踏み入れていた。この人は、五百年近くこの旅を続けているのだから、虫の鳴き声、オレの叫び声ごとき、平気だった。だがオレは違う! 静かな場所で安眠したい!
「ねえ、天野さん、もっと静かな場所に行こうぜ。ここ、騒がしいんだよ」
「あんた、それ、間違っても他の女の子に言っちゃダメだからね。誤解されるからね」
「眠れねえんだよ!」
昨日もこのトンネルの中で眠った。そして、一晩中虫の音に安眠を妨害され続けて、朝を迎えた。睡眠不足と、夕方の警察との追いかけっこが祟り、オレの身体は弛緩したようにだるかった。
「眠れねえ! 一日でいいから、ホテルのベッドで安眠したい!」
「前に泊めさせてあげたじゃない。毎回毎回、ホテルで高いお金を使うのはダメよ」
「いや、泊まったって、三年前だからな!」
オレの記憶が正しければ、とある事件を解決した報酬でもらった金で、一晩だけホテルのふかふかのベッドで眠ったことがあった。だが、それっきり、オレたちは野宿を続けている。
「一晩だけでいいから、ホテル行こうぜ!」
「あんた、それ、間違っても他の女の子に言っちゃダメだからね。誤解されるからね」
「あああ、眠りたいんだよ!」
「うるさいなあ、目を瞑ってたら、いずれは眠くなるのに」
狭いこのトンネル内だと寝返りを打つこともできない。天野さんはオレの文句を顔面で受け止めながら、犬のうんこを踏んでしまったときのような顔をした。
「お願い、叫ぶのだけは辞めて…、私だって疲れているんだから…」
「じゃあ、他のところに…」
「行かない。殴るわよ」
殴られるのは御免だった。
仕方ないか…。
オレは諦めて、鈴虫と共に夜を明かそうと腹を括った。
目を閉じて! 深呼吸!
人魚が一匹、人魚が二匹! 人魚が三匹! 人魚が四匹!
三十分後。
「人魚が百匹…、人魚が…」
「うるさい! 眠れないのよ!」
今度は天野さんが発狂した。
「さっきからなに? あんたは人の眠りの邪魔をしないといけないわけ?」
「天野さん、叫ばないで…、人魚の数を忘れる…」
「忘れろ!」
「人魚が百四匹…」
「こら! 百二匹と、百三匹が忘れられてる!」
「あんたも数えてんじゃねえか!」