その⑮
背筋がぞくっとする言葉だった。
「これじゃ、五十年前と同じじゃない。館内に殺人鬼が紛れて、若い女の子を襲って、犯し、バラバラにする…」
「はい」
「誰が犯人だろうとどうでもいい。私はこの家自体に失望…、いや、諦めを抱いたから」
それから、オレの方を見た。
「だけど、この子が珍しく私のために怒ってくれているから、気は進まないけど、犯人の特定はさせて貰うわ」
「そ、そうですね…」
天野さんに言われて、田中さんは小さくなって頷いた。
そう言うやいなや、天野さんは扉を勢いよく開けると、田中さんを突き飛ばして廊下に出た。
オレに手招きする。
「ほら、おいで。一緒に犯人さがしするんでしょ?」
「お、おう!」
オレは天野さんの背中についていった。
「話を整理するわ」
階段を降りながら、天野さんは要点を纏めた。
「私は、六時半くらいから絵のモデルを初めた。克己がアトリエに入ってきた八時頃、私はまだ椅子に座っていたから、その時はまだ生きていたことになるわね」
「そして、その十分後に目を覚まし、部屋を後にした。その後の記憶は無く、八時半ごろに、バラバラ死体となって、田中さんに発見されたってことだな」
「奇妙な点は、その短時間で、犯人は私をどうやってバラバラにしたのか? ってこと」
うーん…。
話の大体の流れは理解したけど…、やっぱり意味がわからないな。
「誰がやったのか…」
階段を降りていると、下の階から、明憲さんと遥さんが並んで上がってきた。
二人とも、オレと天野さんを見るなり、ばつの悪そうな顔をした。
「あの、天野さま、怪我の具合はいかがですか…?」
「ああ、全然大丈夫。傷もちゃんと繋がったからね」
天野さんはそれを示すために、腕を大きく振り回した。
「それで、あんたたちに聞きたいんだけど」
「何でしょう?」
「八時から八時半の間、何処で何をしていた?」
「あ、ああ」
「八時、から、八時半の間」
少し歯切れが悪くなる敷島夫妻。
「私は、天野さんのスケッチを終えて…、アトリエに籠って描き上げた作品の確認をしていましたよ」
「そうだったね。私が部屋を出るときにそう言っていた」
天野さんは遥さんの方に目を向けた。
「で、お嬢さんは?」
「え? お嬢さま?」
唐突なお嬢様呼ばわりに、喜びをあらわにする三十二歳。
「ええと、私は…」
ちらっとオレの方を見た。
「克己くんと、おしゃべりをしていました」
「うん! そうだな!」
変な誤解を受けられる前に、オレは首を縦に振った。
「遥さんとは! おしゃべりをしていた! うん! おしゃべりだ!」
「急になに?」
「おしゃべりだ!」
とりあえず、明憲さんと遥さんのアリバイを聞いた天野さんは「邪魔したね」と言い残すと、オレの手を引っ張って一階に降りた。
玄関まで移動すると、オレはスニーカーを、天野さんは足袋を履いて外に出る。
「克己、少し聞きたいんだけど」
「なんだ?」
「私の死体の第一発見者は、田中でいいのよね?」
「おう」
オレははっきりと頷いた。
オレと遥さんが部屋で「おしゃべり」していたとき、外から田中太一さんの悲鳴が聞こえたのだ。
「その次に、現場に駆け付けたのが、オレだよ」
「その次は?」
「遥さんかな? あの人、バスローブ着てたから、一度自室に戻って、上着を着て出てきたんだよ」
オレがぽろっと言うと、天野さんは怪訝な顔をした。
「あんた、バスローブを着た女と話してたの? それ、明らかに誘っているじゃない!」
「え、え、そうかな?」
とぼけると、天野さんは「かー!」と、呆れたようなため息をついた。
「十六年あんたの世話をしているけど、ここまで女の子の気持ちが読めない子だとは思わなかった!」
十六年一緒に過ごしているけど、女の扱いなんて一度も教えてもらった憶えは無いんだが?
オレは話を戻した。
「それで、最期にやってきたのが、明憲さんだよ」
「うーん…」