その⑨
腹の中のものが丁度いい具合に消化されたおかげで、胃袋が張る苦しみが薄れ、代わりに疲労が台頭した。木目調の天井を見ていると、自然と眠気が込み上げてくる。
ああ、疲れた。
オレは自分の手のひらを眺めて、心象にふけった。
天野さんと旅を初めて十六年。食べ物を調達し、不老不死を治す方法を探すのに費やした日々で、彼女のことはほとんど理解したと思っていた。だけど、あの人は五百年も生きている。いわば時代そのものだ。オレはまだ、あの人の全てを知ったわけじゃない。今日みたいに、オレの知らない、あの人のお話があることだってあるんだ。
あの人が五百年費やしても、不老不死を治す方法は見つからないんだ。オレも、五百年は生きる覚悟をしないといけないのか?
この旅は、いつ終わるんだろうか…。
その時、オレの部屋の扉がコンコンと叩かれた。
天野さんじゃない。あの人はノック何てしない。
「は、はい!」
オレは目を擦って眠気を飛ばすと、扉に向かった。
「誰ですか…」
扉を開ける。そこにいたのは、明憲さんの奥さんの遥さんだった。
「え、遥さん?」
オレが面食らってきょとんとすると、遥さんはにこっと微笑み、「こんばんわ!」と言った。
「お話しませんか?」
「え、え、いいですけど…」
見れば、彼女はバスローブ姿だった。髪の毛はしっとりと濡れ、頬が薄紅に染まっている。思わず後ずさっても、彼女の身体から漂うボディソープの香りはオレの鼻を突いた。そして、何よりオレの目を引いたのが、バスローブで覆っても隠しきれないナイスなバスト。
う、うう…、これは、見た目十四歳、中身三十歳のオレでも意識が保てねえぜ!
「な、な、なにを…」
心臓が一瞬で跳ね上がった。
「お邪魔します」
遥さんは扉の隙間をするっと抜けて、部屋に入り込んできた。
「うわあ、すっごーい! ホテルみたい!」
「いや、あんたの家なんだから、そのくらいわかるでしょ」
「ううん、明憲さん、いつもはここに鍵を掛けているのよ。だから、なかなか入る機会が無くてね。気になってたの」
部屋の中を見るのが目的。ってわけじゃ無さそうだな。
オレはこほんと咳ばらいをした。
落ち着け、落ち着け。今の現状を冷静に判断するんだ…。うん! これは、もしや…、あるのではないか? 「略奪愛」というやつが! でも、明憲さん優しそうだし…、あの人の奥さんがこんなことするわけがないだろ…。でも、優しすぎるが故! 刺激を求めているのではないか? もしかして、オレ! 刺激的な男に見られているのか?
「ほら、座ろうよ」
遥さんはベッドに腰かけ、すぐ隣をぽんぽんと叩いた。
オレは喉をきゅっと閉めると、精一杯のキレのある声で「はい!」と言った。
「どうしたんですか? こんな夜に、あなたのようなお美しい方が」
「お話ししようと思って」
遥さんは、食事の時とは一転、甘えるような声でオレに言った。
「君は、あの女の人と旅をしているんだよね」
「はい、天野さんの事ですよね」
「もしかして、付き合っているのかな?」
「え…」
いきなり、ドストレートな豪速球が飛んできて、オレの胸に激突した。
オレは噎せかけながら、首を激しく横に振った。
「いやいやいやいや、そんなこと無いですよ!」
「だって、男女二人の旅でしょ? 絶対になにかあるでしょ!」
遥さんの目がきらっと光った。なるほど、この人、こういうコイバナみたいな話を嗅ぎつけて来たのか…。
だが、オレは必死に否定する。
「無いですよ! ってか、あの人、五百歳のばばあですよ? オレの趣味じゃないなあ!」
見た目は十八歳だけど!
「胸は無いし、人にいう割には、自分のことはできないし! 乳臭いし!」
「そう…」
遥さんの口角が上ににいっと上がった。
「じゃあ、三十二の女はどうかな?」




