その⑭
そこは激しく首を横に振って否定した。
「私は、あの時、工具を取りに蔵に向かっただけでして…!」
「じゃあ、敷島明憲さんか、その奥さんの遥さんの犯行か?」
「そんなはずはありません!」
そこも、首を横に振って否定した。
「あの二人に限って、そんなことはしません!」
じゃあ、どっちだよ! って言いたかったが、口を噤んだ。
「明憲さまは、誰よりも天野様に恩義を感じている方です! 奥様も、高齢の私どもに気を使ってくれる優しいお方でして…!」
「優しいお方ね」
先ほど、この部屋のベッドで行われようとした睦言を思い出して、オレは身震いした。
「じゃあ、田中さんは誰がやったと思う?」
あれだけ天野さんをバラバラにしたんだ。相当、彼女に恨みを持っている人間に違いない。
田中さんは、ぐっと歯を食いしばり、願望を口にした。
「できれば、外部犯が…!」
まあ、そう願いたいだろうな。
そうこうしていると、背後に天野さんが立った。
「克己…」
「天野さん、もう少し休んでなよ。傷が塞がっていないんだから」
「いや、早く着物返してよ。夏とは言え寒いんだから」
「うん、ごめん」
そう言えば天野さんは貧相な胸を晒していた。
オレは天野さんに着物を返した。
いつもの白い着物に着替えた天野さんは、オレに言った。
「克己、あんた、探偵ごっこでもしているのかしら? 別にいいのよ。私は生きているんだから、どうでもいいのよ。ちょっと小突かれたくらいの感覚だわ」
「そういう問題じゃ無いだろ」
「なによ、あんた、私のこと心配してくれてるの?」
「してるに決まってるだろ!」
オレは天野さんに詰め寄った。
「バラバラにされているんだぞ? こんな屈辱的な死があるかよ!」
オレは続けた。
「大体! 十六年前はもっと、積極的に犯人探ししていたじゃないか! オレが怒っているのに、なんであんたは怒ってねえんだよ!」
「ふむ…」
天野さんは顎に手をやって考えるそぶりを見せた。そして、おだやかに笑うと、オレの頭をぽんぽんと撫でた。
「ありがとね。私のために怒ってくれて」
いや、そういうつもりでも無いけど…。
「だけど、前回の事件と今回の事件はまた別よ」
「別って…」
その時、オレは天野さんの目に影が指したのを見逃さなかった。
天野さんは半開きの扉からこちらを見る田中さんに、少し冷たい口調で言った。
「田中。あんたが私をやっていないことは信じよう。付き合いは無いとは言え、五十年前に、この館で世話になった身だ」
「は、はあ…」
「だけど、本心は失望しているよ」
背筋がぞくっとする言葉だった。