表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/102

その⑥

 一階にあるシャワーで汗を流し、天野さんの部屋でしりとりをしながら時間を潰した。五百年生きた天野さんの言葉の知識に、オレが五戦全敗した時、部屋の扉がコツコツと叩かれ、召使の田中太一さんの柔らかな声がした。


「夕飯の支度ができました。どうぞお越しください」


 部屋のアナログ時計を見れば、午後六時を刺している。


「しりとりで時間て潰れるもんだな」

「いや、あんたがしつこく『もう一回!』って食い下がるからでしょうが」


 田中太一さんに案内されて一階の食堂に向かうと、広いテーブルの上に、豪華絢爛な料理が並んでいた。チキンにピラフ、フランスパンやシーザーサラダまである。


「すげえ! 全部美味しそう!」


 オレが涎を垂らしながら言うと、田中太一さんが頭を下げた。


「なにせ、五十年ぶりの再会ですから、山を降りて食材を調達したんですよ。少しむつこかったでしょうか? ご要望があれば、もう少しのど越しのいいものを用意しますから」

「いやいや、これで十分だよ! 天野さんなんて、普段は全然食べさせてくれないんだもん!」

「変なこと言わないでよ。コンビニの賞味期限切れの弁当貰ってきてるでしょ?」

「それが侘しいんだよ!」


 遅れて、当主の敷島明憲さんとその奥さんの遥さんが食堂に入ってきた。彼もまた、テーブルの上に並べられた料理を見て、「すごいね、奮発したんだね」と、感嘆の声を洩らしていた。


 さっそく、五人でテーブルを囲んで食事を始める。


 手を合わせて「頂きます」をした瞬間、腹ペコだったオレは、テーブルの上の料理に食らいついた。フランスパンを切り分けずにかぶりつき、ポタージュスープで流し込む。サラダも、ドレッシングなんてお構いなしで、むしゃむしゃと口に押し込んだ。ウインナーは一口噛めば、肉汁があふれ出てうま味が口の中一杯に広がる。「カレーのスパイスは…」と説明する田中太一の言葉には耳を傾けず、皿の中のルウを飲むようにしてかき込んだ。


「こら! もうちょっとお行儀よくしなさいよ!」


 天野さんが怒鳴るが、耳に入らなかった。


 パエリアの上に添えられていた海老も、殻を適当にちぎり、あとは赤い身に食らいつくだけ。魚介のうま味を、殻の硬い感触と共に胃に流し込んだ。


 オレの野獣のような食べっぷりに、天野さんはぺこぺこと謝った。


「ごめんね。こいつ、精神年齢十四歳の餓鬼だから」

「ふざけんな! 三十歳だっつーの!」

「三十歳、精神年齢十四の方がまずくない?」


 だが、オレの下品な食べっぷりを、敷島明憲さんも、田中太一さんも咎めたりはしなかった。もちろん、遥さんも。三人とも、微笑ましそうにこちらを見ている。


「いやあ、作った甲斐がありますよ。そんなに美味しいですか? 僕の料理は」

「はい! 美味しいです!」


 オレは骨付きチキンにかぶりつきながら頷いた。すると、今までしゃべっていなかった遥さんが、向かい側の席から「ねえ」とオレを呼んだ。


「おいしいかしら?」

「え、あ、はい」


 先刻田中さんに「美味しい」と言ったばかりだったので、彼女の「おいしい?」という質問に、妙な違和感を覚えた。


 遥さんは上品な笑みを浮かべて、オレの食べっぷりを見た。最初は気にならかったが、なんだかむず痒い。もしかして、「あんた、もう少し上品に食べなさいよ?」と、遠回しに諭しているのか?


 それは杞憂だったようだ。


「君みたいな元気な男の子に久しぶりに会ったからね、見ているこっちまで嬉しくなったの」

「ああ、はい」


 そうか。この家には、老人しかいないから…。


 オレが蟹の殻を剥いて、中の蟹みそを掻きだしながら合点すると、不意に敷島明憲さんが「ごめんね」と、遥さんに謝った。


「こんな老人ばっかりの家で。最近は不況でパーティも開けていないからね」


「いえいえ、そんなこと無いです! 私! 明憲さんと結婚できて、一緒にいれるだけで幸せですから!」


 なんだろう、心なしか、遥さんの言葉がなぞっているように聞こえた。


 人の家庭の事情に詮索は入れず、カツサンドに手を伸ばそうとしたら、横からナプキンを持った天野さんの手が伸びてきて、オレの口をゴシゴシと拭った。


「ほら、口に付いてる!」

「カニ食べた後だから辞めてほしいなあ」

「あ、ごめん」


 後で荒れるだろうな。

 フレンチフライを一口で食べた天野さんは、水を一口含んでから敷島明憲さんに話を振った。


「そう言えば、明憲の坊ちゃんは画家になったんだね」


「そうですね」


 明憲さんは「坊ちゃん」という呼び方に若干の戸惑いを覚えながら頷いた。


「あの一件以来、少し、うちの信用が無くなった時期がありまして…、その間に、慰みのつもりで描いていたら、いつの間にか上手くなっていました」

「玄関の絵、君が描いたんだろ? なかなかよく描けてる」

「そうですね。あれらは、四十後半になって描きました。最初は風景画ばかりを好んでいたのですが、この年になると、人物画が好きになりまして…」

「わかる、私も五百年生きてると、人が恋しくなる時期がある!」


 そして、オレの頭をぽんぽんと叩いた。


「この子を引き取ってからは、だいぶマシになったけどね」

「やめろ、気色悪い」

「なにまんざらでもない顔してるの?」

「してねえーよ!」


 まあ、確かに、あの村の日々を考えたら、天野さんとの旅の方が幾分とマシな部分はあった。


 すると、明憲さんが思い立ったように、「そうです!」と手を叩いた。


「ギブアンドテイクと行きましょう。食料と水、当面の資金はお渡ししますから…、天野さん、私の絵のモデルになってくれませんか?」


「ええ、絵のモデル…」


 なんだか嫌そうな顔をする。


「どうせ、椅子に座ってじっとしているんでしょ? 私、そういうの苦手だからなあ」

「すぐに済みますから…、お願いしますよ」

「まあ…、泊めてもらって、食料もらって、何もしないのは確かに人道に背くか…」


 天野さんはしぶしぶと了承した。


「早く終わらせてね」

「はい。では、夕食が終わったら、私のアトリエの方に来てください!」

「はいはい」


補足


五十年前、敷島家では、若い女性を狙った猟奇殺人が起こっていました。

それを解決したのが、当時、日銭稼ぎのために女中として屋敷に住んでいた天野さんです。彼女は、自分の身体を囮につかって犯人を捕まえました。その時に、片腕を斬り落とされています(後に生える)。


天野さんいわく「メイド服は二度と着ないわ。動きにくい」そうです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ