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その⑲

「克己君、君が、私にとっての誤算でした」

「誤算…?」


 脳裏に、あの時、アトリエで敷島明憲さんが見せた尋常ではない表情がフラッシュバックした。


「まさか、あなたも不老不死だとは思いませんでした…」

「ああ、言ってなかったね。私の血肉には、人を不老不死に変える力があるのよ」

「そんなこと、五十年前には教えてくれなかったじゃないですか…」


 心なしか、明憲さんの生気が抜けていくのがわかった。目元に隈が浮かび、頬がこける。口から、北風のような掠れた息が洩れ、肩の辺りの骨が出っ張る。着ていたスーツも、色あせて、よれているように見えた。


 天野さんは得意げに笑う。


「そりゃそうだよ。そうでないと、命を狙われるからね」

「言ってくれたらよかったのに…、私は、不老不死に興味なんて無いのに…」

「じゃあ、何に興味があった? どうして私をバラバラにして殺した?」

「あなたが、好きだったからです…」


 その言葉に、天野さんの顔から笑みが消えた。まるで空気中の言葉をなぞるようにして「あら、うれしいわ」と言う。その顔は能面のようだった。


「やっぱり、血は争えないのね」

「そうですね…」


 血は、争えない?


 意味がわからなくて、オレは天野さんに聞いた。


「どういうことだ?」

「昼間に少し話したでしょ? 五十年前、この村に猟奇殺人鬼が出没して、若い女の子を犯して、殺して、バラバラにしたって…」

「それで、犯人を天野さんが身を挺して捕まえて…、この館の関係者が犯人だったって…」


 その瞬間、彼女の言った「血は争えない」という言葉が、一本の糸のように真実と結びついた。


「ああ、そうか」

「うん、そういうこと。五十年前の猟奇殺人の犯人は、明憲の父親だったの」


 敷島明憲さんの父親が、若い女を連れ去り、犯して、バラバラにしていたのか…。


「父上と比較されるのは嫌なものですね…」明憲さんは苦虫を噛み潰したような顔をした。「私は、あの人のように、快楽のためにあなたを殺すとしたわけではありません…」

「じゃあ、なんのため?」


 すると、自嘲気味に笑った。


「私は、永遠が好きなんです。絵画や、石像など、ある程度手入れをしていれば、朽ちることなくその場に留まり続ける永遠が好きなんです」

「…永遠が?」

「克己君、私の家内は美人でしょう?」


 急に遥さんの話を振られて、オレはどきっとしながら答えた。


「ああ、綺麗な人だ」

「私は、綺麗なものが好きだ。それは、絵も、彫刻も、人も一緒なんです。だから、あの子には美容用品を買い与えて若さを保とうとしている。おかげで、三十過ぎても言葉が幼稚く、パーティーに行けば他の男にちょっかいを掛けているようだが…」


 話が脱線しかけたので、明憲さんはもとに戻した。


「天野さま、五十年ぶりにあなたに再会して、私は感動で震えました。五十年前と変わらず、美しく、しかも、身寄りのない男の子を引き取るまでの慈愛を兼ね備えている…」

「買い被り過ぎ」

「私は、あなたが欲しかった」


 そう言うと、敷島明憲さんはよろめきながら立ち上がった。足は、部屋の壁際に設置された箪笥向いていた。縋りつくように箪笥の引き出しを引くと、中から、新聞紙に包まれた何かを取り出した。


「それは…」


「はい、憶えていますか?」



 明憲さんが取り出したもの。それは、人間の右腕だった。血の気は無くなっているが、腐らず、綺麗な状態で保存されていた。

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