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その⑱

「なあ、明憲。あんた、私を殺しただろ?」

「……」


 その瞬間、明憲さんが、抱えていた画板をオレに向かって投げつけた。


 オレははっとして飛んできた画板を払いのけたが、明憲さんはその間にオレとの間合いを詰めていた。


「あ…!」


 マズイ。と思った時にはもう遅く、オレの腹に焼けるような痛みが走っていた。


「ごめんなさい」


 敷島明憲さんはそう言うと、オレの腹から小刀を抜く。たちまち、シャツが血で染まっていき、床にびちゃびちゃと落ちた。腹筋をやられたせいで、身体を支えることができず、その場にうつ伏せに倒れこんだ。


「この餓鬼!」


 天野さんがオレの横から呼び出して、明憲さんに飛び膝蹴りを食らわせた。


 不意を突いた一撃は、見事彼に命中。敷島明憲さんは鈍い呻き声を上げて吹き飛び、壁に背中を打ち付けた。


「見損なったよ!」


 天野さんは軽蔑した声を敷島明憲さんに放った。


「あんた! 私と克己の目を欺いただろう!」

「さすがですね」


 明憲さんは口元を伝う血を拭って、天野さんの鋭さに感服した。


 天野さんは、床の上で腹の痛みに悶絶しているオレを横目に、この奇妙な事件の真相を語り始めた。


「矛盾し放題なのよ。これ! 克己が八時に、アトリエで居眠りしている私を見たって言うし、私は八時十分にアトリエを後にしたし、田中は八時半に私の死体を発見した!」


 これは、おかしい。


「たった二十分よ? いや、もっと短いはず! そんな短時間で、人間の身体を切断で切っるかしら?」


「無理でしょうね…」


 明憲さんは素直に頷いた。床に手をついて、ゆっくりと立ち上がる。すかさず、天野さんは床に転がっていた小刀を部屋の端に蹴り飛ばした。


「話聞けよ! あ? この餓鬼。五百年生きた私を舐めんじゃないわよ」


 そして、彼の腹に蹴りを入れると、また、壁に叩きつけて強引に座らせた。

 敷島明憲さんが黙るのを確認してから、続けた。


「あんた…、食事に睡眠薬いれたでしょう?」

「…、お見事ですね。お口に遭いませんでしたか?」

「美味しかったわ。だけど、三十分経つと眠気が襲ってきた。丁度、あんたと約束していたデッサンの時間にね!」


 だからか、オレも眠くなったのは…。


「あんたは、私を椅子に座らせると、睡眠薬が効いて眠るのを待った。そして、完全に眠ったのを確認してから、部屋にあった時計の時間をいじり、八時にした。後は私を揺り動かして、起こすだけ。当然、私は現在時刻が八時だと勘違いするわね。実際は、七時くらいかしら?」


「いえ、六時四十五分です」


「そう、なら、私をバラバラに切断する時間はあるわよねえ」


「そうですね。その時間帯なら、田中は買い出しの用事で外出していますし、遥も、韓国ドラマを見るために部屋に籠っています。唯一、克己君の睡眠薬の効き目が心配でしたが、ちゃんと効いていたようですね。まあ、廊下で出くわした時は、今みたいに刺すつもりでしたけど…」


 天野さんは「黙れ」と、冷たく言い放ち、彼の口を噤ませた。


「そして、バラバラにした身体は、小屋に放置。頭部だけ持ってアトリエに戻ったんでしょ?」

「そうですよ」

「ここにはあるもんねえ。デッサン用のマネキンが!」


 確かに、この部屋の隅に、デッサン用のマネキンが三体並んでいた。


「実際の八時に、克己が見たって言う、私の姿は、おそらく首を刎ねたマネキンを椅子に座らせて、その上に私の頭部を置いたもの。首の切断部がわからないように、首はマフラーでかくしたようね。そして、いざ蔵に置いたままの首から下の部位が田中に発見された時、あんたは、この部屋から、私の首を蔵の穴に向かって投げた。確実に入るように、髪の毛に紐でも結んでいたかしらね?」


 オレと考えることは同じだった。


「だから、いざ私の死体が発見されて、私が復活してから、お互いに時間の辻褄を合わせようとしたときに、この矛盾が発生したのよ」


 時間をずらし、天野さんがギリギリまで生きていたように見せかけるトリック。


 これは、確かに敷島明憲さんの犯行ではないことを示すことを可能にしたが、それと同時に、「三十分で人間をバラバラにできるはずがない」という疑問を生み出してしまった。


 犯行を暴かれた敷島明憲さんは、がくっと肩を落とし、それから、拍手をした。


「お見事です。まさか、こんなにも早く気づかれるなんて…」

「でも、少し腑に落ちないことがある」


 天野さんは続けた。


「なんで、こんな回りくどいことをしたの?」

「回りくどい…、ですか…」

「回りくどいでしょ。こんなリスクの高いことしなくても、陰に連れ込んでさっとやれば良かったじゃない」


 すると、敷島明憲さんは白髪交じりの頭に手を持っていき、頭皮をガリガリと掻きむしった。怒られても尚、自分を正当化する材料を探すこどものように、歯を食いしばり、喉の奥から掠れた呻き声を洩らす。そして、絞り出すように言った。


「最初は、こんなつもりじゃなかったんですよ…」


 こんなつもりじゃ、なかった?


 その意外な言葉に、オレははっとして顔を上げた。途端に、腹の傷に痛みが走る。


 痛みに耐えながら、明憲さんに聞いた。


「どういうことだよ」

「克己君、君が、私にとっての誤算でした」


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