その⑬
「明憲の坊ちゃんは、犯人じゃ無いわ」
天野さんははっきり言った。
「だって、あの後、、坊ちゃんと別れているんだもの」
「別れている? それって、オレがアトリエを尋ねた後か?」
「あんたが尋ねてきたのはわからないわよ。なにせ寝ていたんだから」
「ああ、そうか、天野さん、絵のモデルになりながら眠りこけていたもんな」
オレは身振り手振りで天野さんに伝えた。
「八時頃だよ。おにぎり食いながらあんたの様子を見に行ったんだ。そうしたら、丁度、 天野さんが目を瞑って居眠りしてて…」
「ああ、その十分後くらいね。私が目を覚ましたのは」
天野さんは自嘲気味に笑った。
「びっくりしちゃったよ。結構寝ちゃってたから!」
まあ、睡眠時間はどうでもよくて…。
「じゃあ、天野さんが何者かに襲われて、バラバラにされて殺されたのは…、その後ってことか…」
「そうなるわね」
他人事のように頷く天野さん。オレはいまいち調子が上がらず、彼女に文句を垂れた。
「もう少しさあ、『自分は殺されたんだ!』っていう自覚をもってくれないかな?」
「だって生きているんだもん」
「そりゃそうだけど…」
すると、天野さんは顎に手をやって「でもおかしいわね」と言った。
「何がおかしいの?」
「だって、私はバラバラにされて殺されたんだよね」
「うん」
「しかも、首、右腕、左腕、右脚、左脚、右足、左足…。合計六ケ所に、刃物を当てなければならないのよ?」
「それがどうしたんだよ」
「あなたが私を発見したのは何時?」
「ええと、発見したのは田中太一さんだけど…、大体八時半くらいかな…?」
そう言った瞬間、オレは天野さんのいう「おかしい」部分に気が付き、思わず声を上げていた。
「あ!」
「そうでしょ?」
「早すぎる…!」
「うん」
天野さんはこくりと頷いた。
「相手が、もし相当な手練れだとしても、六か所を切断するのよ? 三十分じゃ到底無理だわ」
おかしい。確かにおかしい。
オレが敷島明憲さんのアトリエに行った時、彼女はまだそこにいて、絵を描いてもらっていた。それが大体八時の時だぞ? それで、バラバラ死体になって発見されたのが、その三十分後。その間で、一瞬で切り刻まれたとでもいうのか? できないことはないだろうけど…、現実的じゃ無いというか…。
その時、部屋の扉が叩かれた。
「天野様、代えの服を」
「ああ、ありがとうございます」
代わりにオレが取りに行き、入り口の前で、洗濯して乾いた着物を受け取った。
田中さんの顔には血の気が無かった。
「あの…、天野様は、大丈夫ですか…?」
「うん、問題はない。あの人は不老不死だからね」
オレは部屋の奥で毛布で身体を隠している天野さんを見ながら言った。
「でも、わかっているだろうけど、これは殺人事件だからな」
「わかっています」
「しかも、この館の人間の犯行だ」
「わかっています」
田中太一さんはうなだれた。そして、絞り出すように「申し訳ございません…」と謝った。
「恩人の天野さまに、こんな仕打ちを…! 例え死なないからと言っても、お体を切断するなど…!」
「ねえ、田中さん、あんたがやったわけじゃないよな?」
「とんでもございません!」
そこは激しく首を横に振って否定した。