その⑪
「え…!」
突如、館の外から悲鳴が聞こえた。
オレは遥さんを押しのけて、ベッドから降りる。遥さんも、突然の悲鳴に放心していた。
「か、克己くん! 今の声は?」
「外からしました!」
オレは部屋の窓に駆け寄り、開けようと試みた。しかし、構造が複雑で、どうやって開ければいいのかわからない。
「くそ! 何があった? どうなっている?」
「貸して! こうやるの!」
遥さんがオレを押しのけると、窓についたレバーを掴み、右上に押し込んだ。ガコン! と音がして、レバーが曲がる。それを時計回りに回すことで、窓がゆっくりと上に開いた。
窓が完全に開くと、オレは顔を外に出して、庭の様子を伺った。
オレの部屋の真下は、田中さんが車を停車させた駐車場だった。その先に、大きな蔵があり、そこからうっすらと光が洩れていた。
「あそこに、誰かいる?」
その瞬間、蔵の中から男の影が飛び出した。
影は慌てたように走り出したが、脚が縺れて、その場に盛大に転んだ。
オレは上から叫んだ。
「誰ですか!」
オレの声に気が付いて、男が顔を上げる。
「克己さまですか!」
「この声! 山田さんですか?」
「いや! 田中です!」
ごめんなさい。ちょっとやってみたかったんです。
「太郎さん! 何があったんんですか!」
「いや! 太一です!」
緊急事態だというのに、オレの不謹慎なボケにしっかりと対応してくれた田中太一さんは、窓から顔を出すオレに向かって、衝撃の事実を告げた。
「女性が! 裸の女性が死んでいます!」
「え…」
「し、しかも、バラバラです!」
※
オレは勢いよく部屋を飛び出し、階段を転げ落ちると、玄関で靴に履き替えてから、田中太一さんのもとに走った。
田中さんは、蔵の前で震えながら待っていた。
「克己さま! こちらです!」
「わかってますとも!」
かすかに血の香り。
オレは走ってきた勢いのまま、蔵の中に駆けこんだ。
中の惨状を見た瞬間、一瞬で身体のつま先から頭の先までが凍り付いた。
「うそ、だろ…!」
確かに、そこには田中太一さんの言った通り、女性のバラバラ死体があった。
右腕、左腕、右脚、左脚、右足、左足、そして、胴体。衣服を剥がれていて、お碗のような形の胸に、恥部をあられもなくさらけ出されていたが、エロティックな感情よりも、吐き気が先行した。
「う…!」
オレは口を抑える。先ほど食べたものが逆流しようと、喉の奥で暴れていた。
びちゃびちゃと水気のある音がしたと思い振り返れば、田中さんがその場で嘔吐していた。
オレは苦いものを呑み込み、田中さんに聞いた。
「なんで、こんなものが、ここに…?」
「私にもわかりません…」
蔵の中に、このバラバラ死体が…?
オレは痙攣する目で、女性の死体を眺めた。そして、右腕に、うっすらと傷跡が残っていることに気が付く。
「あ…」
あの人の顔が、脳裏にフラッシュバックした。
「これ、天野さんの死体か…!」
天野さんならまだ助かるかも…。
オレはすぐに彼女の死体に近づくと、意外に重い右腕を拾った。それを、彼女の右肩部分に押し付ける。すると、たちまち切断面と切断面が結合を始めた。
「よし、治るな…」
その時、オレの頭上でゴトッと、鈍い音がした。
「え…」
上を見ようと顔を上げた瞬間、黒い影が降ってきて、オレの額に激突した。
「ぐへえ!」
その硬い感触にオレは悲鳴を上げて、その場に倒れこんだ。
傍らで見ていた田中さんが「ひい!」と後ずさった。
オレはジンジンと痛む額を抑えながら、落ちてきたものを見た。
それは、首から綺麗に切断された、天野さんの頭部だった。
豆知識
天野さんの血を飲むと、不老不死になることができます。彼女はこの秘密を、大切な人にしか教えていません。
ちなみに、血を飲んで不老不死になった者の血に、その効果は無いようです。




